大人になったら母さんと結婚すると言っていた俺も大人になりました……だから母さん、結婚しよう

れん

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08、夢の終わりと

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 ーー母視点ーー

 憧れのウェディングドレスを着て、結婚式を体験して、記念撮影をしたらもう夕方。

 最近大分日が短くなってきているから、もうすぐ日が沈んで、夜になる時間帯。

「楽しかったぁー」

 ドレスを着て、メイクを施されて、高価な指輪を贈られて、初めてのキスをしちゃって……花婿役が息子だったけど……すごくどきどきして、夢のような時間だった。

「……はぁ。行かなきゃ」

 息子を待たせているから、早く行かないといけないんだけど……ドレスを脱いで、普段着に戻ったら……ここを出たら、夢の時間はもうお終い。またいつもの無味乾燥とした日常に戻ってしまう。

 このキラキラした楽しい時間を終わらせたくないけど、早く息子のもとに戻りたい。息子に会いたい。いろいろ話をしたいという想いの方が勝って、私は部屋を出た。

「あ、指輪……」

 部屋を出るとき、指輪をどうするか悩んだ。
 一応人妻だから、指輪をしていても問題はない。

 ただ、あの人は……夫は、結婚式代も指輪代もケチって、贈り物なんてしてくれなかったから……もし、あの人と家ではち合わせたときに指輪に気づいたら、なんて言われるか解らない。

 まぁ、私に興味関心が全くないあの人がそんな細かいところに気づくとは思えないけど、近所の人や友人は私が指輪やアクセサリーをつけていないどころか、買う余裕がなくてほとんど持っていないことを知っている。

 こんな高価な指輪を左手薬指につけていれば怪しまれるかもしれない。

 周りを気にして、安全を最優先するなら外すべきなんだけど、今日は……今日だけは、外したくない。

 息子のお嫁さんでいたい。
 母子じゃなく、夫婦でいたい。

 このホテルに知り合いが来ることはほぼ無いだろうし、移動は車だから誰かに見られることもないだろう。

 それに、今の私は挙式を挙げたばかりなんだから、結婚指輪をしていても、なにもおかしくない。そう言い聞かせながら私は指輪を外さずに息子のもとに戻った。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「大丈夫だよ。それじゃあ、行こうか」

 駐車場に向かおうとしたが、息子に手を引かれて違う方向に歩かされる。

「ちょっと、そっちは駐車場じゃないわよ?」

「折角だから、ホテルのディナーを楽しんでから帰るのも良いんじゃない? どうせ帰っても誰もいないんだし。家に帰って作るのも手間でしょ?」

 たしかに、あの人は帰ってこないだろうから家には誰もいないけど、ホテルのディナーって……絶対高いじゃない。あと服装の指定とか、テーブルマナーとか……気にすることが盛りだくさんなんだけど!?

「で、でも、こういう場所の料理って、すごく高いでしょ? それに、服装とか、街中を歩くだけだと思ってたから、キチンとしたお店に入れるような服じゃないわよ? テーブルマナーだって知らないし……」

「ここはドレスコード無しでも入れるお店があるし、テーブルマナーとかも別にかしこまった食事会じゃないんだから気にしないで良いって。今日のための貯金はこれも想定して計算してるから大丈夫。ほら、行こう」

「え、あ……」

 息子に手を引かれてホテルの上層にあるレストランに入ると、けっこうラフな服装のカップルが多いことに驚いた。

 案内されたカップル席は大きなソファーで横並びに座っても余裕がある。正面はガラス張りで、風景を一望できて、スゴく綺麗。

「うわぁ、凄い……キレイ」

「気に入った? 実はここ、婚活を推奨してて、お見合いパーティーして成立したカップルや写真撮りした夫婦は割引になるレストランなんだよ。

 若い人でも気軽に入りやすいようにしてて、今日は写真撮りとあわせてカップル席で予約しておいたんだ。これなら、周りは気にならないだろ?」

 これなら確かに気楽で、仕切が大きいから周りからは見えない……それに、カップルなら、互い以外みることもないだろうし、安心して食事が楽しめそう。

「たしかに、これなら気にならないけど……母子なのに、カップル席だなんて……」

「結婚式を挙げた二人なんだから問題ないでしょ。母子だって男女なんだし。母子かどうかなんて顔見知り以外じゃ戸籍を見ないと解らないよ。その書類だって顔写真はないし、免許証とかで住所と名前と顔写真見たところで名字が同じで同じ住所=夫婦って可能性は否定できないんだし」

「そ、そう、だけど……うぅぅ、もう、どれだけ用意周到なのよ! 私のためにいろいろ計画して、実行してくれるのは嬉しいけど!!」

 カップルや夫婦扱いされることが嬉しくて、恥ずかしくて……こんな扱いや嬉しいサプライズなんてされたことがなくて、処理が追いつかない。

「そりゃ、里美に喜んでもらうためなら全力を出すよ。里美の喜んでいるところをみるのが好きだし、嬉しいんだから。好きな人には、幸せでいてほしいでしょ? 俺の生き甲斐なんだから」

「むぅ、またお母さんを名前呼びして、好きな人って言って、口説くんだから……」

「母子でも男女。女を喜ばすと書いて嬉しい。俺は里美が喜んでくれれば嬉しい。口説くと言うより、これは本心を言ってるだけだし。里美に嘘は言わない」

「はぁ……もう、言い合ってても仕方ないし、諦めたわ。どう頑張っても口じゃ勝てそうにないし。割り切って、最後まで楽しませてもらうわ」

「そうそう。最後まで楽しんでよ。今日のために頑張って計画してきたんだから」

 お喋りしているとノンアルコールのドリンクと料理が運ばれてきた。

「え? まだ、注文してないのに、なんで料理が運ばれてきてるの?」

「予約したときに事前に注文しておいたんだよ。毎日頑張ってくれる奥さんが喜びそうなコース料理をお願いしますって」

「なによ、その無茶ぶりな注文は……もう、お母さんをどれだけ喜ばせるのよ」

「無論、死ぬ瞬間まで笑顔でいられるくらいまで喜ばせ続けるよ」

「……バカ。マザコン」

「褒め言葉として受け取っておくよ。それじゃあ、乾杯しよっか」

「そうね……今日は長年の夢を叶えてくれて、ありがとう。乾杯」

 グラスを打ち付けあって、食事を始める。

 どれもお洒落で、美味しくて、窓から見える風景も綺麗で、周りを気にしなくて良いから気兼ねなく楽しむことができた。

 お店を出るとき、食事代くらいはせめて私が出そうとしたが、既に精算は済まされていた。

 ホテルが経営しているお店だから式の料金と一緒に事前に払っておいたとか……我が息子ながら、用意周到過ぎて恐ろしい。

 帰り際に式を行ってくれたホテルスタッフから今日の写真データが入ったディスクとアルバムが入った紙袋を渡された。

 できあがるまで少し時間がかかるから、その時間を活用してホテルのディナーを用意してくれたんだとか……まったく隙がない、完璧なプランだわ。

「今日の写真を追加料金払うことでアルバムにしてもらえるって言われたから、お願いしたんだ。これでパソコンを使わなくても今日の式を何度も振り返られるね」

「そうね……素敵なドレスにディナーまで……夢のような時間だったわ。ありがとう、ゆき。最高の一日だったわ」

「好きな女には優しくしろって教わって育ちましたからね。それを実行したまでです。大好きな母さんのために、頑張りましたよ」

「もう、たしかにそう教えてきたけど。相手が違うでしょ? お母さんじゃなく、もっと若くていい子にしなさいって、」

「母さんよりもイイ女なんていないって。指輪交換の時にも言っただろ? あれ、本気だから。結婚は本気で好きな人とだけだって。好きでもない人と結婚するのは、その人に失礼だろ」

 私の言葉を遮って、息子が低い声でそう言う。
 おふざけで言ってるわけじゃない、本気のトーン。

「そ、そりゃ、そう、だけど……でも、」

「母さんを喜ばせる。幸せにする。笑顔にする。それが俺のやりたいことなの。だから、俺を想うなら、俺の傍で幸せそうに笑っていてよ」

「あ、ぅ……またそうやって恥ずかしいセリフを言う……なんでそうさらっと恥ずかしいことを言えちゃうのよ!」

「そりゃ、本心だから。嘘や隠し事せず堂々としろって、これも母さんの教えでしょ?」

「ああーー、もう! 言った、言いました! だからって、母親を口説くのはダメ! 禁止!!」

「やだ。無理。それは隠しごとすることになるから、母さんの教えに反しちゃうので承服いたしかねます」

 生意気に育ったものだと思うけど、それ以上に私を大切にしてくれる優しい子に育ってくれて、頼りになる男に育ってくれたことが嬉しい。

「……はぁ、頑固なんだから」
「母さんもね。いい加減折れても良いんだよ?」

 もうとっくに折れてるわよ。
 でも、素直に言えるわけないじゃない。

 私は人妻だし、母子じゃ恋人になれない。
 近親相姦は世間から許されない。
 母子以外の感情を抱いてはいけない。

 この子のことを本気で想うなら、普通の人と結婚して、私のような不幸な結婚にならないよう応援するべきで、離れないといけない。

 いけないんだけど、他の女に渡したくない。
 ずっと傍にいてほしい。
 私だけをみてほしい。

「はぁ……しばらくは、孫の顔は拝めそうにないわね」
「孫の顔より俺を見てよ」

「馬鹿言わないの。孫の顔と、息子の幸せな家庭作りを見守るのもお母さんの夢なのよ?」
「幸せな家庭なら俺と母さんでも作れるだろ」

 そんなやりとりをしていると、車は家に到着した。

「……今日は、本当にありがとうね。最高の一日だった。まさか、息子が長年の夢を叶えてくれるなんて、思ってもみなかったわ」

 車を降りる前に、もう一度お礼を言う。

「これが俺がやりたかったことだから気にしないで」

「そうはいっても、気にするわよ。ああ言うのって、すごくお金がかかるでしょ? それに、食事だけじゃなく指輪まで……もらった分が大きすぎるわ。私ばっかり貰っちゃってて……少しでも良いから、何か返させてよ」

「んんーー、そう言われても、俺がしたくてしたことだし……ああ、そうだ。それならさ、その指輪、ずっとつけててよ。風呂の時も寝るときもずっと。オヤジの前でも外さないでいてほしい。母さんと俺は結婚式を挙げたんだって、見せつけたいから」

「そんな……さすがに、あの人にバレたらマズいわよ」
「それじゃあ、オヤジがいないときだけで良いから」

「……それなら、良いけど。そんなことで良いの?」

「それが良いの。さて、今日は母さんをうまく喜ばせられるか不安と緊張で疲れたから、シャワーで済ませて部屋に戻るよ。成功して、無事帰宅できたと思ったら疲れがドカッと出てきちゃった」

 息子はそう言いながら浴室に消えていった。

 さすがに一緒にはいるわけにはいかないから、息子が出てくるまでリビングで待つことにする。

「はぁ……スゴく濃い一日だったわ……でも、スゴく楽しくて、幸せな時間だったわ」

 ソファーに座って紙袋からアルバム取り出し、今日の式を思い返す。

 こうして写真があると、今日の式が夢じゃなかったんだと思えて嬉しい。

 撮影中はどんな仕上がりになるのか解らなかったけど、こうして出来上がった写真を見ると、やっぱりプロの仕事だけあって、こんな私でもすごく素敵な花嫁に見える。

 息子も格好良く写っていて、また心拍数が上がってきた……ダメね。一度理想の男だと意識しちゃったら、ドキドキしちゃう……相手は息子なのに。意識しちゃダメなのに。止められない。

「んー? なに、これ」

 アルバムを袋に戻そうとすると、紙袋の中に分厚くて大きな……書類が入るくらいの封筒が入っているのに気づいた。

 今日の式の見積書だろうか。それとも、請求書?

 でも、この封筒、ホテルのものじゃないわね。

 隅っこに探偵事務って書いてあるんだけど……なんで探偵事務所の封筒なんて入っているの?

 探偵って、ドラマに出てきて、推理して事件を解決する、あの探偵よね……あの子が、探偵を使った? なんのために? 何を調べようとしていたの?

 まさか、なにか事件に巻き込まれたとか?
 もしそうなら、一大事じゃない! 

 そう思って中身を確認すると、中には『浮気調査報告書』と書かれた書類と、男女の写った写真。

「なに、これ」

 写真の男女は、私の夫と知らない女。

 仲良さそうに腕を組んで、楽しそうに笑いあって、ラブホテルに入っていくところ。知らないアパートに二人ではいるところ。買い物しているところ……外で抱き合っているところ。キスしているところ。体に触れ合って嬉しそうにしているところ。公園のトイレでセックスしているところが写し出されていた。

 書類には相手の氏名、住所、実家の住所、これまでの経歴、二人の関係について、いつからこの関係が始まっているのかといった聞き取りで確認できた証言の記録、二人の行動記録などが事細かく書かれていた。

 仕事に行くと言った日の行動や、出張と言った日の行動、家にいない日に二人で会っていた記録もたんまりある。プロの仕事って凄い。

「あ、あは、はは」

 あの人、やっぱり浮気してたんだ。
 ずっと、おかしいと思ってた。

 仕事ばっかりしているにしては残業代が少なくて、出張や休日出勤と言って家にいなくて、家庭のことに対してあまりにも無関心すぎて……。

 ずっとずっと、隠れてこんなことしてたんだ。
 私達を長年裏切って、影で笑ってたんだ。

 そっか、そっか……。

 あの人の中に、私はもういないんだ。
 私はあの人にとって、不要な存在なんだ。

 それなら、私もあんなゴミ、もういらない。

 私にはもう、最愛の人がいる。
 ずっと傍にいて、私を褒めてくれる人がいる。
 私を母じゃなく、女としてみてくれる息子がいる。
 
 息子がいたら、他はもういらない。

 浮気してくれてありがとう。
 これで心置きなく捨てられる。

 私はあれを捨てて、幸せになる。
 でも、裏切り者をただ捨てるだけなんてつまらない。

 長年裏切った代価を払わせないと気が済まない。 
 最大級の仕返しで、どん底まで落としてやる。
 あの人がされて嫌なことをやり返してやる。
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