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第1章

第10話 女の決断

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「失礼ながら……」

「んっ?」

「先程のゲン様ほどの魔力があれば、御一人でも脱出出来るのではないでしょうか?」

 限の魔力の一端を目の当たりにしたレラは、冷や汗を拭いつつ話し始めた。
 聖女見習いとして色々な人間を診てきたが、限ほどの魔力を有している者を見たことがない。
 この研究所内でも、限に対抗できるほどの魔力を有した者を見ることは無かった。
 それを考えると、レラの言う通り限1人でも研究所から逃げ出すことができるかもしれない。

「そうか? 警備員の実力がどれだけ強いのか分からないからな……」

 しかし、限はこの地下に廃棄されるまで魔力を探知することなんてできなかった。
 そのため、研究員や警備員がどれほどの実力を有しているかなんて全く分からない。
 限の方が強かったとしても、数が多ければ捕まってしまう可能性もあるため、この地下で脱出のための実力を付けて来たのだ。

「一族の連中を想定していたから良くなかったのかもな……」

「……敷島の方たちはそれほどまでの実力なのですか?」

 限の話では、敷島の出身だという話。
 このアデマス王国内のほとんどの町へ行った事があるレラだが、敷島にだけは行ったことがない。
 王族に関わる仕事をこなす一族というのは聞いていたが、実際どのようなことをしているのかは市民には定かにされていない。
 そのため、限から話を聞くまで、レラは敷島の人間のことを何も知らなかった。
 先程のように膨大な魔力を有しているのにも関わらず、まだ上を見ているような物言いをしている限に、敷島の連中の凄さの一端を見たような気がした。

「まぁ、レラは自分の身を自分で守るためにも、攻撃魔法を練習してもらおうか?」

「かしこまりました!」

 聖女は戦うなんてすることは無いので、レラは回復魔法しか使えない。
 レラの言葉を信じるなら、限一人で脱出することができるそうだが、折角救ったアルバとレラを置いて行くのは気が進まない。
 なので、一緒に脱出するためにも、レラには魔法を練習してもらうことにした。




「ゲン様の力で研究所を吹き飛ばしてしまうのはいかがでしょう?」

 限に救われ、攻撃魔法の練習を始めたレラだが、思ったよりも成長が早かった。
 そして、一通りの魔法はある程度使いこなせるようになった頃になると、脱出するいい方法が思いついたらしい。
 それがどんな方法なのか聞いてみたら、このような過激な発言をしてきた。

「俺たちが生き埋めにならないか?」

「……そうですね。すいませんでした」

 たしかに、高威力の攻撃を放ってこの研究所を吹き飛ばすといい方法も可能かもしれないが、この廃棄施設を見ればわかるように研究所はかなりの規模を有している。
 そのため、限が全力で吹き飛ばしたとしたら、その時点で魔力が枯渇して気を失いかねない。
 気を失えば、その時点で瓦礫に埋もれて死んでしまうかもしれない。
 レラはそのことを想像していなかったのか、限のツッコミにすぐさま謝った。





◆◆◆◆◆

「何っ!? ここが閉鎖されるだと!?」

 限たちが脱出を計画している中、研究所の方は研究所の方で問題が起きており、研究員が集まった部屋で話し合われていた。
 報告を受けた研究員たちの中で、最も年配の男性が驚きの声をあげた。

「その可能性が高いわ……」

 その情報をもたらしたのは、限をこの研究所へ連れてきたオリアーナと呼ばれる女性研究員だ。
 美しい容姿をしていることから、多くの貴族に取り入ってこの研究所の運営資金を集めたり、実験体の引き渡しに向かったりと研究以外のことで外に出る仕事もしている。
 今回オリアーナが研究所から出たのは、国王直々に呼ばれたことによるものだ。
 そして、国王に言われた言葉を伝えるために研究員たちを集めたのだ。

「何故だ! 実験途中とはいえ、これまで国の役に立つを送って来ただろ?」

 この研究所は、国にとって有益な施設であるということはこれまでのことから示してきたつもりだ。
 研究員たちもそれには自信を持っている。
 それが急に施設の閉鎖なんて言われても納得がいかない。
 せめて、どんな理由なのかを知りたい。

「敷島の連中のせいよ!」

「……奴らが何を?」

 理由を問われたオリアーナから出た言葉は、研究員たちからしたら理解に苦しむ。
 ここの研究員たちからすると、敷島の連中は目の上のタンコブという側面もある。
 しかし、表立って敷島の連中と敵対するようなことはして来なかったつもりだ。
 なので、敷島がこの研究所を潰そうとする理由が思いつかない。

「一族の者を返せと言って来たわ……」

「一族?」

 理由を聞いた研究員たちだが、オリアーナの言葉に心当たりがない。
 そのため、皆顔を合わせて首を傾げている。

「昔いた検体42番よ」

は奴らが好きに使っていいと言っていたではないか!」

 研究員たちにとっても検体42番は覚えがある。
 様々な検体の中で、あそこまで実験に耐え抜いた者は珍しかった。
 結局容姿は醜くなり、これ以上の実験成果が読み取れなくなった事から廃棄することになった検体だ。
 敷島の者ということは聞いていたが、研究所が引き取ったのはもう何年も前のことだ。

「恐らく、こちらの送る品が精度を上げてきたせいね。自分たちの地位が危うく感じた奴らが今さらになって罪をでっち上げてきたのよ!」

「くそっ!! 島育ちの猿の癖に!!」

 敷島の連中は、小島に住み、暗殺術を会得するために幼少期から肉体を鍛えることをおこなっているという話だ。
 研究所の人間からすれば、そんなことに時間を割くのはただの馬鹿という思いが強い。
 そのため、研究所の人間は敷島の連中のことを頭の悪い猿と密かに罵っていた。
 それが思わず出てしまったようだ。

「どうする?」

「……仕方ないわ。ここを廃棄しましょう」

「しかし……」

 年配の男性研究員の問いに、オリアーナは少しの間をおいて答えを出した。
 その答えに、研究員たちは眉をしかめる。
 資金や検体の件を考えると、ここの研究に一番貢献しているのはオリアーナだと言ってもいい。
 そのオリアーナが、国王の命令に従ってこれまでの研究を放棄するという判断をするとは思わなかったからだ。

「この半島から出て南へ向かえばすぐに他国。そちらへ我々を売り込みましょう!」

「……この国を捨てるというのか? それに、受け入れられるか分からんぞ?」

 あっさりと命令に従うと思ったら、どうやら王都から帰ってくるまでに色々と考えていたようだ。
 アデマス王国の南西に位置するこの研究所は、半島全てを使った施設になっている。
 半島から出て南は、山で隔てられてはいるが越えてさえしまえば隣国へ入国できる。
 しかし、他国と仲の悪いアデマス王国の者を受け入れてくれるか分からない。

「だって、この国は我々よりも敷島を取ったということよ。だったら研究成果と共に隣国へ向かった方が得でしょ? それに、ちょっと胡散臭い奴だけど、パイプはあるわ! そいつにはもう連絡してある」

 オリアーナの言う通り、閉鎖を指示するということは、アデマス王国はここの研究よりも敷島の一族の方を取ったということに他ならない。
 閉鎖後のことを考えると、この国で日の当たる未来は想像できない。
 そもそも、研究の内容からいって、ここの研究員たちを生かしておくかすら分からない。
 ならば、隣国へ向かうのが一番かもしれない。

「行動が速いな……」

「女は決断したら引きずらないものよ!」

 もうすでにオリアーナは動いていたらしく、研究員たちは若干呆れたような表情になる。
 オリアーナをはじめ、ここの研究員たちは一応アデマス王国の人間だ。
 にもかかわらず、あっさりと国を捨てることを決断した上に、もう行動に移しているその速さに感服する。
 そして、オリアーナの最後の言葉に、男性だけでなく女性の研究員たちも納得した頷きをしたのだった。

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