嫌われ王子はしてはいけない恋をした。 ~彼と私の1年間~

虹色金魚

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4、魔法みたいだ。

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「湯は普段どうしていたのですか?」


 ユノは困ってしまった。


 湯など、6年前から使っていない。


 暑くても寒くても、近くにある井戸から冷たい水を汲み上げ、その場で手早く全身を拭いていたのだ。王宮の端っこ、誰も人が来ない場所だから出来る、早朝のユノの日課だ。


「あっ、いやっ、そのっ、湯は使えないので、井戸水を……使っていました……。」


 恥ずかしくてポソポソ囁き、だんだん顔が真っ赤になっていくユノ。

 そんなユノを、なんとも言えない気分を隠してジャスは眺めた。 表面は穏やかに、でも内面は荒れ狂っていて。


 何故こんなになるまでこのシェールズ国はユノをほっぽっていたのか、何故こんなに痩せてしまっていて今は小汚ないのに、こんなにもかわいらしいのか。


 ユノを追い込んだ全てが許せない。


「あきれて……しまわれましたか?」


 顔を真っ赤にして更に俯きながらポソポソと囁くユノに、ジャスは我慢ならなかった。


「そんな……そんな訳ないに決まってるじゃないですかっ。 このジャスが、ここへ来たのですから、もう安心してくださいね。 ユノ様。」


 不思議そうな顔をしてゆるゆると顔を上げたユノを、ジャスは堪らない気持ちで見詰めて優しく微笑んだ。





~○~○~○~○~○~○~○~






「ユノ様、しばらくリビングに……、ソファも取り替えた方がよさそうですね、リビングでお待ち下さい。」


 座面がへたり、色も褪せてしまっているソファを見て、ジャスはそう判断した。

 ユノはジャスが何をするのか分からなかったが、大人しく手が汚いままリビングで待つことにした。ソファ、まだ使えるのに、と思いながら。






「ではユノ様、湯浴みをいたしましょう。」


「えっ?!」


 しばらくして現れたジャスにユノは驚いた。


 だって、浴室はあの状態だ。


 何かの冗談かと思ってジャスに付いて行けば、驚きの光景が広がっていた。


「使い方を説明いたします。」


 猫足のバスタブには湯が満々(なみなみ)と注がれ、湯気がたっている。市民は滅多に使わないという石鹸と、体を擦るタオル、木の片手桶や簡単な椅子も用意されていた。

 ユノは驚きすぎて口をポカンと開けたまま唖然としてしまった。


 さっきまでは……、何もない空間だったのに……。


「さぁ、ユノ様。 湯浴みをいたしましょう。お一人で大丈夫ですか? 私も共に入りますか?」


 イタズラが成功したような嬉しそうな顔をするジャスに、ユノは慌てて申し出をお断りした。





 洗っても洗っても汚れが落ちず、高級な石鹸をずいぶんと使ってしまった。ジャスには「泡が出るようになるまで、たっぷり使って洗って下さいね。」と穏やかに言い含められたが、ちょっと申し訳なくなる。 体も髪も泡などたたず、何度もしつこく繰り返すうちにようやく泡がたち、綺麗になったらしいのだ。

 少し減ってしまった湯に浸かると、6年ぶりの入浴に体が歓喜した。 汚れや疲れが体から染み出して、芯まで冷えていた体が息を吹き替えしていくようだ。 ユノは、そういえば湯浴みが好きだったことを思い出した。


「ユノ様、湯加減はいかがですか? お困りのことは無いですか?」


「はっ、はいっ。 ちょうどいいです。石鹸を使いすぎてしまい申し訳ないです。」


 ジャスの穏やかな声が聞こえてユノは少し焦ったが、落ち着いて答えることが出来た。


「石鹸などどうでもよいのです。 ユノ様に気持ちよくなっていただければ。」


 ジャスの嬉しそうな声が聞こえて、ユノはホッとした。


「ありがとう、ございます。」


 ユノは、これ程まで人に尽くしてもらえることのありがたみが染みて、嬉しくて、つい涙が出てしまい、慌てて顔をジャバジャバ洗った。


 6年前だったら気付けなかったことだ。















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