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三章 虎狼狸とニラ雑炊
虎狼狸とニラ雑炊-10
しおりを挟む「私、私……ごめんなさい……」
突然謝られた男はなにがなんだかわからない。
「どうしたんだ? なにがつらいんだい。話してみねぇ」
雑炊売りの男が優しく語りかけると、少女はホロホロと涙を零し語りだした。
「私、じじさまとふたり暮らしで、じじさまは畑のことしかやらなくて、家のことは全部私がしなくちゃなんなくて……。みんなと同じように遊べなくて、菜売りも嫌々やってたんです。でも、そんなとき、この兄さんに会った」
雑炊売りの男は頷く。
「あのころの俺は、ふるさとから逃げてきたはいいけれど、上手くいかなくって、手持ちの金はなくなるし小汚い格好してた。そんなみすぼらしかった俺に、ニラを分けてくれたんだよな。ありがたかったぜ。神様かと思ったよ」
男は笑う。
少女はブンブンと頭を振った。
「あれは売れ残りで。ニラなんか足が速いから持って帰っても困るから、だから別に良かったんですけど……」
「でも、俺は助かった。ついでにニラ雑炊の作り方も教えてくれたじゃねぇか。あんたが行く先々で紹介してくれたから、段々軌道に乗ってきて。身ぎれいにもできるようになった。そうしたら、おかげで今は大繁盛だ。ありがてえ話だよ」
雑炊売りはそう言って少女を拝む。
「田舎のニラ雑炊を売り物にできるように味付けたのは兄さんで……人気は兄さんの力だよ」
菜売りの少女は曖昧に笑って、暗く視線を落とした。
「……でも、私はそれがなんだか嫌だった」
「嫌だった? ニラの値段に無理をさせてたのかい? だったら」
「そうじゃないです。そうじゃなくて。……私が勝手に嫌になった」
少女はそう言うと堰を切ったように話しはじめた。
「最初はうちのニラで雑炊作ってくれるのが嬉しかった。売れるともっと嬉しかった。だから、最初のうちは自分でいろんな人に教えて回ってた。でもね……」
少女は歪な顔で笑う。
「じきに嫌になった。私が一番に兄さんを見つけたのに、私が兄さんに教えたのに、みんなが自分のものみたいに兄さんのことを話すのが嫌だった。どんどん人気になって、どんどん忙しくなって、たくさんの人から付け文を貰って、いろいろなものを貰って……。ニラだって安く分けあげる必要もなくなった。……私は貧乏だし、なんにもあげられない」
「……そんな。こんな子どもから貰えるわけなんかねぇだろ?」
男は笑った。
少女は傷ついたように、ホロリと涙を流した。
「ほら……そうでしょう?」
ふたりの男は少女の問いかけの意味がわからずに、顔を見合わす。
「だから、いやんなったんです。胸にぽっかりと穴が開いちまった。売れれば売れるほど、穴が大きくなるんです。そのうち、ニラ雑炊を褒める人、みんな嫌いになった。みんないなくなっちまえって思った。でも、そんな自分が嫌で、嫌で……」
少女の独白を男たちは黙って聞いている。
「あるとき歩き巫女の占いを聞いたんです。巫女さんは私の話を笑わないで聞いてくれた。おかしくないといってくれた。大丈夫だって言ってくれたんです。そして、もし淋しいのなら自分で変えていかなくちゃいけないと教えてくれたんです」
そう言って頭にかぶっていた鱗文様の手ぬぐいをとった。
「この手ぬぐいをね、私には特別にってくれた。誰にもなんとも思われない、道ばたの石ころみたいな私を『特別』だって。私ならできるって、応援してるって言ってくれた」
少女は手ぬぐいで顔を覆う。
「寒い朝。そんな中咲いている水仙を見かけたんです。歩き巫女さんも言ってた。水仙は私に力をくれるって。だから、私それを見て元気になった。黄色くて可愛くて、寒い中ひとりで咲いてるところが粋だった。それで、昔みた花嫁さんの着物の柄を思い出した。いいなって、思った。私も一度くらい綺麗な着物を着てみたいなって。でも、気がついたんです。私は、じじさまが死ぬまでこのまんまだって。毎日毎日、泥まみれで働いて、でも、最後はひとりぼっちになっちまう。死んだって誰も思い出しちゃくれないんだ」
少女は顔を上げた。
「私、黄色い花を見て思い出したんです。水仙を食べると腹が痛くなるってじじさまが言ってたこと。あんなに可愛いのに怖いもんだと、聞いたときには思いました。それで、私はニラ雑炊が売れなくなれば、兄さんが困れば、また私を頼ってくれるんじゃないかって。兄さんの特別になれるんじゃないかって――」
少女は喉を詰まらせた。上げた顔は真っ直ぐと誠吾を見つめている。瞳にブワリと涙が盛り上がる。
「……だから、……ニラに水仙を混ぜたんです」
菜売りの少女の言葉を聞き、誠吾の背中にはドッと汗が噴きだした。
「なんで水仙を?」
雑炊売りの男は意味がわからず小首をかしげる。
「水仙は毒なんだよ」
誠吾が教えてやると、男はサッと顔を青くした。
「……なんだって……? 俺の雑炊に毒を……?」
ニラ雑炊売りの男は絶句してよろめく。
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