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16章

手の内は小出しにしていくスタイル

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 ヤバい、ヤバいんじゃないのか、この状況は! こ、こうなったら……

「う゛ぅぅぅ……」
「「「セナ様!!」」」
〈貴様……!〉

 ぶつかったと思われる部分を押さえてうずくまった瞬間、ジルとアチャが悲鳴を上げるように私の名前を呼び、すっ飛んできた。

「((大丈夫! 大丈夫だから! プルトンの結界のおかげで、なんか当たったな~くらいだったから!))」
〈((しゃがむほど痛かったんだろ!))〉
「((違う、違う! この場を乗り切るための演技だから!))」

 怒気を膨らませたグレンを念話で宥める。
 ジルはレイン少年を放置で私にヒールを何回もかけ、アチャは私を抱きしめている。ミリエフェちゃんは私の周りをアワアワしながらウロウロ。

 うん、ごめん。私、全くもって無傷。一ミリも痛くない。ジルさんは私より鼻血を出して唸っているレイン少年に回復魔法使ってあげて。そしてプルトンさん、聞こえてないとはいえ爆笑はやめてあげて。

「ジルもアチャもミリエフェちゃんもありがとう。もう大丈夫。レイン君も回復してあけて欲しいな」
「セナ様にケガを負わせたのですよ? …………【ヒール】」

 嫌がるジルを見つめると非常に不服ですと言わんばかりの表情でレイン少年に魔法を展開した。

「大丈夫?」
「あ、あぁ……だいじょ――」
「!」

 大丈夫と言いかけている途中で、レイン少年の口から白い物体が飛び出してきて咄嗟に避ける。
 私達は地面に落ちたモノを見てから、レイン少年の口へ揃って視線を向ける。
 歯だ……歯がない。いや、正確には前歯の一本が中途半端な長さになっていた。
 いくら手を引かれたせいとはいえ、王家の血が流れるレイン少年の鼻血を出させてしまったあげく、歯を折ったという事実に血の気が引いていく。

《アハハハハハ! 見て、エルミス! 歯抜けよ、歯抜け! いい気味ね!》
《ブフッ! これは愉快な顔になったな……プクク……》
《ン゛ン゛……おつむの弱さに相応しいつらではないか……!》

 こんなシリアスな状況なのに……プルトンの笑い声はさらに大きくなり、エルミスやアルヴィンまで肩を震わせて笑っている。
 プルトン達の笑い声に釣られたのか、クラオルとグレウスが首に顔を擦りつけてきた。プスプスと首にかかる鼻息がくすぐったい。
 笑いごとじゃないよ! これ、私のせいにされたら一気に不利だよ!
 精霊達の盛り上がりと打って変わって、私達人間側には沈黙に包まれている。そんな中、ジィジがため息を吐いた。

「はぁ……天狐」
「えぇ……そいつが手を引っ張ったせいじゃない。嫌よ。セナちゃんもケガした……あ! そうね、わかった。いいわよ」

 いいことを思い付いたと明るい声を上げながら、ニキーダはマジックバッグから手袋を出した。そして手袋をはめた手で落ちた歯を摘み、レイン少年の口許へ持っていく。
 ビクついたレイン少年を眼力で黙らせたニキーダはブツブツと呪文を唱える。

「はい、治ったわよ。貸しが増えたわねぇ。ふふっ。が楽しみだわ~」

 満足そうに笑うニキーダとは反対にフラーマ王子は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 しかしそれは一瞬で取り繕われ、次の瞬間には平常通りの微笑を浮かべていた。
 気を取り直した王子により、レイン少年は王家御用達の医者に容態の確認に、私達は当初の予定通りサロンに向かう。
 エスコートは……ジルの信用ならないとの発言により、ミリエフェちゃんの両サイドにはスタルティとジルが。私はグレンの腕の中となった。


 サロンは……ホテルのラウンジみたいな場所だった。
 温かみのある色彩の広~い部屋。テーブルセットとソファセットが並び、プラスしてソファがいくつか。さらに大きなグランドピアノが置いてある。
 窓際のソファに座ると、庭からついてきたメイドさんが準備する前にジルがササッと紅茶を置いていく。それを満足そうにグレンが頷いていた。
 もう、阿吽の呼吸じゃん……

「食事と部屋の準備ができるまでここで寛いでいて欲しい」
「両方いらないよ~」
「え……」
「ギルドに行ったとき、ギルマスに宿頼んできたから。あとグレンがドラゴン姿だったから、驚いた街の人がケガした可能性を考えて、街の全教会と回復呪文使える冒険者に依頼しておいたよ。言うの忘れてた。ごめんね?」
「あら、さすがセナちゃん! いい子ね! 部屋割りは?」

 呆然とする王子を気にしていないニキーダはマイペースに会話を続ける。

「女子と男子で分けたよ。一応個室も用意してもらったから、大部屋が嫌だったら教えて」
「嫌なんてとんでもない! 嬉しいですぅぅ」
「私もミリエフェと同じ気持ちです」

 食い気味に答えたミリエフェちゃんに同調するようにフェムトクトさんが朗らかに頷いた。

「部屋は構わんが、ヴィルシル王からの連絡次第では宿に向かうのが遅くなるんじゃないか? オレはすでに腹が減ってきてるぞ」
「あんなにジュードさんのベビーカステラ食べてたのに?」
「セナはさっきなんか食ってただろ? あれはもうないのか?」
「ご飯にかこつけておやつ食べたいだけじゃんか……」

 期待の眼差しを送ってくるアーロンさんにジト目を送ると、ニカッと笑顔を向けてきた。

「そんな顔してもダメだから。フラーマ殿下、食事だけお願いします」
「あ……あぁ。速くするように伝えてくれ」
「かしこまりました」

 王子に命令されたメイドさんが一礼して退出すると、アーロンさんからため息が聞こえてきた。

「セナの料理が食えると思ったのに……セナの料理を超えるとは思えないんだよな……」
「それ、料理人どころかこの国の人に超失礼だからね。用意してもらってるのにそんな無礼なこと言うんじゃありません!」
「セナの料理が美味すぎるのが悪い……」

 私に怒られたアーロンはむぅと口を尖らせている。
 平民である私がズバズバ言うのが意外だったのか、王子達はポッカーンと口を開けていた。
 アーロンさんの自業自得だからフォローはしないぞ!


 準備できましたと先導されたのはサフロムの街の領主、鬼母であったルシールさんのやしきのような長テーブルのある食堂だった。二倍はありそうな長さだけど……
 そしてあのときとは違い、私達はこの国の王族が座るであろう位置とは反対側にまとめて案内された。
 王子達はまだ食べないみたい。別部屋に気配が固まってるし、他の人の気配もあるから私達のことを報告してるのかも。

 ご飯はフルコース式。初っ端の前菜の量に私は顔を引き攣らせた。
(ルシールさんところより多いじゃん……これだとあと一品でおなかいっぱいだよ……)
 そして……あまり歓迎されていないのか、とても大味。
 ジュードさんは首を捻っているし、私の顔を目ざとく窺ったアーロンさんから〝ほらな〟と言わんばかりの視線を向けられた。

「僕達のと陛下達のは違う料理のようですね」
「あ……ホントだ。なるほど。アデトア君の友人でも平民は差別するってことだね。……いや、アデトア君だからかね?」
「うふふ、そういうことね~」
「フンッ。自らの首を締めていくとは愚かだな」

 この対応にはアーロンさんも思うところがあるみたい。
 ことごとく地雷を踏み抜いていくなんて……ヴィルシル王の指示じゃないといいなぁ……もし指示だったらちょっと計画を練り直さないといけないかもしれない。ニキーダが暴走したらアデトア君のためにも止めないと。

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