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呪いの家
霊からの頼まれごと
しおりを挟む結構よく眠れたな。
短時間だが、熟睡してたらしい、と思いながら、槻田は布団をあげていた。
古民家、といえば、聞こえはいいが。
親戚所有の、今は使っていない古い日本家屋だ。
だが、この湿っぽい匂いは嫌いではない。
なんだか落ち着く感じがするから。
古い窓ガラスから射し込む光に目をしばたく。
脳は眠りは足りたと思っているようだが、身体はそうでもないらしい。
朝の光が目に痛かった。
廊下の突き当たりにあるお手洗いに向かう。
一応、引き戸ではなく、ドアだが、取っ手は木製の横に引くやつで、ドアの裏には、見たこともないような年号が書かれている。
まさかこの家が建った年ではあるまいが、このドア自体はその頃のものだと言うことだ。
その横に引いて開ける取っ手が開かない。
また誰かが入っているのだな、と思った。
諦めて行こうとしたとき、勝手に取っ手が動いて、ドアが開いた。
愛想のいい小柄な老人がそこに立っていた。
ぺこりと頭を下げられたので、下げ返す。
ドアに手をかけたとき、背後から声がした。
『あんた、槻田の家に行くのかね』
は?
と思い、振り返ると、廊下の途中で足を止めている老人が言う。
『あそこに行くのなら、そこの和室の、和箪笥の上から二番目の小引き出しにある箱を持ってってくれんかね』
「……今のところ、行く予定はないですが」
『いや、誰か行くよ』
と老人は笑顔のまま言う。
『あんたの周りの誰かが行くよ。
それを届けてくれるように言っとくれ』
「わかりました」
老人は、もう一度頭を下げ、そのまま台所の方に行ってしまう。
一人暮らしのはずなのだが、いつも家には一人ではない。
誰か居る。
この手の頼み事も初めてではないが――。
「……槻田の家にね」
予言だろうか、と思う。
いや、予言というより、彼らには自分たちより多くのものが見えているから、そこから推察して言っているのに違いない。
俺か、俺の周りの誰かが行くということか?
昨日の英嗣の言葉を思い出していた。
あの家には行きたくない。
俺に来られても迷惑だろうし。
かと言って、英嗣は行きたくないだろうし、第一、彼が行ったところで、何も持ち出せない。
そう言うと、英嗣は嫌がるが。
嫌がるってことは、ようやく、死んでる自分に嫌気がさしてきたってことかな、と思った。
いい傾向かもしれない。
あのままの状態で居るのは、英嗣のためにならないだろうし、自分もまた、落ち着かないから。
七月に言ったら、
『まあ、いいじゃないの、そんなこと』
と言うのだろうが。
彼女は、いつも、切っ掛けがあれば上がればいいんじゃないの、くらいのスタンスだ。
実のところ、霊といえども、知り合いになった人間に消えられるのが寂しいからじゃないかと思っているのだが。
少し笑ってしまう。
しかし、今、槻田の家以上に問題なのは、林葉のあの発言だろう。
林葉は、拘置所の中で、何者かに首を絞められたのか?
彼を呪うものは、彼の前に居たのに、後ろから首を絞められたと言う。
まあ、二体の霊が呪っているのかもしれないが。
少し気になる話だ。
警察に戻れば? と英嗣は言っていた。
管轄は違うが、こうして、教師として、此処に居るより、話は入って来る気がする。
部屋に戻り、ほとんど何もない畳の上を見る。
そんなに長居をするとも思わなかったので、あまり家具は持ち込まなかった。
コタツが欲しい気もするが、いつまで居るかわからないしな、と思う。
ふと七月の家のコタツを思った。
一人暮らしの気安さで、あいつ、あのまま転がって寝てそうだ、と笑う。
そして、思い出してしまった。
英嗣がまた七月に付いていってしまったことを。
心配だが、俺が付いてって泊まるわけにも行かないしな。
警察どころか、教師もクビになりそうだ。
そしたら、なんになるかな。
母親に対する反動からか、お堅い職業を選んだが、結局、なんだかわからないことになってきた。
でも、今の方がなんだか気楽だ。
英嗣もそうなのかな、と気づいた。
槻田の家からも、母親の歪んだ愛情からも、世のしがらみからも解き放たれて、あいつは随分楽になったのかもしれない。
ただ、おとなしく死を選んだことが正しかったとは今も思えないけれど―
反抗的でさえない他人行儀な、かつての槻田英嗣。
寂しくはあるが、あのままであっても、生きていてくれるだけで良かったのに。
英嗣は信じないかもしれないが、あのとき以上に親しくなった今こそ、本気でそう思っていた。
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