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2 Into the wild
「どれだけ苦しんでるか知っているのに」
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アウグスト。
突然テオの口から出た元婚約者の名前に私は水をかけられたように、ハッとした。それは半年前まで彼が婚約することを思うだけで胸が痛かった私が、テオの腕の中ではまったく思い出しもしなかった後ろめたさからだったが、私の強張った表情をどうやらテオは違う風に誤解したらしい。
「ーー悪かった。ユリアーナがどれだけ苦しんでいるのか知っているのに」
今日は帰る、とテオは振り向きもせず部屋を出て行ってしまった。見慣れた蜂蜜色の髪の毛がふわふわと揺れながら出ていくのを見送った後、淑女らしからぬことではあるが、そのままその場にずるずると座り込み、しばらくの間立ち上がることが出来なかった。
やがて気を取り直した私は、彼が持ってきてくれたミセス・ロビン宛てのファンレターを手に取った。気持ちを落ち着けるためにも読もうと思ったのである。手紙自体は編集部に届けられた後開封され内容に問題がないもののみが届けられるので基本的には賛辞が綴られているのではあるが、ある貴族令嬢からの手紙はちょっとテイストが違った。
『ミセス・ロビンのお話にあったようなことが実際私の身に起こりましたので驚いております』
その手紙はそういう風に始まっていた。
名前は覚えのない子爵令嬢からであったが、彼女によると私がインスパイアして書いた小説と似たようなことが実際自分の身に起こった、自分の婚約者だった貴族子息が人が変わったかのように新しい貴族令嬢を連れてきて、小説と寸分違わぬ台詞と筋立てで自分を捨てていった、まるで自分のことを貴方が見ていたかのようで驚いた、ただ新聞に小説が載せられたのは自分にその出来事が起こる日の朝で貴方は知りようがないのは疑いようもないということは、貴方は魔女なのですか?という結びであった。
今、連載している小説は随分前に書き上げて編集長に渡してあり、連載されたタイミングはたまたまだったと思うのだが、確かに小説の終盤に悪役貴族令嬢はコテンパンに婚約者に捨てられるのである。手紙から察するとこの女性は『ヒロインだと思っていたら本当は悪役令嬢』の立場だったようだが、私が気になったのは「寸分違わず」という点であった。
私自身ももし自分が転生した貴族令嬢なのだ、とあの瞬間に気づかなかったのであれば、あの小説と「寸分違わない行動」をした自信がある。これは出来事と小説の細部まで思い出して、何回も照らし合わせてみたから、言いきれる。
それであれば私はアウグストのみならず、家族は勿論、テオドールも失っていた未来だったはずだ。私にふられていた役割は完璧な悪役貴族令嬢だったので、小説通りに進めば、最終的には全てを失い娼婦に陥る予定であった。
今連載している小説の元々のストーリーでの悪役令嬢は、娼婦とまではいかないがかなり身を持ち崩すところまでいってしまう。
私は他人事とは思えず、この女性に、元の小説から考えられうる「これからの行動で避けるリスト」を書いて送ろうかどうしようか悩みはじめた。
突然テオの口から出た元婚約者の名前に私は水をかけられたように、ハッとした。それは半年前まで彼が婚約することを思うだけで胸が痛かった私が、テオの腕の中ではまったく思い出しもしなかった後ろめたさからだったが、私の強張った表情をどうやらテオは違う風に誤解したらしい。
「ーー悪かった。ユリアーナがどれだけ苦しんでいるのか知っているのに」
今日は帰る、とテオは振り向きもせず部屋を出て行ってしまった。見慣れた蜂蜜色の髪の毛がふわふわと揺れながら出ていくのを見送った後、淑女らしからぬことではあるが、そのままその場にずるずると座り込み、しばらくの間立ち上がることが出来なかった。
やがて気を取り直した私は、彼が持ってきてくれたミセス・ロビン宛てのファンレターを手に取った。気持ちを落ち着けるためにも読もうと思ったのである。手紙自体は編集部に届けられた後開封され内容に問題がないもののみが届けられるので基本的には賛辞が綴られているのではあるが、ある貴族令嬢からの手紙はちょっとテイストが違った。
『ミセス・ロビンのお話にあったようなことが実際私の身に起こりましたので驚いております』
その手紙はそういう風に始まっていた。
名前は覚えのない子爵令嬢からであったが、彼女によると私がインスパイアして書いた小説と似たようなことが実際自分の身に起こった、自分の婚約者だった貴族子息が人が変わったかのように新しい貴族令嬢を連れてきて、小説と寸分違わぬ台詞と筋立てで自分を捨てていった、まるで自分のことを貴方が見ていたかのようで驚いた、ただ新聞に小説が載せられたのは自分にその出来事が起こる日の朝で貴方は知りようがないのは疑いようもないということは、貴方は魔女なのですか?という結びであった。
今、連載している小説は随分前に書き上げて編集長に渡してあり、連載されたタイミングはたまたまだったと思うのだが、確かに小説の終盤に悪役貴族令嬢はコテンパンに婚約者に捨てられるのである。手紙から察するとこの女性は『ヒロインだと思っていたら本当は悪役令嬢』の立場だったようだが、私が気になったのは「寸分違わず」という点であった。
私自身ももし自分が転生した貴族令嬢なのだ、とあの瞬間に気づかなかったのであれば、あの小説と「寸分違わない行動」をした自信がある。これは出来事と小説の細部まで思い出して、何回も照らし合わせてみたから、言いきれる。
それであれば私はアウグストのみならず、家族は勿論、テオドールも失っていた未来だったはずだ。私にふられていた役割は完璧な悪役貴族令嬢だったので、小説通りに進めば、最終的には全てを失い娼婦に陥る予定であった。
今連載している小説の元々のストーリーでの悪役令嬢は、娼婦とまではいかないがかなり身を持ち崩すところまでいってしまう。
私は他人事とは思えず、この女性に、元の小説から考えられうる「これからの行動で避けるリスト」を書いて送ろうかどうしようか悩みはじめた。
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