メサイアの灯火

ハイパーキャノン

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夫婦の絆と子供への思い

聖母エリカ

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 特定認可養護施設“あすなろ園”は5階建ての比較的新しい建築物であり、屋根には十字架が飾ってあった。

 間取りもかなり広くて校庭もあり居住性は悪くは無さそうだったが、その脇には10台近くを収容可能な“来訪者専用駐車場”が整備されていて、その一角に自家用車である白のグランエースを停車させつつ後続のバスの到着を待っている最中、漸くにして落ち着きを取り戻して来たエリカが告げた。

「さっきは済まなかったな、思わず泣いてしまった。恥ずかしいから忘れてくれよ・・・?」

「・・・いや、まあその。だけど昔のお前って、やっぱり普通じゃなかったんだな。漸く今になって本来の輝きを取り戻せた、と言う訳か?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 蒼太の言葉に、しかし誰もその後に続く言葉を紡ぐ者はいなかった、メリアリア達もエリカに対して人間としても、そしてなにより同じ女としても些か以上に同情していたし、また蒼太自身もエリカと言う女性を大きく見直していた、“人に歴史あり”とはよく言ったモノだと改めて思い知らされていたのだ。

 それと同時に。

 その人の事を本当に理解する為には自分も命を懸けなければならないのだ、と言う事も今一度己に対して突き付けられる事態となったが彼がその本質の輝きを見抜いて理解し、本当の意味で受け止める事が出来たのは愛妻達であるメリアリアとアウロラ、オリヴィアのみである。

 だから彼は妻達をより遙かな高みの頂きへと導く事が出来たのだが、それだって幼い頃から共に命懸けの戦場の只中に於いて幾多もの死線を潜り抜け、また反対に安寧の日々を一緒に過ごして行く中で時には意地とプライドを賭けて真正面からぶつかり合い、時には蕩けるまで愛し合って思いを深め、様々な事象を通じてお互いに対する絆と理解を深め合って来たからに他ならない。

 特に蒼太にとってメリアリア達の存在と言うのは一種の生き甲斐となっており、彼女達と共に過ごす一時と言うのは何よりも貴重で掛け替えの無いモノであったから、自然と花嫁達に対しては最大限に気を遣い、かつ細かな箇所にまで常に意識を向け続けてその結果、深い領域にまで洞察力を働かせる事が出来るようになったのだ。

 そうやって自分の人生を通して彼女達の持っている“本質の輝き”を、“可能性の光”を見極める事が出来たのであるモノの、今回の一件で彼は考えを新たにした、“間違っても2、3の表面的な事象や言動だけで相手の全てを理解した気になって裁いてはいけないな”と。

 そして“相手の本質を見抜く為には、時として自分も人生や命を懸けて向き合わなければならないのだ”と。

(そうでなければとてもの事、深い洞察を得る事は出来ないし。それにそうでなければ間違っても相手を軽々しく断罪してはいけないんだ・・・!!!)

 “しかし”と蒼太は同時に思った、彼はどうしてもエリカに伝えなければならない事柄があったのである。

「エリカ、その・・・。愛の尊さを知って真実の自分自身を取り戻したお前に対してこんな事を言うのは、本当に気の毒と言うか些か酷な話だとは思うのだけれども・・・。やはりお前はあまりにも数多の命を散らせ過ぎた、それも悪戯にな。それに付いてはどう考える?」

「それは・・・」

「確かに俺達のいる世界は、表社会とは一線を画した裏側の領域だ。切った張ったは当たり前だし、何よりお互い様なんだけれども・・・。そして本当ならばこう言うことは言いっこなし、恨みっこなしなんだろうけれども・・・。それにしたってお前はあまりにも軽々しく命を扱いすぎたよ、俺達の戦友も2人ほどお前に殺されているしな」

「・・・それについては言い訳はしないよ。いかに心を完全に狂わされていたとは言えども私はやることはやった人間だ、取り返しが付かない事を仕出かしてしまったと思ってる」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・まあ。それに付いては今はこれ以上、なにも言うまい。とにかく改めて見極めさせてもらうぞ?エリカ。今のお前の本質の光り輝きが、どの程度のモノなのかをな・・・」

 そう言うと蒼太はちょうど駐車場に入ってきた高速バスを確認して車を降りるよう、メリアリア達に促した。

 ここに来てまでエリカの事を疑う訳では無いのだが、やはり万が一、と言う可能性も捨てきれない以上は用心にしくはなかったのであるが、当のエリカはと言うとそんな事は気にも止めずに後部座席に積んであった段ボール箱を引っ張り出し、両腕で大事そうに抱えて持ち上げる。

「・・・公爵殿下、お疲れ様で御座います」

「・・・やれやれ。やっと到着したのか?こんな所までやって来て、一体何を見せようと言うのかね?」

 重い腰を上げて観光バスから降り立ったセザール一行に対して蒼太達が恭しク頭を下げるが、確かに異国民である彼等からすればここは地の果てに等しい場所である、さぞ心細さと言うか、一種の“侘び”の境地を覚えているモノと理解する。

 況してや狭いバスの内部に長時間閉じ込められてもいたのだから、不満が出るのは当然であろうが、しかしエリカはそれを全く意に介する事無く“こちらです・・・”と言って“あすなろ園”の中へとブルボン公爵一行を招き入れて行った。

「あっ。スザンヌさんだ!!!」

「こんにちは、スザンヌさん!!!」

「今日もお菓子を持って来てくれたの!!?」

 建物の中に入ると一斉に子供達がエリカに群がって来た、みんな目をキラキラと輝かせつつ、満面の笑みを浮かべている。

「あらまあ、スザンヌさん。ようこそいらっしゃいました・・・」

「いつもいつも有り難う御座います。遠い所をわざわざお越し頂きまして・・・」

「アハハハッ!!!いいんですよ、これぐらい・・・」

 寮母や教諭、子供達から“スザンヌ”と呼ばれたエリカはそれに対して何処かホッとしたような笑みを浮かべて持って来た段ボール箱を床に置き、中身を子供達に露わにする。

 そこにはブルボン社製の色々なお菓子が山のように詰め込まれており、それを一袋ずつ大事に大事に配って回って行った。

「スザンヌさん、アリガトーッ!!!」

「今日はチョコレートをもらったーっ!!!」

 燥ぎ回る子供達を見つめるエリカの眼差しはどこまでも澄み渡っていて優しく、その瞳には紛うこと無き慈愛の光が満ち溢れていた、そこにはかつての“戦闘狂殺人鬼”の面影は無く、1人の聖母の姿があったのだ。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・なあエリカ。もしかして“子供達”と言うのは」

「ああ、そうだ」

 “この子達の事だ”とエリカは続けた。

「この子達はね?かつての私自身なんだよ、実の親から邪険にされて捨てられて。心に傷と悲しみとを刻み込まされて、だけどその痛みにも自分で気付いてあげられなくて。だから誰かがこの子達に愛の暖かさを、確かさを教えてあげなきゃならないんだ・・・!!!」

「・・・お前、旦那さんがいるんだろう。まだ子供はいないのか?」

「いいや、今は3人の子供がいるよ?だけどそれはそれ、これはこれさ。勿論我が子にも負けない位の愛情を、この子達にも注いでいるつもりだ・・・」

 そう言うとエリカは子供達に手を引かれて奥の教室へと入って行った、その後を蒼太達が追って行くと。

 そこではたくさんの子供達がお菓子を食べながら、何事かの朗読会のようなモノを行っている。

「・・・一体なにを、しているのかしら?」

「本の読み聞かせを、なさっているみたいですけれど・・・」

「中央にいるのは、神父様か?そう言えばこの建物には十字架が飾られていたが・・・」

「・・・どうやら“聖書”の朗読会をしているみたいだね。多分だけどこの“あすなろ園”はカトリック系の施設なんだろう」

 メリアリア達の言葉に蒼太が応じるモノの果たして間違いでは無くて、神父の言葉をエリカや子供達が復唱している。

「私は常に“あなた”と共にあります。“あなた”が指し示して下さるのならば、例えそれが“地獄の道”であっても私にとっては“最も安全で確かな道”となるのですから・・・!!!」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 その光景を、暫くの間黙って見ていた蒼太はやがて意を決して“帰ろう?”と呟いた。

「・・・どうしたのよ?急に。まあいいけど」

「エリカさんの事はどうするんですか?蒼太さん・・・」

「もう帰るのか?蒼太・・・」

 愛妻達の言葉に蒼太は“ああ”と頷きながら短く応えた、“見るべきモノは見た”、“為すべきは成したよ”とそう言って。

「ここに殺人鬼はいなかった、いたのは1人の聖母だ。それも愛し愛される事を知っている、純朴な乙女のな。放っておいても問題は無いだろう・・・」

 そう言い放つと蒼太はバスへと乗り込んで行き、メリアリア達も慌ててその後を追う。

 一番混乱したのはセザールである、“本当に良いのかね?あれで・・・”と後から蒼太に尋ねて来るが、蒼太は“全く問題ありません”と断言して口を閉ざした。

「蒼太!!!」

 バスが発進する直前に。

 スザンヌことエリカが慌てて追い縋って来たが、それに対して蒼太は車窓を開けて声を掛ける。

「エリカ、いいやスザンヌ。お前は素晴らしい女性だよ、旦那さんによろしくな!!!」

「蒼太、それじゃあ・・・!!!」

「お前だけの為じゃあない、あの子供達の為にだ。あの子達にはお前が必要なんだ、母親が必要なんだ。だからしっかり導いてあげな?・・・それまではお前の事は、忘れている事にする」

 “いつの日にか”と蒼太は告げた、“お前の罪があがなわれる事を祈っている”とそれだけ言うと、蒼太は車窓を閉めてエリカに軽く手を振った、“さよなら”の合図だった。

 それを見たエリカはその場で立ち尽くしてまた泣いていた、暖かな涙を溢れさせていたのだが一方の蒼太には彼女がなんで泣いたのか、詳しい事は解らなかった、ただし。

 彼は“これで良いんだ”と思った、何故ならば“有り難う”と最後にエリカが言い放ったのを、口の動きで蒼太はしっかりと理解していたからである。
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