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Promenade
現実逃避の朝
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「お嬢様!起きてください!」
昨晩、失意のフリードと共に家に帰ると、拷問道具一式を並べたジェシーにいたぶられ続けた。
卒業式もプロムも問題なく行われることはその日のうちに表明されていたらしい。
「待って、後5分寝かせて…」
枕を取り上げられそうになって、その枕にしがみつきながらジェシーに懇願するが、普段は寝坊しても起こしに来ないくせに、こういう時ばかりは容赦ない。
「寝言を言っている時間はありません。今からもう一度身体を磨き上げますよ」
磨き上げるなんて言い方は正しくない。
少しばかりコルセットから解放された日々を過ごし、毎日たらふく美味しい物を食べて平民生活を送っていた身体を、スクラブで削ぎ落とし、老廃物を流す為と叫び声がこだまする程いたぶり続けるのだ。
「ジェシーの嘘つき!寝ててもいいって言ったじゃない!」
「お風呂に入った後また横になれます!もう起きているのですからさっさとベッドから出てください!」
引き摺られるようにベッドから下ろされた後、嫌々浴室へと連れ込まれてしまった。
湯気の中の浴槽にはみかんがゴロゴロと浮かべられ、衣服をひっぺがされたクロエは、湯の中へ大人しく沈んだ。
「はぁーいい匂いね」
「みかんには身体を温める効果もありますし、肌をすべすべにしてくれます」
嫌々連れてこられたのに、朝のみかんの香りは爽やかで瑞々しくて、とても幸せな気分にさせてくれた。
「お湯も少しとろりとしているわ」
「蜂蜜を入れてありますのでお風呂上がりはムチムチのモチモチ肌の完成です」
「蜂蜜風呂!?」
忌々しい蜂蜜がこれ程までに心地いいとは。
フリードを蜂蜜風呂に突き落としてやろうとしていた記憶が蘇ってくる。
蜂蜜風呂に入ることになったのが自分だったとは情けない限りだ。
首までお湯をかけられ続け、肌が柔らかくなったところで、3人の侍女が浴室に入って来た。
「まさか、今日もやるの!?」
「まさかだなんて。当たり前ですわ」
頭と身体を別物のように扱い、4人がかりでマッサージを受ければ、浴室は再び叫び声が響く。
髪の毛先から足の指の先まで隅々まで別人にでもなったかのようにツルツルで、スベスベなのは、蜂蜜風呂に再び放り込まれた時には認めざるを得なかった。
昨日よりも更に磨きがかかって、ほっぺたを触っても腕を触ってももっちりと吸い付きそうなほどだ。
「さぁさぁ卒業式は髪を下ろして参加していただいて、プロムには綺麗に結い上げますので、王都の屋敷へお戻り下さいね」
卒業式には黒地に白の学園の伝統的な刺繍を施したガウンを羽織って行く。
一生に一度しか着ないこのガウンを、昔はどれほど期待していたか。
全員が同じように卒業に値する成績を収める者であると認める大事な意味を持つ。
成績優秀者だった者も、ギリギリで卒業した者も、学園の認める卒業者なのだとお互いに称え合うべき存在なのだと表していると言う。
「やっぱり少し恥ずかしいかも」
黒地のガウンに合わせて、中に着たドレスは黒のシックなドレスだった。
タートルネックに手首まである長袖であり、黒一色のロングドレス。
しかし、スカートには深く深くスリットが入っていて、大きく足を踏み出せば太ももも露わになる。
ガウンを着ていて隠れはするが、少しでも歩いている時に風が吹けば足は晒されてしまうだろう。
「お嬢様のご希望ではありませんか」
そう、昨晩用意してあったシンプルなドレスの裾をカットしたのはこの私。
忌々しいフリードを追求していた後遺症からか、ウラリーの着ていた妖艶なドレスのようにスリットを入れてしまったのだ。
一晩でその手直しをさせられた侍女達は可哀想だと今更ながら思うが、あの時はそうせざるを得なかったと言う程気が立っていたのだ。
ウラリーの胸を揉んでいたフリードを思い出すと愛とは何だったろうかと怒りに震える。
「少し出かけてくるわ」
きつく締められたコルセットも、プロムのドレスを着る時に比べたら手加減されたのだろうが、朝食なんて食べられそうもない。
「クロエ!」
この乞われるような叫びに似た呼ばれ方にもそろそろ慣れた。
「フリードリヒ殿下、おはようございます」
客間に移動した自室の扉が勢いよく開かれても、もはや驚くことはない。
今のフリードの方があざとさが消え、余程みんなの弟と呼べるような行動を取っている。
「クロエ、ガウンを着た君も綺麗だ」
「フリードリヒ殿下も、とても似合っておいでですよ」
同じ黒地に白の刺繍の施されたガウンに、撫でるように横に流して固められた蜂蜜色の髪。
今までの行動を忘れて見惚れてしまうほどには似合っていた。
ごく自然に握られた手にも違和感を覚えなかったのは、これまで唐突に抱きしめられてきたせいだろうか。
「それで、迎えにくる時間にはまだ早いですが、どうされたんですか?」
「早く君に会いたくて」
「そう。少し出かけるところなの。仕方ないから一緒に行きましょう」
侍女がまだ部屋にいたので、少し迷ったが、仕方がないのでそのまま転移するために指を鳴らし、ウラリーの家の前に来た。
「ウェルズの…家?」
「ウラリーの家よ」
玄関にある魔石に手を当てれば、ドタバタと駆けてくる音が聞こえてくる。
ウラリーの足音ではなさそうだった。
昨晩、失意のフリードと共に家に帰ると、拷問道具一式を並べたジェシーにいたぶられ続けた。
卒業式もプロムも問題なく行われることはその日のうちに表明されていたらしい。
「待って、後5分寝かせて…」
枕を取り上げられそうになって、その枕にしがみつきながらジェシーに懇願するが、普段は寝坊しても起こしに来ないくせに、こういう時ばかりは容赦ない。
「寝言を言っている時間はありません。今からもう一度身体を磨き上げますよ」
磨き上げるなんて言い方は正しくない。
少しばかりコルセットから解放された日々を過ごし、毎日たらふく美味しい物を食べて平民生活を送っていた身体を、スクラブで削ぎ落とし、老廃物を流す為と叫び声がこだまする程いたぶり続けるのだ。
「ジェシーの嘘つき!寝ててもいいって言ったじゃない!」
「お風呂に入った後また横になれます!もう起きているのですからさっさとベッドから出てください!」
引き摺られるようにベッドから下ろされた後、嫌々浴室へと連れ込まれてしまった。
湯気の中の浴槽にはみかんがゴロゴロと浮かべられ、衣服をひっぺがされたクロエは、湯の中へ大人しく沈んだ。
「はぁーいい匂いね」
「みかんには身体を温める効果もありますし、肌をすべすべにしてくれます」
嫌々連れてこられたのに、朝のみかんの香りは爽やかで瑞々しくて、とても幸せな気分にさせてくれた。
「お湯も少しとろりとしているわ」
「蜂蜜を入れてありますのでお風呂上がりはムチムチのモチモチ肌の完成です」
「蜂蜜風呂!?」
忌々しい蜂蜜がこれ程までに心地いいとは。
フリードを蜂蜜風呂に突き落としてやろうとしていた記憶が蘇ってくる。
蜂蜜風呂に入ることになったのが自分だったとは情けない限りだ。
首までお湯をかけられ続け、肌が柔らかくなったところで、3人の侍女が浴室に入って来た。
「まさか、今日もやるの!?」
「まさかだなんて。当たり前ですわ」
頭と身体を別物のように扱い、4人がかりでマッサージを受ければ、浴室は再び叫び声が響く。
髪の毛先から足の指の先まで隅々まで別人にでもなったかのようにツルツルで、スベスベなのは、蜂蜜風呂に再び放り込まれた時には認めざるを得なかった。
昨日よりも更に磨きがかかって、ほっぺたを触っても腕を触ってももっちりと吸い付きそうなほどだ。
「さぁさぁ卒業式は髪を下ろして参加していただいて、プロムには綺麗に結い上げますので、王都の屋敷へお戻り下さいね」
卒業式には黒地に白の学園の伝統的な刺繍を施したガウンを羽織って行く。
一生に一度しか着ないこのガウンを、昔はどれほど期待していたか。
全員が同じように卒業に値する成績を収める者であると認める大事な意味を持つ。
成績優秀者だった者も、ギリギリで卒業した者も、学園の認める卒業者なのだとお互いに称え合うべき存在なのだと表していると言う。
「やっぱり少し恥ずかしいかも」
黒地のガウンに合わせて、中に着たドレスは黒のシックなドレスだった。
タートルネックに手首まである長袖であり、黒一色のロングドレス。
しかし、スカートには深く深くスリットが入っていて、大きく足を踏み出せば太ももも露わになる。
ガウンを着ていて隠れはするが、少しでも歩いている時に風が吹けば足は晒されてしまうだろう。
「お嬢様のご希望ではありませんか」
そう、昨晩用意してあったシンプルなドレスの裾をカットしたのはこの私。
忌々しいフリードを追求していた後遺症からか、ウラリーの着ていた妖艶なドレスのようにスリットを入れてしまったのだ。
一晩でその手直しをさせられた侍女達は可哀想だと今更ながら思うが、あの時はそうせざるを得なかったと言う程気が立っていたのだ。
ウラリーの胸を揉んでいたフリードを思い出すと愛とは何だったろうかと怒りに震える。
「少し出かけてくるわ」
きつく締められたコルセットも、プロムのドレスを着る時に比べたら手加減されたのだろうが、朝食なんて食べられそうもない。
「クロエ!」
この乞われるような叫びに似た呼ばれ方にもそろそろ慣れた。
「フリードリヒ殿下、おはようございます」
客間に移動した自室の扉が勢いよく開かれても、もはや驚くことはない。
今のフリードの方があざとさが消え、余程みんなの弟と呼べるような行動を取っている。
「クロエ、ガウンを着た君も綺麗だ」
「フリードリヒ殿下も、とても似合っておいでですよ」
同じ黒地に白の刺繍の施されたガウンに、撫でるように横に流して固められた蜂蜜色の髪。
今までの行動を忘れて見惚れてしまうほどには似合っていた。
ごく自然に握られた手にも違和感を覚えなかったのは、これまで唐突に抱きしめられてきたせいだろうか。
「それで、迎えにくる時間にはまだ早いですが、どうされたんですか?」
「早く君に会いたくて」
「そう。少し出かけるところなの。仕方ないから一緒に行きましょう」
侍女がまだ部屋にいたので、少し迷ったが、仕方がないのでそのまま転移するために指を鳴らし、ウラリーの家の前に来た。
「ウェルズの…家?」
「ウラリーの家よ」
玄関にある魔石に手を当てれば、ドタバタと駆けてくる音が聞こえてくる。
ウラリーの足音ではなさそうだった。
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