クライニング?セクニッション~天才でオタクな彼のラストストーリー

せあら

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迷いと本音と

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「よーし!今日はここまで」

広いレッスン室の室内の中で、リリの担当である二十代後半の女性の金髪ポニーテールのダンス講師神楽坂真希(かぐらざかまき)は、パンパンと、軽く手を叩きながらダンスの練習をするTシャツにジャージ姿のリリへと告げた。

「有難うございました」
「うん。お疲れ様リリ。本番は来週だけど、体調の自己管理は必須だから今日は帰ったらゆっくり休むのよ」
「はい。わかってますよ。そのくらい」
神楽坂の言葉に小さく笑を浮べるリリに対して、神楽坂はずいっと顔を近づけると共に、リリの鼻先に指を突きつけた。
「また、そ~言って、この前あたしの言うこと聞かずにムチャして練習していたの知っているんだからね!」
「え~そうでしたっけ?覚えてないなぁ~」
不満そうな顔をしてリリを嗜めるように叱る神楽坂へとリリは軽く誤魔化しながら笑った。

リリの初となるファーストライブ『ANGEL☆DREAM』の開催まで残り三日となっていた。明日はライブ当日に合わせてライブの関係者、スタッフ達との打ち合わせとなっており、その為今リリは最後のダンスレッスンの練習を神楽坂から教わっていたのだった。
この部屋には現在リリと神楽坂だけしかおらず、臨時マネージャーの梨乃は、隣の部屋で練習が終わるのを待っていた。
基本今ここにいるレッスン部屋はリリが所属する事務所のレッスン部屋となっており、ダンス講師とアイドルしか入れないシステムとなっていた。
その為アイドルのマネージャーは隣の部屋へと待機するようになっていたのだった。
そうする事によってアイドル自身が集中して練習が出来るようにと便宜を図ったものでもあった。
だが、ぶっちゃけ面倒臭いと感じたマネージャーはそんな決まりなど律儀に守っているものはおらず、普通に出入りをしていた。


神楽坂は諦めたかのように小さく短い息を吐き、そして腰に手を当てながら苦笑混じりに言った。
「でも、もうすぐで本番だからって変に力を入れ過ぎて、練習しすぎてもダメだからね。本番前に倒れでもしたら、元も子もないんだから」
「はい。ちゃんと先生の言うこと聞きます」
クスリと小さく笑い、素直に頷くリリの顔を見、神楽坂は彼女へと微笑を返した。
「なら宜しい。ではあたし帰るわね。本番ではあなたのライブ楽しみにしているわ。あなたの講師として、そしてあなたのファン一人としてね」
そう言い、神楽坂はドアの方へと歩き出し、
そして扉に触れるとリリの方へと振り向いて「お疲れ様」と言葉を掛け、そしてその場を後にした。
その場にはリリ一人だけが取り残されていた。

「さて……と」

リリは小さく息を吐くと、目の前にあるバーの近くに座り、壁に背を預けた。
そしてその側に置いていたペットボトルのミネラルウォーターを取ると、リリはキャップをひねり、それを一口口にした。
先程の練習で多少なりとも火照った身体に冷たい液体が身体の中に染み渡るのを実感する。
そしてリリは思わず思考を巡らせた。

いよいよライブは明後日と迫った。
ずっと、ずっと夢だった事が現実となる日。
嬉しさと、緊張感で今も自分の心が埋め尽くされてゆく。
あの時、初めてアイドルとして歌ったあの日。
観客達は楽しそうに、笑顔で自分の歌を聞いてくれた。中には自分の歌で元気づけられたと言う人もいた。
それを聞いた瞬間、泣きそうになるくらい嬉しくなったのを今でも覚えている。

自分の歌が誰かの心に残るのならば、誰かの気持ちに届くのならば、誰かを元気づけられるとしたら、歌を歌い続けたいと思った──。

だから大きな会場で沢山の人達に歌を届けたいと思った。
誰かの心に届く歌を歌いたいと強く思った。

そしてその中に”彼”も含まれていた。
そして。

『リリの歌は凄いな。きっと人を幸せにする力があるんだよ』

そう、脳裏にある少年の言葉が浮かび上がる。それは彼女の大切で大事な思い出であり、だが同時に今の彼女を苦しめているものに近かった。
リリは一瞬苦い顔をしながら、それを軽く振り払った。
だが、同時にある別の少年の言葉が頭の中を過ぎった。

『お前今アイドルを……歌を歌ってて楽しいか?』

楽しいに決まっている。
自分は自分を応援してくれているファン達に向けて、少しでも歌が届くように歌っている。
それは嘘、偽りの無い事実だ。
その為に今まで必死で頑張ってきた。努力だってしてきた。
だけど、彼の言葉は自分の心の奥底に突き刺さったままだった。
それと同時に自分の中で僅かな黒く、黒いわだかまりみたいなものが生じる。
それを自分の中で認めてしまう訳にはいかない……。
それを認めてしまったら自分は一体何の為にここまできたというのだろうか……。

その時。

キィィと、扉を開く音と共にリクルートスーツ姿の梨乃が室内へと入って来た。

「リリちゃんレッスン終わった?そろそろ帰ろうか」

梨乃の言葉にリリはハッっとし、梨乃に気づくと彼女へと顔を向けながら、そして微笑を返した。

「ごめんなさい。わたしもう少し練習したいから、悪いけどさっきの部屋で少しだけ待っててもらえるかしら?」

「うーん……でも、あまり恨を詰めすぎるのも良くないよ。明日も打ち合わせとかがあるんだし、少しでも本番に備えて休んでいた方が良いと思うんだけど」

心配そうな表情をする梨乃にリリは、

「心配してくれて有難う。でもね、少しでもライブに来てくれたファンの人達に楽しんで欲しいの。だから、その為ならばちょっとの無茶でもわたしはしたいんだ」

そう言いながら一瞬だけ苦笑し、そして嬉しそうに、はにかむように言った。
それは彼女の心からの想いであり、そしてアイドル”星野リリ”としての願いでもあった。

彼女は自分のファン達の為に、自分の歌を聞きに来てくれる人達の為に少しの努力も苦ともせず、むしろそれすらも楽しそうにしている。
梨乃はそう感じ、唇の端を僅かに緩め、そして笑顔と共に口を開いた。

「それならわたしここでリリちゃんの練習の邪魔にならないように待っているね。もちろん飲み物と、タオルとかも準備して」

その言葉にリリは柔らかい笑みを浮かべながら、梨乃へと「有難う」と小さく言葉を口にしたのだった。
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