お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
214 / 289
第20章 復讐の先

臆病者

しおりを挟む

「それで、話ってなに?」

 その後、執務室に入り、カーテンを閉めると、ルイが、着替えながら問いかけてきた。

 三つ編みにしていた金のカツラを取りさり、女の服をテキパキと脱ぎさったルイは、予め用意していたスーツを着込む。

 ワイシャツに袖を通し、手早くネクタイを締める。すると、さっきまで、そこにいた美女が、あっという間に凛々しい男性に変わっていた。

 あとは、黒髪のカツラをつけ、日本人になりすませば、屋敷に出入りしている業者だといわれても、全くおかしくないだろう。

「別邸で、何かあったの? よっぽど、参ってるみたいだけど」

 窓際に立つレオに、ルイがストロベリーブロンドの髪をさらりと揺らしながら尋ねた。

 帰宅早々、結月を抱きしめてしまうほど、レオの心は、今、荒れ狂っているのだろう。

 すると、レオは、着替えを終えたルイを見つめ、少し重めの言葉を放つ。

「別邸で、結月のことを、どう思っているのか聞かれた」

「え? なにそれ……まさかバレたの? レオが結月ちゃんを好きだって」

「いや、上手く誤魔化した。疑われてはいないはずだ。だけど、ずっと気がかりだったことがある」

「気がかり?」

「あぁ、三ヶ月前、餅津木家のパーティで、同級生に声をかけられたんだ。阿須加 美結のいる側で『望月くん』と」

「……っ」

 その言葉に、穏やかだったルイの表情が一変する。

 『望月もちづき』は、レオの旧姓だ。五十嵐に変わる前、望月 玲二れいじの息子として、この町で暮らしていた時の名前。

「それって、レオが玲二さんの息子だって、気づかれた可能性があるってことだよね?」

「あぁ、可能性は0じゃない。なにより俺は、幼い頃に一度だけ、美結あの女と会っているからな」

 父を自殺に追い込んだアイツらに『人殺し』だと猛攻した、あの日、阿須加 美結は、あっさり、レオをあしらった。

 きっと、阿須加家にとって、従業員の死は、その程度のものだったのだろう。

 だから、望月の名前なんて、知ることすらないと思っていた。しかし、あのパーティーの日、『望月』という名を聞いた瞬間、美結の態度が一変した。

 もし、あの日の子供のことを思い出していたら、そして、事故死した従業員の名が、"望月"だと知っていたのだとしたら、そこからレオに繋がる可能性は十分にあった。

 だからこそ、ずっと気にかけてはいた。
 でも──

「それって、もう三ヶ月も前の話だよね」

 瞬間、水を打ったように、ルイが口を挟んだ。

「もし、気づかれてるなら、とっくにクビになってるよ」

「あぁ、俺もそう思う。オマケに、俺を"専属執事"にするとまで言ってるしな」

「じゃぁ、バレてないでしょ! それなのに、何をそんなに心配してるの?」

「…………」

 小首をかしげるルイの言葉を聞きながら、レオは、さらに深く考え込んだ。

 確かに、これは、考えすぎなのかもしれない。

 気づかれているなら、とっくに解雇されてる。
 だが、あの女は、どうにも行動や言動が、一貫しない。
 
 今日だって、わざわざ呼び出してまで、結月のことを聞く必要はなかったはずだ。

 自分のモノにしたいなら、あえて試すようなことを聞くのは逆効果。万に一つでも、執事が、お嬢様を好いている反応をすれば、自分のモノにするどころか、手放さなくていけなくなるのだから。

 だから、きっと、あの質問には、なにか裏があるような気がしてならない。

 でも、あの瞳の奥で、一体、何を考えているのか? それが、全く読めない。

「ルイ……もし、あの女が、俺の正体に気づいていたとして、三ヶ月も泳がせた挙句、自分の傍に囲う理由はなんだと思う?」

 レオが不安げな表情で、ルイに問いかけた。

 そこまで考えるのは、実にレオらしいと思った。どんなに小さな綻《ほころ》びも、決して見逃しはしない。でも……

「そんなの僕にわかるわけないでしょ。復讐される側が、何を考えてるかなんて」

「あぁ、俺にも分からない」

 だからそこ、不安が消えない。

 ただの取り越し苦労なら、それでいい。だが、何か一つでも目測を見誤れば、計画が破綻する恐れがある。

 そして、そうなれば、結月は──

「レオ」

 すると、ルイが近づき、レオの顔を覗きこんだ。海のように澄んだルイの瞳には、不安気なレオの姿が映り込んでいた。

「はっきりいうけど、レオに分からないなら、もうお手上げだよ。それより、どうするの? 得体の知れない奥様のシッポを掴むまで、計画を延期する?」

「いや、延期するつもりはない。ここまで来たんだ、予定通り強行する。例え、あちらに何か企みがあるにしても、逃げ切ってしまえば、こちらの勝ちだ。でも、念のため、ルイの耳には入れておきたかった」

「そう……まぁ、何かあった時に対処しやすいのは、僕だろうしね。でも、結月ちゃんには話してあげてもいいんじゃない。きっと、心配してるよ」

「そうかもな……でも、結月に話すつもりはない。結月は、俺の父が阿須加のホテルで働いていたことを知らない。それなのに、こんな話をしたら」

「確かに、自分の一族が、レオの親を自殺に追い込んだなんて知ったら、ショックだろうけど……でも、レオが話さないのは、本当にそれ?」

「……なにが言いたい」

「レオが話さないのは、って、知られたくないからでしょ?」
 
 何もかも見透かすような瞳が、一瞬にして、レオを捕らえた。

 ルイは昔から、よく相談相手になってくれた。だが、こうして、あっさり人の核心をついてくるところは、相変わらずだと思った。

「その顔は、図星かな。レオって、結月ちゃんが絡むと、とたんに臆病になるよねー。嫌われるのが怖くて話せないなんて……でも、もっと信じてあげなよ。愛してるなら」

「愛してるから、怖いんだろ」

 結月に嫌われたら、もう生きていけない。
 それだけ結月との未来に、全てを捧げてきた。

 それなのに、あの頃の自分が、復讐のために結月の傍にいたのだと知ったら。

 本当は、結月を傷つけるために、優しくしていたのだと知ったら、結月は何を思うだろう──…

「結月に、話すつもりはない。一生」

「それは、始まりが復讐だったから? そんなの、どうでもいいよ」

「どうでもよくなんか……!」

「いいんだよ。始まりなんて、どうでも!」

「……っ」

 珍しく、感情的なルイの声が響いた。

 部屋の中は、シンと静まり返り、真冬の空気と相まって、酷くひんやりとしている気がした。

「ねぇ、ずっと、それを隠して生きていくの? 話したら嫌われるって、怯えながら生きていくの? それって辛くない?」

「辛くなんてない。結月を失うのに比べたら」

「失わないよ」

「なんで、そう言い切れる!」

「だって彼女は、君を好きになったんだよ」

「……!」

 瞬間、レオは目を見開いた。

 ルイの声が、すっと心に入り込めば、まるで、慰めるような優しい声は、凝り固まったレオの心をゆっくりと溶かしていくようだった。
 
「レオ、君たちは、絶対に結ばれてはいけない関係だったとしても、何度でも惹かれ合って、愛し合うよ。復讐する者とされる者。それにもかかわらず、君は彼女に恋をして、彼女もまた、お嬢様と執事という立場でありながら、執事である君を選んだ。二度も彼女は、君に恋をして、君との未来を選んだんだよ。なら、もう運命でしょ。始まりが、なんだったかなんて関係ないよ。今の彼女を信じて。君の運命の人は、絶対に、君を嫌いになったりしないよ」

「…………」

 どんなに力がついても、変わらないものがあった。

 大人になっても、臆病な心は、今も、ずっとなくならなかった。

 失ったあの日の恐怖が、また、失うことを拒んでいた。だからこそ、信じているはずなのに、口には出来なかった。

 もし、嫌われたら。
 また、失ったら。

 そう思うと、苦しくて──

 そして、そんな弱い自分が、たまらなく嫌だった。

 立ち止まって、怖がって、失うことに怯えて、泣きじゃくりたくなる自分が、たまらなく、たまらなく、情けなかった。

 でも──…
 
「結月ちゃんは、レオを守れる人だよ。だから、全部話して、結月ちゃんに慰めてもらっておいで。それに、結月ちゃんに話せば、奥様が何を考えているかも、分かるかもしれないしね。一応、親子なんでしょ」

「……そうだが」

 いや、それについては、あまり期待を持てない。

 ほとんど顔を合わせない親子。あの二人は、血の繋がりこそあれ、親子ではないから。

「ていうか、リーダーがそんな顔してちゃ、成功するものも出来なくなるじゃん!」

 すると、ずっと辛気臭い顔をしているレオの背を、ルイがパンパンと叩き出した。

「ほら、シャンとして! 大晦日までに、なんとかしといてよ!!」

「わ、わかった! 悪かった、ルイ!」

 だが、こうして、士気を上げてくれるのはありがたいと思った。

 確かに、ルイのいうとおりだ。

 全てさらけ出して、まっさらな気持ちで門出を迎えられるなら、それに越したことはない。

「ありがとう、ルイ」

 大丈夫と、背中を押してくれたルイに、自然と笑顔が浮かんだ。

 今夜、話してみよう、結月に。
 そして、謝って、また──繋ごう。

 二人の絆を──…


「じゃぁ、僕は帰るから、次に会うのは、実行の時かな!」

 すると、ルイが、黒髪のカツラをかぶりながら、にっこりと微笑んだ。

「あぁ、よろしくな。それと、コレ」
「え? なに?」

 すると、レオは執務室の引き出しから、箱を取り出し、ルイに差し出した。

 縦長で小ぶりのプレゼントボックス。
 そして、それには、上品なリボンがかかっていた。

「お前、今日誕生日だろ。おめでとう」

「え!? 覚えてたんだ」

「あぁ、もう、こうして祝うこともないだろうからな。お前には、世話になった」

 今日、12月28日は、ルイの23歳の誕生日だった。ルイは、レオから箱を受け取ると、名残惜しそうに微笑む。

「そっか。もう、お別れなんだね。寂しくなるよ……でもさ、フランスで結婚式をあげるつもりなら、あと一回くらいは会えるかな?」

「え?」

 すると、少しだけ茶化すように、ルイが、レオを見つめ、レオは言葉に困る。

「それは」

「日本で会うのさダメでも、フランスならギリギリOKじゃない? そのくらいの夢は見せてよ。だから、楽しみにしてるね、二人の結婚式に出席できるのを」

 それは、ほんの囁かな夢の話。
 またいつか会いたいと願う、未来への期待。

 それが、本当に叶うかどうかは、分からないけど……

「あぁ、そうだな……それは、とてもいい夢だ」

 また、いつか、この親友と語らえる日が来ることを──

 そう願うレオの表情は、とても穏やかで、優しいものだった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...