メサイアの灯火

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ガリア帝国編

セイレーンの岐路

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「今の人々の何が問題なのか、と言えばそれは、どこからどこまでが“本当の意味での自分自身”であり、またはその“意思”なのか、“本心”なのか。即ち“愛”であり“愛情”なのか、また反対にどこからどこまでが“肉体的な感覚”、“感情”と言った“心理的作用”、所謂(いわゆる)“心の働き”なのかと言う事を、まるで理解していない、と言う事です。彼等の中ではそれらが全部、ごっちゃになってしまっているんですね、だから心に浮かんでくる感覚、感情の全てをあたかも自分の“意思”、もしくは“本心”であるかのように勘違いして迷走し、その結果として“本当に大切なモノ”と言うのを完全に見失ってしまうのです。・・・そもそも論として“感情”と“愛情”とは全く違うモノなのに」

「なるほどな」

 蒼太の展開して来た持論にオリヴィアが感心したようにそう応えた。

「君の“愛の概念”については中々に興味深かったよ、正直に言って非常に参考にさせてもらった、今度はそれらに基づいて私も“私なりの答え”と言うモノを、本格的に捜してみようかと思っている」

 そう話し終わるとオリヴィアは、“有り難う、蒼太”と言いつつこの13歳から年下の青年に頭を下げるがそれが彼女の彼女たる所以であった、と言うのはオリヴィアと言う人物は性別、年齢に関わらずに自分には無い深さで物事の見識を持ち合わせている存在に対しては必ず、礼儀というモノを尽くす事が出来る人であって、特にこの時、蒼太の言う事にも“一理ある”と思っていた彼女はだから、そう言った事も手伝って尚更彼に慇懃になるが、それが一頻り済むと後はもう、いつものオリヴィアに戻ってしまっていたのである。

「ところでな、話を元に戻すのだが・・・。“レウルーラ”と思しき連中の活動がこの国においても活発化している。・・・現にこの前も“ミラベル”の本部事務局にスパイが潜入していた事が発覚した」

「何ですって!?」

「そこまでやるのか・・・!!」

 オリヴィアからの話を聞いて、メリアリアも蒼太も思わず驚愕の声を挙げるが考えてみれば以前から、此方(こちら)のプロフィール入りの機密情報が抜き取られたり、セイレーン本部の直ぐ側の路上でエイジャックス側の工作員が跋扈していたりと、その“前兆”のような出来事は引き起こされていたのであって、そう考えるならば今回の一件こそが、それらエイジャックス側の自分達に対する“諜報活動の集大成”と見做す事も出来るのだが、さて。

「以前もこう言う事があったわよね?確か・・・!!」

「ああ。ただあの時は此方にも“裏切り者”がいたからね、その手引きがあったからこそ行い得た事だったのだろうけれども・・・。今回は恐らく“それ”は無い、となると彼等は本当に、自分達の実力だけで“ミラベル”の本部にまで侵入して来た事になる!!」

 そう言い合った二人は尚も、困惑の表情を隠し得なかったモノの、そんな彼等に感化されたかのように、オリヴィアもまた悔しそうな面持ちのままで話を続けた。

「残念だが蒼太の言う通りだ。諜報戦略と呪術戦闘においては我が国は今や劣勢に立たされている、と言っても良いが、先日もエイジャックスへと潜入させていたミラベルのエージェント二人からの連絡が途絶えた、恐らくは・・・!!」

「・・・・・」

「・・・・・っ!!」

 “セイレーンの”と蒼太が尋ねた、“人的被害はどの程度のモノなのですか?”と。

「今の所、我々に目立った人的被害はまだもたらされていない。我々は所謂(いわゆる)“国内担当組織”だからな、そう言う事もあっての事なのだろうが、しかしそれでも、強いて言うとしたならば、三名が先に述べたミラベル本部潜入中の“スパイ捕縛作戦”において参加した際若干の負傷を負った。もっともいずれも軽傷で、日常生活にも全く差し障りの無いモノでしかないから現状、皆無と言っても問題は無いがな。それよりも・・・」

 とオリヴィアが再び唇を噛んだ、明らかに何事かを憂慮しているのであろう事が、その顔からは見て取れるが、現にその口から出た言葉には苦渋の色に満ち満ちていたのだ。

「被害と言うのであれば、ミラベルの方が遥かに酷い。ここ2、3年の間に国の内外に派遣していた17名のエージェント達と音信が不通だそうだ。そのいずれもが“エイジャックス”や“プロイセン”、そして“チューリッヒ”及び、それらの国境付近に潜入、待機させていた者達だったらしいのだが・・・」

「“チューリッヒ”・・・!!」

「“チューリッヒ”か・・・!!」

 オリヴィアのその言葉に、メリアリアも蒼太も思わず納得してしまっていたのであるが、“永世中立国”を謳っているこの国はその実、“国民皆兵制”を導入していて“実質的な”常備軍20万を誇っており、また戦争、紛争当事国に対してでも武器を輸出し続ける等の中々に表裏のある強かな外交を展開していた(ちなみにある程度以上の年齢に達している国民達はだから、ほぼ全員が何らかの兵役経験者であり、実際に自宅の保管庫にはご丁寧にも軍から支給されていたライフル、ハンドガンの類いが何丁も、それも弾丸がフル装填された状態のままで眠り続けているのである)。

 それだけではない、国内には世界一有名な“プライベート・バンク集団”である“マッターホルン連邦銀行”を始めとした超国家間規模での知名度を誇る有力国内企業や“ダボス”、“ジュネーブ”等の最重要国際都市群を幾つも幾つも持ち合わせており、挙げ句に“アルヴの山々”に囲まれしこの国ではそれを活かした観光業も非常に盛んでまさに、“目立ちはしないが隙も無い”と言う、エウロペ連邦文化圏を代表する国の一つではあったのだ。

「いくらなんでも“エイジャックス”や“プロイセン”と並んで、と言うのは奇妙すぎますね。まるでガリア帝国を“敵性国家”認定しているみたいだ・・・」

「“エウロペ連邦文化圏”の国々がどうして、“ガリア帝国”を排除へと向かうのかしら・・・?」

「・・・・・」

 そんな訳であったから確かに、この国における“諜報戦”の熾烈さは欧州でも突出していてそれ故に、犠牲者が多いのも頷ける話しではあったが、しかし。

 それにつけても蒼太達の言うようにエイジャックス、プロイセン両国と並ぶ、と言うのは些か異常事態であり、そう言った事も手伝って、二人は何やら一種の“キナ臭さ”を感じていたのであるモノの、そんな彼等に対してオリヴィアは説明を続けていった、“正直に言って”とそう告げて。

「ある意味では君達の言う通りだ、と言うのは最近周辺各国が、“反ガリア同盟”のような動きを見せ始めているようなのだ。まあハッキリとした反応はまだ無いと言えば無いのだがな。その急先鋒となっているのが“エイジャックス”及び“プロイセン”であることは、疑う余地が全く無い」

「・・・・・」

「“反ガリア同盟”・・・!!」

 メリアリアの言葉にオリヴィアが頷いて見せるモノの現状、その“反ガリア同盟”側に立っている主立った諸国と言うのがエイジャックス連合王国、プロイセン大帝国、ウィーン=ハンガリー帝国、イワン雷帝国、スカンジナビア連合王国、デンマーク王国であり、反対に協調関係を築きつつあるのがヒスパニア王国、エトルリア王国、マケドニア共和国、ギリシア神民国の4カ国であったのだ。

「残りは基本的には中立だ、相手に与する事も無い代わりに此方にも味方する事は無いが・・・。しかし確かに、チューリッヒの件はいただけないな、やはりもう一度、念を押しての意見具申を行ってみるべきか?しかし・・・」

「既にミラベルに対しては、“疑念のある事”を表明したのですか?」

 蒼太の言葉にオリヴィアが頷いて答えるモノの過去二回、彼女は上奏の機会を得ておりその中で“クロードとルキナ”の件に触れて“此方の情報が相手側に漏れている可能性がある事”、“チューリッヒが反ガリア同盟側に同調する気配を見せている事”等を訴えてみたのであるが、結果は“ノン!!”の一言だった、ミラベルの主張とすれば“確かにそのきらいはあるモノのしかし、ではそれは一体何故なのか、或いは本当にそうなのか、と言った事を調べるのもまた、我々の任務だ!!”との事であり、“第一こんな事で躊躇等してはいられまい?皇帝陛下の御胸中を安んじ奉る事こそが我等の役目であろうが!!”と逆に一喝されてしまったのである。

「・・・・・っ!!」

「“皇帝陛下”の御名を出されるとは・・・!!」

「全くだよ・・・!!」

 流石に苦笑してしまった蒼太とメリアリアに対してオリヴィアもまた、困ったような笑みを見せるが実際、ガリア帝国国民や上層部の中には今だに帝室に対する敬意を持つ者達が数多く存在していてそこまでは良かったのであるモノの、最近ではそこに、“新たなる潮流”が生み出されつつあった、と言うのは帝室を積極的に持ち出しては国威発揚を図ると同時に軍事、経済における国際的な発言力を高めようと画策している、所謂(いわゆる)“拡大路線”を推し進めようとする者達が出始めて来ていたのであり同じく帝室を敬いながらも国際協調を優先させようとする“体制派”との間で溝が深まりつつあったのだ。

「便宜上、彼等の事を“拡大派”と呼んでいるんだがな・・・。連中は所謂(いわゆる)過激派組織だ、今はまだ生まれたてな事もあって現状、“体制派”にとってはそれ程の脅威とはなってはいないのだが・・・。それでも彼等の言動には留意しておく必要がある、既に中堅層や上層部の中にはその主張を支持する輩も出始めているそうだから、今後の状況次第によっては我々の出番もあるかも知れない・・・」

 オリヴィアの言葉に蒼太もメリアリアも頷くモノの、それについては二人とも、“大八洲”にいた時から“インターネットニュース”等の記事を見て知っており、彼等なりにある種の“危惧”を募らせていた、と言うのは不必要な拡大路線と言うモノは、必ずと言って良い程に関係各国との間に要らぬ摩擦、緊張を生み出して行くからである。

 現に欧州と言う所はその為に過去、何度となく血で血を洗う“超国家間戦争”に巻き込まれて来たし、ここ200年の間には“世界大戦”を2度に渡って経験していた、要するに筋金入りの“戦乱地域”だったのであって、その点、小競り合いはあったにせよ数百年来の平和を保つことに成功していたアジア諸国とは比較にならない程のまさに“雲泥の差”であったのだ。

「彼等についてはまだある」

 オリヴィアが続けるモノの、その“拡大派”に裏から資金援助を行っているのが、他ならぬ“エイジャックス連合王国”である、と言う噂があると言うのだ。

「エイジャックスとしてみれば、これを機に我々の信頼と名声とを貶めたいと思っているのであろう、そう言う意味ではガリア帝国の“拡大派”を支援する理由が良く解ると言うモノだ。一見矛盾するかも知れないが、ガリア帝国が実際に拡大路線に踏み切った時にはそれを理由に欧州各国と手を組んで、我々を堂々と糾弾する事が出来るからな、エウロペ連邦からガリアの影響力を排除出来得る絶好の機会と言う訳だ」

「・・・あの国は昔から“ダブルスタンダード”が得意でしたからね。“プロイセン”と同じで」

「“大八洲”と“中統”の事を言っているのね?」

 メリアリアの言葉に蒼太がすかさず頷くモノのこの2カ国は常に古から現在に至るまでの、ありとあらゆる戦乱の元凶になっていたのであってそのやり方も酷似していた、大抵は“二枚舌外交”を展開しては相手を煽って暴発させ、“大義名分”を得てからそれを叩く、と言った事を繰り返しており、要するに火種があれば(無ければ自分達で“作り出す”)いつでもどこでもすっ飛んで行って戦争を行うというような、“国家”と言うよりも“ならず者集団”に近い思考と嗅覚の持ち主だったのであって、これではとてもの事、戦火が収まる所が見られないのも頷ける話しではあった。

「そんなエイジャックス、プロイセン両国の我が国における活動拠点を撃滅するべく我々は日夜、決死の活動を行って来ていた訳なのだが。蒼太、メリアリア!!」

「・・・・・」

「・・・・・っ!!」

 “君達には早速明日からその任務に戻ってもらうぞ”とオリヴィアは告げると尚も話を続けた。

「先にも言った通りで現状、我々も苦しいのだ、慢性的な人手不足に陥ってしまっていたからな。正直な所、今までは本部付きの人員すらも確保出来ずにいたのだが・・・。君達が帰ってきてくれるとなれば話しは別だ、今後君達には“遊撃隊”としての役割が与えられる事となる。任務は対象の捕縛、撃滅から主要拠点の保護防衛、仲間の援護等多岐に渡る事となるが、どうか我々と共にこの国を支えて行って欲しい!!」

「了解です、オリヴィア!!」

「心得ているわ、しっかりとね!!」

 頼もしい仲間の返答に、オリヴィアもまた満足そうな表情で“うむ”と頷くと、今度はちょっと面白そうな顔をする。

「しかし君達はあれだな、初めてここに来たときからずっと一緒に過ごしていたな、アウロラの時もそうだったが・・・。“奇妙な縁”と言うヤツか?」

「・・・・・」

「・・・・・?」

「君達が出立する時も、帰って来た時も、アウロラはここにはいなかった。もし彼女がいたのならば、決してメリアリアを一人では行かせなかったであろうし、そもそもそれ以前の問題として蒼太、君だってどうなっていたか、解らんぞ?」

「・・・・・」

「どうゆう、事なの・・・?」

 そう言って怪訝そうな、それでいて不思議そうな顔をするメリアリアの問いに答える形でオリヴィアは言葉を紡いで行った、“もしあの日あの時、こうだったのならどうなっていたのか、等という事は、神以外の誰にも解らない”とー。

「アウロラがいれば、もっと上手く行っていた可能性もあるし、そうではない可能性もある、と言う事だよ。蒼太、君ならば解るだろう?」

「そうですね」

 と蒼太は強く頷くモノの確かに、メリアリアが一人で自分を追い掛けて来てくれたからこそあのタイミングで彼は“神界”へと飛ばされる事が出来たのであり、また彼女と再会する時だってすんなりと行ったのもまた、紛う事無き事実であったがしかし一方で、蒼太はハッキリと感じ取っていたのである、“これは運命だったのだ”と。

 だからもし、そこにアウロラがいようがいまいが辿る道筋は違っていたかも知れないにしても結局は、起こることは起こるべくして起こされて来ていた訳であり、その結果として蒼太はキチンと“神界”へと導かれて神に修業を付けてもらえたであろうし、そしてそれ故に、姿形を変えられてしまっていたメリアリアの事をそれでもちゃんと見抜いて彼女を救い出す事が出来ていたに違いなかった。

「ところでそのアウロラの事なんだがな」

 オリヴィアが言った、“1ヶ月経っても進展が見られない場合は、クレモンス共々君達にも増援に行ってもらおうと思っている”とそう告げて。

「いいな?クレモンス・・・」

「私は別に構わないよ、人数が多い方が有り難いし。それにメリアリアとも何度か組んだ事があるからな、強さは充分知っている。ただ・・・」

 “蒼太、君だよ”とクレモンスが彼に顔を向けつつやや戸惑った表情で言うモノの、正直な所で彼女が蒼太と組んだ事はまだ彼が少年だった時にメリアリアと三人一緒にパーティーを作った時以来一度も無く、そんな訳だったから大人になってからの強さと言うのも、その動き方や反応、癖等何一つとして良く解ってはいなかったのだ。

「彼の強さは本物だわ。私が保証します!!」

「そうか、メリアリアが言うのならば問題なかろう」

 そう頷くとクレモンスは改めて蒼太へと向き直る。

「済まなかったね、蒼太。非礼を許してくれ。そして改めてよろしく頼む!!」

「こちらこそです、クレモンス!!」

 と蒼太は慇懃にお辞儀を帰すがこの辺りは流石に、礼儀正しい民族だと、クレモンスは見ていて思った、これがもし、ガリアの男であるのならば気の利いた返しも出来ずにムスッとしてしまっていた可能性すらあったと言うのに。

(日本人はこう言う所が、謙虚で素直なのがいい。好感が持てる!!)

 丁寧かつ事も無げに頭を下げる蒼太の挙動、雰囲気を見てクレモンスは思わず安堵の溜息を吐き出すモノの一方でそれを見たオリヴィアもまた小さく“コクン”と頷くと、メリアリアに向かって更に告げた。

「君にも“親衛隊”が付く事となる。まあもう会っているとは思うけれども、基本的には同じセイレーンに所属している中で君の友人知己から選ばれる筈だ、その方が連携も取りやすいだろうからな・・・」

「有り難う、オリヴィア!!」

 “お心遣い、感謝するわ!!”とメリアリアが礼儀を尽くして返礼すると、オリヴィアもまたそれに応えた。
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