【完結】蘭方医の診療録

藍上イオタ

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四章 人魚とおはぎ

人魚とおはぎ-4

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◆◆◆

 誠吾はそれから聞き込みを重ね、鱗文様の手ぬぐいを持っていたものたちが足蹴く通っていた寺に行き着いた。

 誠吾はその寺へここ数日通っている。
 浪人風に身をやつしている。古びた着流しに、浪人結びだ。

 いつものようにあたりの様子を見て歩いていると、ひとりの浪人が通り過ぎてゆく。
 月代さかやきは伸びきっているが、大刀を腰に一本差している。肩には雑に鱗文様の手ぬぐいをかけていた。

 誠吾はその浪人に見覚えがあった。

(あれは、一宮いちのみや先生じゃねぇか)

 誠吾は反射的に身を隠した。

 その浪人は、一宮信照のぶてるといった。
 居合術師範の息子で師範代でもあり、周囲からは先生と呼ばれていた。

 一宮の父は小普請で、誠吾の父と趣味の仲間だったのだ。
 誠吾は幼い頃、父に連れられ、一宮の家へ何度か行ったことがあった。
 その時、一宮は黙々と剣術の鍛錬をおこなっていた。
 のぞき見している誠吾を追い払うことなく、呼び寄せてくれた。
 そして、一宮の妹しのぶと並んで、居合術を見たことを思い出す。

 懐かしい思い出である。

(真面目なお人だったはず、それがどうして……)

 誠吾は思いつつあとを付けた。

 一宮が入っていったのは、寺の裏手にある元小料理屋だった。『椿』という名前だったのだろう。落ちた看板が立てかけられている。

 表は閉じられ、裏から入る。
 中は賭場となっていた。

 誠吾が驚いていると、一宮は音もなく消えていた。

(先生はここで剣客をなさっているのか)

 誠吾は承知し、あたりを見回した。

 板の間には、盆茣蓙ぼんござがあった。
 どうやら、半丁博打をしているらしい。
 賭け事のを取り仕切るのは中盆なかぼんと呼ばれる進行役だ。

「はい、ツボ。ツボをかぶります」

 中盆が声を張る。
 股引も露わにたち膝をしたツボ振りは、竹笊でできたツボにサイコロを二ついれ、盆茣蓙の上に伏せた。左手の指を大きく開いて、手のひらを客たちに見せた。
 そうして、ツボを伏せたまま、盆茣蓙の上を三往復させる。

「どっちも、どっちも!」

 中盆が声を上げると、客たちが金を置いていく。

「丁だ、丁!」

 叫びつつ、中盆側に金をおく客。

「俺は半だ!」

 逆側に金を置く客。

「半方、ないか、ないか! ないか半方! ……コマがそろいました」

 客たちはギラギラした目で、ツボを睨んでいる。
 中盆が周囲を見回して、ツボふりに視線を送る。

「勝負」

 中盆の声と同時に、ツボ振りがツボを開くと、ワッと歓声が沸きあがる。

「やった! 半だ! グシの半!!」

 そう言って、男は鱗文様の手ぬぐいを振り回した。
 どうやら勝ったらしい。

 ザラザラと金の音がして、負けた者の金が勝ったものの金に移動した。

 鱗文様の手ぬぐいを持った男が、次々と当てていく。はじめは緊張していた男の顔が、ドンドン明るくなっていく。

「あの男、先に来たときも勝ってなかったか?」
「神仏のご加護でもあるのかね」

 囁きあう声が聞こえ、男は有頂天になっていく。

(それにしたって、いやに当たりすぎやしねえか?)

 誠吾は思い、空いた席に入り寺銭を払う。

 中盆とツボ振りはチラリと誠吾を見た。
 誠吾はなに食わぬ顔で、ツボを見る。

 中盆とツボ振りは、なにかを目で合図した。

 そして、また勝負がはじまる。喧噪に包まれる。

 誠吾はまず、鱗文様の手ぬぐいを持った男とは逆に賭けた。
 すると負ける。
 次に男と同じほうに賭ける。
 すると勝つ。
 そんなことを繰り返し、誠吾は確信した。

(こりゃ、いかさまだな)

 誠吾はそう思い、最後に種銭を男と逆にはり、思ったとおり負ける。

「きょうはここまでだ」

 誠吾は負け犬を装って場から離れた。

 今調べているのは賭場ではない。鱗文様の手ぬぐいについてだ。
 ここに深い入りすべきではないと思ったのだ。

 グルリと中を見回すが、一宮の姿は見えなかった。
 
 しかし、わからない。

(鱗文様の男を勝たせる意味はどこにあるんだ?)

 そう思いつつ場を後にしようとした瞬間、背中のほうがドッと沸く。
 誠吾は驚いて振り向いた。

 鱗文様の手ぬぐいを握り絞め、男が蒼白な顔をしていた。

 男は調子に乗ってすべてを賭け、負けたのだった。

(……これが勝たせる意味か。あの鱗文様の手ぬぐいはカモの印って訳だ。胸くそ悪ぃ)

 この賭場自体がお上には認められていない。賭けるヤツもたしかに悪い。だからといって、金をむしり取るのはいかがなものか。
 
(しかし、あんなに見事にいかさまができるもんかね。ツボになにか細工でもーー)

 考えて結びつく。
 
(そういや、追い落としをした市介は竹細工職人だったはずだ。割のいい仕事って、これだったのか)

 鱗文様の手ぬぐいを持った職人、浪人、そしてカモにされた男。
 それらがひとつの場に集まった。

(こりゃたまたまってわけじゃなさそうだ)

 誠吾は思う。

(しかし、まだわからねぇ。どうしてこの男たちに手ぬぐいが渡ったんだ?)

 誠吾は首をひねる。

 竹細工職人の市介の持っていた手ぬぐいは、もともと女房の持ち物だったのだ。
 市介がもらったわけではない。

 誠吾は頭を悩ませつつ、冲有の元へと向かった。
 考えを整理するには、一番いいのだ。

「さて、明日にでも菓子を買ってから向かうかね。手ぶらでいくとうるさいからナァ」

 誠吾はぼやく。しかし、口元は緩んでいる。
 なんだかんだ言いながらも、冲有の喜ぶ菓子を見繕うのは楽しみのひとつでもあった。

 誠吾は来たときと同じように寺の中を歩いて行く。
 
 その後ろを歩き巫女が横切っていった。


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