君は僕の番じゃないから

椎名さえら

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ルーカス

エピローグ

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私はリチャードと義兄の家に残ったため、それから起こったことはルーカスから後で聞いた。


ルーカスは従兄弟が以前住んでいて、今は空き家のまま放置されていた家に義兄と共に向かうと、案の定そこに彼はいた。驚いたことに、姉もいたのだという。家庭内暴力を受け続けていると、正常な判断が出来なくて一瞬逃げたとしても結局元に戻ってしまう例もあるのだと聞いた。件の従兄弟は、姉のことを愛していると、番なんだから当たり前だろうと騒いだらしいが、ルーカスが姉を医者に連れて行ってを診察させても良いんだな、と言うと一瞬で大人しくなり、今度は一転して泣いて謝ったという。

どうして故郷に戻ってきたのか、明確な理由はないらしいが、2人の生活に行き詰まって彼も苦しかったらしい、とルーカスは淡々と語った。姉に暴力を振るうことはよくないと分かっていても些細な言い合いをすると手が出てしまう自分がいて、そんな自分に絶望しながらも番である彼女に対して狂おしく離れがたい思いから結局2人でいることを選び、そしてまた暴力をふるってしまうのだ、と。

姉と番の人が結婚届を出していなかったのは不幸中の幸いだった。ルーカスと義兄が姉を連れ出すことを番の彼に確認すると、頷いたので、とりあえず義兄が私の家に姉を連れて行き、ルーカスは従兄弟と話し合った。残念ながら現行の法律では、男の人の家庭内暴力は明らかにしたところで重い罪にはならない。姉が大事にするのを望まなかったこともあるので、内々でおさめることになった。ルーカスは番の人をもう二度と姉に会わせないと言っていたが果たしてそれは可能なのかどうか。ただ姉たちはこれ以上一緒にいてもお互いに破滅の道しかないのは、当人たちも分かりきっていることではある。


義兄とルーカスが家に戻ってきたのは夜半すぎだった。リチャードは既に眠っていて、ルーカスが私を家まで送ると言ってくれたので素直に言葉に甘えた。リチャードがいるとはいえ、義兄の家に私が泊まることは出来ない。

義兄は疲弊していて言葉少なではあったが、表情は晴れやかで、私は彼のその顔を見れただけで満足した。




ほとんど人通りのない月だけが照らしている道を2人でゆっくり歩いた。

「ありがとう、ルーカス」

私は心から感謝していた。あの時彼が話しかけてくれなかったら私はしばらく動けなかったかもしれない。

「いや…いいんだ、少しでも役に立てて良かった」
「ごめんね本当に」
「何を謝ることがある」
「意外に真面目、とか言って」

ふっと彼は笑った。

「その意外に、は受け入れると言っただろ」

私たちはそれから押し黙り、それぞれの想いに耽っていた。私は姉のことを考えていたーやはり番だといってその時燃え上がったとしてもこうやって悲しい結末を迎えることがあるのだと。そして番だからこそ理性とは関係なくどうしても離れがたくて、余計に問題が複雑に絡み合ってしまったことを。

「義兄さんはお姉ちゃんとやり直しはしないだろうな」

私が小さく呟くと、隣でルーカスもため息のような吐息を漏らしながら頷いた。

「うん、俺もそう思う」

先程の義兄の表情から察すると、姉のことを理解して許してはいるが彼は再構築は望んでいないような気がした。あれだけ理性的な人だから、リチャードのために、姉が息子に会うこと自体は許すだろうが。義兄はこれでやっとふっきれたようなそんな顔をしていた。でもそれでいい、義兄は十分姉に尽くした。これから彼は彼自身の幸せを追い求めたらいい。


ふうと私もため息をついた。
姉はいっときの衝動で色んなものを捨ててしまったしその殆どはもう戻ってこない。愚かだとは思うけれど、そんな姉を私はどうしても見捨てることはできない。これからも彼女のことを妹として支えていこうと思う。

それから私は隣を歩くルーカスの横顔を見上げた。
私もそろそろ一歩進もうかな。私が心を決めるのを彼がずっと待っていたことを知っている。

「ルーカス」
「なんだ」
「手をつないでも良い?」

突然の私の言葉に、彼が愕然として立ち止まった。おいおい、確かに私と会ってからは誰ともしてないかもしれないが、以前は恋人たちと絶対もっとなこともしてたんでしょうが。手を繋ぐぐらいでその反応は何ですか。

「嫌なら別にいいよ」
「嫌なわけあるか、驚いただけだ」

私の気が変わらぬうちにとでも言いたげに彼がすぐさま私の手を握った。彼の手は私より暖かくて、少し汗ばんでいる。

「オリヴィアからそうやって言われたからーー緊張する」
「ねえ、ルーカス」
「…次はなんだ」
「今度のお休みに一緒にエリーゼの街に行こう、彼女に会いたくなっちゃった」

ルーカスはその言葉に一瞬虚をつかれたようだが、すぐに同意してくれた。

「そうだな、いいよ」

私はにっこり微笑んだ。

「じゃあそれが私達の初めてのデートだね」

完全に言葉を失って真っ赤になったルーカスを見れる、というのはこれからの人生で何回あるんでしょうね。夜遅くで辺りは暗いのに彼の顔が紅潮しているのが分かるってかなりのものですよ。彼は私の手を繋いでいない方の手で顔の下半分を覆って、ものすごい破壊力だ、と呻いた。

「待たせてごめんね、ルーカス」
「…オリヴィアは心を決めたら思いきり舵を切るのは分かっていたつもりなんだがこれではもう心臓が保たない」
「そうか…じゃ、やめとく?」
「やめるわけないだろ、ずっと待ってたんだから」

彼がとても嬉しそうに言ったので、私は再び微笑んだ。

私達はお互いの番ではない。番ではないけれどーー私たちはきっとずっと一緒に生きていくことが出来る、そんな気がしている。



<君は僕の番じゃないから ルーカス編 終わり>




















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