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最終話
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ハッと我に返ったエデルガルトが唖然として言った。
「ち、ちょっとフェリクス、あなた本気?! 本気でわたくしと結婚したいの?」
「もちろん本気だよ。君は気付いてなかったようだけど、わたしは幼い頃からずっとエデルのことが好きだったんだ。叔父上は知ってましたよね?」
侯爵は苦笑しながら頷いた。
「エデルがヴィルマー君と婚約した時、小さかったフェリクスに泣きながら責められたものなぁ。自分がエデルと結婚するつもりだったのにーってね」
「もう他の奴には絶対にとられたくない。婚約破棄したばかりで今はまだ次のことなんて考えられないだろうけど、でもエデル、いつかまた誰かと婚約するつもりになったら、どうかわたしを選んで欲しい。いつまでも待つから。心から愛してる」
フェリクスは銀色の髪にエメラルドの瞳をした美しい男である。いつも令嬢たちに囲まれてにこにこしている優男っぽい彼の、珍しく真剣な熱い視線を受けてエデルガルトの頬に朱がさした。
「そ、そんなに想ってくれていたなんて知らなかったわ」
「変に気を使われたくなくて、気付かれないようにしていたんだから当然だよ。それよりエデル、覚悟してね。今後、わたしは全力でエデルのこと口説くから。いいですよね、叔父上?」
「まあ、がんばってみなさい。わたしはエデルが幸せになってくれるなら、相手が誰でも構わないのだから」
やった、とフェリクスが拳を上げた。
「ち、ちょっと、お父様!」
焦るエデルガルトをフェリクスが楽しそうに見つめながら言う。
「さあ、叔父上からの了承は得たからね、ここからは全力だよ。エデル、愛している。いつも君のことを想ってる。君がいない人生なんて死んでいるも同然だ。いつまでだって待つから、どうか心の隅にでもわたしが君に想いを寄せていることを覚えておいて」
フェリクスはエデルガルトの手をそっと取り、そこに柔らかく口付けた。
長年の婚約者だったヴィルマーからは一度もそんなことをされたことのなかっただけに、エデルガルトは驚きと恥ずかしさで瞬時に真っ赤になってしまった。
それを見たフェリクスが嬉しそうに目を細める。
「ああ、なんて初心でかわいいんだ。エデル、わたしの愛しい人」
「ちょっ、もうやめてちょうだい、フェリクス! 恥ずかしいわ!」
「わたしに口説かれて恥ずかしがるエデル、あー、もう最高にかわいい! やっぱり無理だ、もう無理、待てない。今すぐ結婚しようよ、エデル!」
「ええっ?! だってさっき、いつまでだって待つって……!」
「うん、待つ。エデルがわたしを好きになってくれるまで、いつまでだって待つ。絶対に手は出さない。だから、とりあえず結婚だけ先にしよう? いいですよね、叔父上!」
笑顔ではあるが目が笑っていないフェリクスにそう問われ、引き気味の侯爵が目を反らした。
「わ、わたしはエデルがいいのならそれで……」
「お父様っ、そこははっきり断って下さらないと!」
エデルガルトが父親に抗議すると、フェリクスがその美麗な顔に悲しみを浮かべた。
「そんなに嫌かい? エデルはわたしのことが嫌い? 絶対に結婚したくない? 顔も見たくない? 今すぐ死んで欲しい?」
「だ、誰もそんなこと言ってないじゃない! それに、き、嫌いでもないし! 顔を見たくないとも思っていないわ」
「その流れでいうと、結婚したくないとも思わないってこと?! やったー、叔父上、聞きましたか? わたしたち今から婚約して明日の午後には結婚しますので、手続きをよろしくお願いします!」
「ええーっ、ちょっとフェリクス、なにを言って――」
「愛してるよ、エデル。心の底から君が大好きだ」
フェリクスは満面の笑みでそう言うと、エデルガルトを思い切り抱きしめた。かと思うと、顎に指を当ててエデルガルトを上向かせ、ぶちゅーっと熱烈に口付けたのである。
「んんっ?! ん―――っ、んんん――――っっ?!?!?!」
驚いたエデルガルトがどんなにもがいても、フェリクスをはキスをやめようとしない。恥ずかしいやら混乱するやら驚いたやらで、エデルガルトはフェリクスとキスをしたまま、その場で気を失ってしまったのだった。
さすがに侯爵からガッツリと叱られたフェリクスは、一応は反省したものの、だからと言ってその後も自重しようとせず、昼も夜もどこにいようともエデルガルトをひたすら口説きまくった。
休みの日は必ず町へデートに誘ったし、毎日の登下校時には欠かさず馬車で送り迎えした。
馬車の中では日に日に距離をつめられた。
最初は向かい合わせに座っていたのが、やがて隣同士に座るようになった。それがいつしか馬車内ではずっと手を繋ているようになり、最終的にはフェリクスの膝の上がエデルガルトの定位置へと変わったのである。
そうして一ヵ月。
二人が学院を卒業する日の前日、遂に折れたエデルガルトはフェリクスとの婚約に是の返事をしたのだった。
そもそもエデルガルトは押しに弱い。
昔、ヴェルマーと婚約した時も、押されて続けて絆されたゆえに婚約することになったくらいだから、安定の押され弱さといえる。
エデルガルトは結局、ヴェルマーには家族に向けるものと同様の親愛しか持てなかった。
しかし、それとフェリクスへの気持ちはまったく違う。
毎日毎日、まるで宝物のように大切にされ、女神を崇拝するかの如くに陶酔され、心からの愛を囁かれ、五感すべてで想いを伝え続けられたエデルガルトは、気が付くと、フェリクスの事をばかりを考えるようになっていた。
会えない時は寂しいし、会えた時には心が躍る。
フェリクスと一緒だと、エデルガルトにはまるで世界が輝いて見えるようになったのだった。
こうなるとさすがのエデルガルトも、自分がフェリクスに恋をしていることに気付かざると得なかった。それを自覚したのが卒業式の前日だったのである。
エデルガルトはフェリクスと向かい合って、ハッキリと自分の想いを告げた。
恥ずかしくて死にそうだったけれど、がんばった。
「わたくし、あなたが好きだわ、フェリクス」
「エデル……」
フェリクスは感激のあまり言葉を詰まらせ、エデルガルトを見つめながらただただ涙を流した。
その様子から、彼がいかに深く自分を想ってくれているかを改めて感じて、幸せのあまりエデルガルトも一緒になって泣いた。とても幸せな涙だった。
翌日、フェリクスにエスコートされて参加した学院の卒業パーティーは、エデルガルトにとって生涯の記憶に残るとても素晴らしいものとなった。
元婚約者のヴェルマーから浮気され、蔑ろにされていたエデルガルトに訪れた幸福を、友人たちは皆大いに喜んでくれて、フェリクスとの婚約に心からの祝いの言葉を送ってくれた。
その翌年、二人は大勢の人に祝福されて結婚式を挙げた。やがては二男一女に恵まれ、幸せな家庭を築くことができた。
フェリクスの手腕の元に侯爵家はますます発展し、更に豊かになっていった。
フェリクスはいくつになってもエデルガルトを心から愛し続けた。その愛は強く、自分の子供にさえ嫉妬するほどだったという。
小さな我が子と張り合って、エデルガルトの感心を自分に向けようと必死になる夫の姿は、いつだってエデルガルトを幸せな気持ちにしてくれた。
エデルガルトは時々、元婚約者だったヴェルマーのことを思い出す。
彼は学院卒業後に伯爵家から追い出されたらしく、今は生きているのか死んでいるのかも分からない。
ヴィルマーの婚約者として過ごした学院での苦い日々を思い出すと、今の幸せがいかに貴重なものであるか、どれほど夫が素晴らしい存在であるのかを改めて認識することができる。そして改めて、夫をもっと幸せにしたい、もっと愛を捧げたいと思うのだった。
「愛しているわ、フェリクス。あなたと結婚して本当に良かった。愛してくれてありがとう」
だからそう伝えると、フェリクスはいつも少し涙ぐみ、これ以上の幸せはないと言わんばかりに嬉しそうに微笑む。そして、エデルガルトの頬に優しくキスしてくれるのだ。
「君はわたしの幸せそのものだ。心から愛しているよ」
その言葉を聞いて、エデルガルトは更にまた幸せな気持ちになれる。
きっとこれからもずっと、フェリクスは幸せを与え続けてくれる。そう信じさせてくれるフェリクスを自分ももっと幸せにしたい。
エデルガルトはいつもそう思いながら毎日を過ごしている。
end
「ち、ちょっとフェリクス、あなた本気?! 本気でわたくしと結婚したいの?」
「もちろん本気だよ。君は気付いてなかったようだけど、わたしは幼い頃からずっとエデルのことが好きだったんだ。叔父上は知ってましたよね?」
侯爵は苦笑しながら頷いた。
「エデルがヴィルマー君と婚約した時、小さかったフェリクスに泣きながら責められたものなぁ。自分がエデルと結婚するつもりだったのにーってね」
「もう他の奴には絶対にとられたくない。婚約破棄したばかりで今はまだ次のことなんて考えられないだろうけど、でもエデル、いつかまた誰かと婚約するつもりになったら、どうかわたしを選んで欲しい。いつまでも待つから。心から愛してる」
フェリクスは銀色の髪にエメラルドの瞳をした美しい男である。いつも令嬢たちに囲まれてにこにこしている優男っぽい彼の、珍しく真剣な熱い視線を受けてエデルガルトの頬に朱がさした。
「そ、そんなに想ってくれていたなんて知らなかったわ」
「変に気を使われたくなくて、気付かれないようにしていたんだから当然だよ。それよりエデル、覚悟してね。今後、わたしは全力でエデルのこと口説くから。いいですよね、叔父上?」
「まあ、がんばってみなさい。わたしはエデルが幸せになってくれるなら、相手が誰でも構わないのだから」
やった、とフェリクスが拳を上げた。
「ち、ちょっと、お父様!」
焦るエデルガルトをフェリクスが楽しそうに見つめながら言う。
「さあ、叔父上からの了承は得たからね、ここからは全力だよ。エデル、愛している。いつも君のことを想ってる。君がいない人生なんて死んでいるも同然だ。いつまでだって待つから、どうか心の隅にでもわたしが君に想いを寄せていることを覚えておいて」
フェリクスはエデルガルトの手をそっと取り、そこに柔らかく口付けた。
長年の婚約者だったヴィルマーからは一度もそんなことをされたことのなかっただけに、エデルガルトは驚きと恥ずかしさで瞬時に真っ赤になってしまった。
それを見たフェリクスが嬉しそうに目を細める。
「ああ、なんて初心でかわいいんだ。エデル、わたしの愛しい人」
「ちょっ、もうやめてちょうだい、フェリクス! 恥ずかしいわ!」
「わたしに口説かれて恥ずかしがるエデル、あー、もう最高にかわいい! やっぱり無理だ、もう無理、待てない。今すぐ結婚しようよ、エデル!」
「ええっ?! だってさっき、いつまでだって待つって……!」
「うん、待つ。エデルがわたしを好きになってくれるまで、いつまでだって待つ。絶対に手は出さない。だから、とりあえず結婚だけ先にしよう? いいですよね、叔父上!」
笑顔ではあるが目が笑っていないフェリクスにそう問われ、引き気味の侯爵が目を反らした。
「わ、わたしはエデルがいいのならそれで……」
「お父様っ、そこははっきり断って下さらないと!」
エデルガルトが父親に抗議すると、フェリクスがその美麗な顔に悲しみを浮かべた。
「そんなに嫌かい? エデルはわたしのことが嫌い? 絶対に結婚したくない? 顔も見たくない? 今すぐ死んで欲しい?」
「だ、誰もそんなこと言ってないじゃない! それに、き、嫌いでもないし! 顔を見たくないとも思っていないわ」
「その流れでいうと、結婚したくないとも思わないってこと?! やったー、叔父上、聞きましたか? わたしたち今から婚約して明日の午後には結婚しますので、手続きをよろしくお願いします!」
「ええーっ、ちょっとフェリクス、なにを言って――」
「愛してるよ、エデル。心の底から君が大好きだ」
フェリクスは満面の笑みでそう言うと、エデルガルトを思い切り抱きしめた。かと思うと、顎に指を当ててエデルガルトを上向かせ、ぶちゅーっと熱烈に口付けたのである。
「んんっ?! ん―――っ、んんん――――っっ?!?!?!」
驚いたエデルガルトがどんなにもがいても、フェリクスをはキスをやめようとしない。恥ずかしいやら混乱するやら驚いたやらで、エデルガルトはフェリクスとキスをしたまま、その場で気を失ってしまったのだった。
さすがに侯爵からガッツリと叱られたフェリクスは、一応は反省したものの、だからと言ってその後も自重しようとせず、昼も夜もどこにいようともエデルガルトをひたすら口説きまくった。
休みの日は必ず町へデートに誘ったし、毎日の登下校時には欠かさず馬車で送り迎えした。
馬車の中では日に日に距離をつめられた。
最初は向かい合わせに座っていたのが、やがて隣同士に座るようになった。それがいつしか馬車内ではずっと手を繋ているようになり、最終的にはフェリクスの膝の上がエデルガルトの定位置へと変わったのである。
そうして一ヵ月。
二人が学院を卒業する日の前日、遂に折れたエデルガルトはフェリクスとの婚約に是の返事をしたのだった。
そもそもエデルガルトは押しに弱い。
昔、ヴェルマーと婚約した時も、押されて続けて絆されたゆえに婚約することになったくらいだから、安定の押され弱さといえる。
エデルガルトは結局、ヴェルマーには家族に向けるものと同様の親愛しか持てなかった。
しかし、それとフェリクスへの気持ちはまったく違う。
毎日毎日、まるで宝物のように大切にされ、女神を崇拝するかの如くに陶酔され、心からの愛を囁かれ、五感すべてで想いを伝え続けられたエデルガルトは、気が付くと、フェリクスの事をばかりを考えるようになっていた。
会えない時は寂しいし、会えた時には心が躍る。
フェリクスと一緒だと、エデルガルトにはまるで世界が輝いて見えるようになったのだった。
こうなるとさすがのエデルガルトも、自分がフェリクスに恋をしていることに気付かざると得なかった。それを自覚したのが卒業式の前日だったのである。
エデルガルトはフェリクスと向かい合って、ハッキリと自分の想いを告げた。
恥ずかしくて死にそうだったけれど、がんばった。
「わたくし、あなたが好きだわ、フェリクス」
「エデル……」
フェリクスは感激のあまり言葉を詰まらせ、エデルガルトを見つめながらただただ涙を流した。
その様子から、彼がいかに深く自分を想ってくれているかを改めて感じて、幸せのあまりエデルガルトも一緒になって泣いた。とても幸せな涙だった。
翌日、フェリクスにエスコートされて参加した学院の卒業パーティーは、エデルガルトにとって生涯の記憶に残るとても素晴らしいものとなった。
元婚約者のヴェルマーから浮気され、蔑ろにされていたエデルガルトに訪れた幸福を、友人たちは皆大いに喜んでくれて、フェリクスとの婚約に心からの祝いの言葉を送ってくれた。
その翌年、二人は大勢の人に祝福されて結婚式を挙げた。やがては二男一女に恵まれ、幸せな家庭を築くことができた。
フェリクスの手腕の元に侯爵家はますます発展し、更に豊かになっていった。
フェリクスはいくつになってもエデルガルトを心から愛し続けた。その愛は強く、自分の子供にさえ嫉妬するほどだったという。
小さな我が子と張り合って、エデルガルトの感心を自分に向けようと必死になる夫の姿は、いつだってエデルガルトを幸せな気持ちにしてくれた。
エデルガルトは時々、元婚約者だったヴェルマーのことを思い出す。
彼は学院卒業後に伯爵家から追い出されたらしく、今は生きているのか死んでいるのかも分からない。
ヴィルマーの婚約者として過ごした学院での苦い日々を思い出すと、今の幸せがいかに貴重なものであるか、どれほど夫が素晴らしい存在であるのかを改めて認識することができる。そして改めて、夫をもっと幸せにしたい、もっと愛を捧げたいと思うのだった。
「愛しているわ、フェリクス。あなたと結婚して本当に良かった。愛してくれてありがとう」
だからそう伝えると、フェリクスはいつも少し涙ぐみ、これ以上の幸せはないと言わんばかりに嬉しそうに微笑む。そして、エデルガルトの頬に優しくキスしてくれるのだ。
「君はわたしの幸せそのものだ。心から愛しているよ」
その言葉を聞いて、エデルガルトは更にまた幸せな気持ちになれる。
きっとこれからもずっと、フェリクスは幸せを与え続けてくれる。そう信じさせてくれるフェリクスを自分ももっと幸せにしたい。
エデルガルトはいつもそう思いながら毎日を過ごしている。
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応援ありがとうございます!
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ミリアの言い訳に絆されずきっちり慰謝料請求したところがスッキリでした。
エデルが幸せになってよかったです。
ミリアのその後も知りたいなー