喫茶ソレイユの日常

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プロローグ 静かな日常の変化

出会いの予感

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 扉を押し開くと、柔らかなコーヒーの香りがふわりと鼻をくすぐった。
 外の喧騒とは違い、店内は心地よい静けさに包まれている。穏やかなジャズのピアノが流れ、テーブルやカウンターには数人の客がそれぞれの時間を過ごしていた。

 ――思ったより、落ち着く場所かもしれない。

 そう思いながら、僕はゆっくりと店内へ足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの向こうから、先ほど目が合った女性が声をかける。
 黒髪を後ろで束ねた彼女は、シンプルな白いシャツにエプロンをつけていた。大きな瞳が印象的で、柔らかく微笑むその表情は、どこか親しみやすさを感じさせる。

「おひとりですか?」

「……ええと、はい」

「では、どこでもお好きな席へどうぞ」

 彼女は軽やかに手を動かしながら、僕に席を促した。

 店内を見渡し、窓際の席を選ぶ。大きなガラス窓から外の通りが見え、適度に陽の光が差し込んでいる。

 僕が席に着くと、すぐに彼女がメニューを持ってきた。

「初めてのお客様ですか?」

「ええ……この店、最近できたんですか?」

「いえ、もう半年くらいになりますね。でも、宣伝とかしてないので、知る人ぞ知るって感じなんですよ」

「そうだったんですね……」

 僕はメニューを開き、ざっと目を通す。
 ドリップコーヒー、カフェラテ、紅茶。シンプルながらも、本格的なものが揃っているようだった。スイーツの欄には「本日のケーキ」と書かれている。

 ――何を頼もうか。

 正直、コーヒーの違いには詳しくない。普段はコンビニのコーヒーで満足しているくらいだ。何となく迷っていると、彼女がクスッと笑った。

「よかったら、おすすめをお作りしましょうか?」

「え?」

「お客様の好みをお聞きして、それに合うコーヒーを選びます。もし苦手じゃなければ、ですが」

「そんなこともしてくれるんですか?」

「ええ、常連さんにはよく頼まれますよ」

 彼女は少し楽しそうに言った。

 ――おすすめ、か。

 何を選ぶべきか迷っていた僕にとって、それは悪くない提案に思えた。

「じゃあ……お願いします」

「かしこまりました。お好みを少しだけお聞きしてもいいですか?」

「ええと……」

 僕は少し考え込む。普段、コーヒーを飲む習慣はあるが、そこまで深く考えたことはない。

「甘いのが好きとか、苦味が強いのがいいとか、何でも大丈夫ですよ」

「そうですね……あまり苦すぎるのは得意じゃないかもしれません」

「なるほど。じゃあ、少し酸味のある、飲みやすいものをご用意しますね」

 彼女はにっこりと微笑み、カウンターへ戻っていった。

 僕はふと、店内を見渡した。
 落ち着いた空間の中で、それぞれの客が思い思いの時間を過ごしている。カウンター席には、新聞を広げている年配の男性が一人。向こうのテーブルでは、ノートPCを開いて何か作業している若い女性がいる。

 ここには、大学のキャンパスや食堂にはない、独特の静けさがあった。

 やがて、コーヒーの香りが漂ってくる。
 彼女が、小さなトレイを手にして僕の席へやってきた。

「お待たせしました。エチオピアのイルガチェフェです」

「イルガチェフェ?」

「フルーティーな酸味があって、軽めの口当たりですよ。苦すぎないので、飲みやすいと思います」

 カップに注がれた黒い液体から、ほのかに甘い香りが漂ってくる。
 僕はそっとカップを手に取り、口元へ運んだ。

 ――驚いた。

 コーヒーというと、苦味が強いものだと思っていたが、これはまるで果物のような風味があった。軽やかで、すっきりとしている。

「……すごく、飲みやすいですね」

「よかったです。初めての方でも楽しめるようにと思って選びました」

「ありがとうございます」

 自然と、感謝の言葉がこぼれた。
 彼女は満足そうに微笑み、カウンターへ戻っていく。

 僕はカップをゆっくりと傾けながら、この場所の居心地の良さを改めて実感した。

 ――もしかすると、また来るかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎった。

 そして、それは決して間違いではなかった。

 この日、このカフェに入ったことが、僕の日常を少しずつ変えていくきっかけになるのだから
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