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第三部 12章
モフモフメイド
天狐から聞いていた通り、セナの気配は探りにくい。微かな気配を辿り、見つけた場所まで急ぐ。
駆け付けた場所にはメイドと一緒に階段に座り、何かを食べているセナがいた。
「……何をしている」
ジャレッドが問いかけると、メイドは面白いくらいにビクン! と反応を示した。その様子にジャレッドの口元には自嘲気味の笑みが浮かんだ。
ギギギと音がしそうなくらい不自然に振り向くメイドは顔から血の気が引いて青い。そんなメイドとは対照的にセナは笑顔で振り向いた。
「も、申し訳ございません! こちらのお嬢様がおなかを空かせていらっしゃって……あの……食堂へのご案内が……その……」
「жж、жжжжж!」
メイドがしどろもどろに説明しているところで、セナはジャレッドの袖を引っ張った。
「……何だ?」
「あ、それは……」
「жжжжж!」
笑顔のセナに渡されたものは平民がおやつに食べている焼き菓子だった。
その焼き菓子をセナは「食べろ」と言わんばかりにジャレッドに押し付ける。
「……食えと? …………ふむ。まずまずだが、普通のとは少し違うな。気に入ったのか? ……そうか」
ジャレッドはセナがニコニコと笑う姿に納得した。
「……お前は?」
「わ、わたしは……ア、アリシア・ブラウンと申します。こ、こちらで洗濯を……ひゃぁっ!」
自己紹介をしている途中でセナがメイドのしっぽを触り、メイドは驚きに声を上げた。
「……おい。話し中だ」
「жжжж……」
首根っこを掴んで持ち上げると、セナは残念そうにしっぽに手を伸ばした。
「……悪かったな」
「え……」
「こいつは獣族のしっぽや耳が大のお気に入りらしい。それに、食堂のあるエリアに入れないから、お前のメシを与えたんだろう?」
「え、あ……えっと……はい」
ジャレッドはセナを抱え、顔色が青から赤、赤から青と忙しいメイドをマジマジと見つめる。
メイドは茶髪に焦げ茶の瞳を持つ栗鼠族の女性。ジャレッドの記憶ではブラウン家は伯爵家ではあるものの、経済的に裕福とは言えず、そこそこの平民と同じくらいの生活水準だったはずだ。
「……お前、こいつの世話できるか?」
「……へ? …………えぇ!?」
メイドは何を言われたのか理解できず、ワンテンポ遅れて反応した。
「しばらくこいつを預からねばならん。己がずっと付いているわけにもいかん。見ればお前に懐いたようだからな」
「え、あ、あの……辞めさせられるのでは……」
「は?」
予想だにしない返答に、今度はジャレッドが目を見開いた。
聞けば、食堂へ案内せず、セナに自分のお菓子を渡したからクビにされると思っていたらしい。
「お前は辞めたいのか?」
「い、いえ! とんでもございません! ですが、貴族の方が食べるような物ではないので……」
「辞めたいのなら止めないが……己はお前をどうこうするつもりはない。考えておけ」
ジャレッドがそう言い残し、その場を去ろうとすると、セナは残念そうに「あぁ……」とメイドのしっぽに手を伸ばす。
どれだけ気に入ったのかとジャレッドは少しだけ微笑んだ。
それはよく見ていなければ普段の冷たい表情と変わらないように見えるが、話していたメイドには違いがわかった。
〝流血王が笑った〟と驚いているメイドを置いて、ジャレッドはセナを抱えたまま自身の部屋へ戻る。
「いいか? 獣族のしっぽや耳は触れてはならん。種族や地域によっては求婚の意味を持つのだぞ? まさか婚姻したいワケではあるまい?」
「?」
「……はぁ。言葉が通じぬのは厄介だな……とりあえず、用意させたから食え」
「жжжж」
「そういえば手を洗ってから食べるんだったか……」
お菓子や甘い料理を前に両手を上げてアピールしてくるセナに、ジャレッドは天狐の手紙に書いてあったことを思い出した。
手を洗わせれば大人しく食べる……と思いきや、匂いを嗅いで食べるものと食べないものを選別し始めた。
「好き嫌いするな。ちゃんと食え」
セナが手を付けていない甘く煮た人参を食べさせようとすると、セナは顔を背ける。
「ふっ。何だその顔は。そんなに嫌か」
先ほどの焼き菓子のときとは打って変わって、渋い顔をして拒否るセナにジャレッドは思わず笑ってしまう。
「戦場では好き嫌いなど言えんぞ。まぁ、お前は行かないだろうが……仕方ない。よこせ」
ジャレッドが一つを食べると、食べてくれるとわかったセナは食べたくないものをジャレッドの口元に持っていく。ジャレッドは苦笑いしながら食べてやった。
食べ終わったセナは眠そうに目をこすりながら天狐を呼ぶ。
「聞いているんだろ? 今日は戻ってこない。一人で寝ろ。しょうがないからベッドは貸してやる」
「ティンコ……」
「全く。甘やかしすぎだろう……ほら」
ぐずられては敵わないと、ジャレッドが自身の膝を叩くと、セナはすぐに膝に乗って寝息を立て始めた。
しばらくそのままの状態でいると、ジャレッドはセナの魔力の違和感に気が付いた。
「何だ?」
感覚を研ぎ澄ませて探ると、セナの中に異なる二種類の魔力が渦巻いているのがわかった。一方がもう一方を呑み込み始めると、それに伴いセナは苦渋の表情を浮かべた。
「これがあいつが言っていた魔力の違和感か……」
手紙に倣って自身の魔力でセナを包み込むと、セナの眉間のシワはなくなり、膨張していた魔力も大人しくなった。
「呪いか? いや、何か違うな……お前は何者なんだ……」
ジャレッドは大人ですら怖がり近付いてこないのに、そんな素振りも見せずくっ付いてくるセナを珍しそうに見つめる。その顔は誰も見たことがないくらい穏やかな表情だった。
◇
真夜中、ソファで眠っていたジャレッドは自身のおなかの上に重みを感じて目が覚めた。
「何故お前がいる。ベッドを貸してやっただろう……」
ジャレッドが問いかけると、おなかの上に乗っていたセナはむにゃむにゃと目を擦りながら目を開けた。
そのセナが一瞬驚いた表情を浮かべ、ジャレッドは今話しかけたことを後悔した。
睡眠時は眼帯を外している。そのため、傷が丸見えなのだ。ジャレッドの右目はもう光を灯さない。皮膚は引き攣れ、誰もが目を背けるほど酷いありさまだった。
泣き叫ばれることを予想して身を硬くしているジャレッドに、セナは眉を下げて手を伸ばした。
「жжжж……」
セナの温かい手が傷痕に触れ、ジャレッドはピクリと反応した。
セナは何やらおまじないのようなフレーズを呟きながら傷痕を撫で、手を離す仕草を繰り返す。
「お前は己もこの眼も怖がらんのか……」
セナは眠気の限界がきたのか、ジャレッドの首に抱きついて寝息を立て始める。
久しい人の温もりにジャレッドは傷痕も癒された気がした。
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