神木さんちのお兄ちゃん！

第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】

第38話 転校生と黄昏時の悪魔 6

　今から10年前──

　その頃の神木家は、木造建てのアパートの1階に、家族4人、ひっそりと暮らしていた。

　部屋はそこまで広くはなかったが、大人1人に、子供3人が暮らすには十分すぎる広さ。

　しかし、そんな小さなアパートに、その日は夕方から、華の泣き叫ぶ声が聞こえていた。


「華、もう泣くなよ～」
 
「っ、ひく……だってぇ、うさぎさんがぁぁ～」

　同時5才の華を、同じく5歳の蓮が慰める。

　どうやら華は、先程まで飛鳥と蓮と共に遊んでいた公園に、大切なウサギのぬいぐるみを忘れてきてしまったようで.自分の手元に、ぬいぐるみがないことに、ひどく哀しみ、大きく声をあげて泣いていた。


 「華……どこに置いたか覚えてないの？」

 　すると、泣きわめく華の前にしゃがみ込み、兄の飛鳥が、その顔をのぞき込むようにして問いかける。

　華や蓮が泣いていると、いつもこうして慰めるのは、いつも飛鳥の役目だった。

「……ぅ、たぶん。イスのところ」
 
「イス？　ベンチのこと？」
 
「うん。おじさんが座ってて、その横においた…」
 
「……あー、あの辺か」

　華が嗚咽混じりに、ぬいぐるみの場所を伝える。

　すると、そのぬいぐるみの置き場所の検討がついたようで、飛鳥はその後、壁にかけられた時計をみて、時刻を確認する。

　今の時刻は──4時24分

　あの公園までなら、きっと5時には帰ってくることができるだろう。

 「華、泣くな。俺が今から取ってくるから」

　そういって華の頭を撫ると、飛鳥は立ち上がり玄関に向かった。

　狭い玄関前に座り込み、スニーカーを履き、靴紐をしっかりと結ぶ。


 「まって、飛鳥！」

　すると、台所で夕飯の準備をしながら、その話を聞いていた父の侑斗が、息子を心配し、飛鳥に声をかけてきた。

「もうすぐ暗くなるし、俺が行ってくる」

 「え？　でも父さん、今揚げ物してるんでしょ？　それに、おいてきた場所はなんとなく分かったから、俺が行ったほうが早いよ」

 「そうか？」

　心配する侑斗をよそに、飛鳥はいつものようなニッコリとした笑顔を浮かべると


「うん。大丈夫……すぐ、戻ってくるから」

　と言って、玄関から出て言った。

　飛鳥が出たと同時に、鉄製の重い扉はバタンと鈍い音を立てて、侑斗の胸に一抹の不安がよぎる。

──季節は10月

　この前まで、明るかった夕方の町も、最近は日が沈むのが段々と早くなり、5時をまわると次第に薄暗くなってくる。

だが……

 
( まー……もう5年生だしな。それに飛鳥はしっかりしてるし、きっと大丈夫だろう)

　侑斗は、そう自分に言い聞かせると、再び台所へと戻っていく。


　だが、この時の選択が、後に大きな後悔となって押し寄せてくるなど、この時の彼らは、まだ知るよしもなく…


　黄昏時に潜む悪魔は、その時既に獲物を捕らえ、ゆっくりとその背後に、忍び寄ろうとしていた──…