婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

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Promenade

気まぐれな猫

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自分は何故、早く屋敷へ戻らなければならないと考えたのかと後悔していた。
控えに控えた昼食だったにも関わらず、ジェシーからは食べ過ぎだとお小言を言われ、顔からデコルテまで蜂蜜を塗りたくられて窒息しかけ、更にコルセットは足も使って締め上げられて不摂生を咎められた。
髪のセットの際は少しの動きも禁じられ、芸術作品ではないかというほどカチカチに固められた髪は、後ろから見れば薔薇の形をしているというが、代償に首は死んだ。
さらにフリードの用意した靴は今流行りのハイヒールで、殆ど夜会にも出ないクロエの膝は小鹿のように震えている。



「これは試練よ…」


カッチコチに固まってしまった肩をマッサージされながら鏡の中の自分に言い聞かせる。


「私はイシュトハン家の三女、母は礼儀作法の授業の時は鬼のように怖い。さぁ思い出すのよ。美しいカーテシーを出来るまで魔法を禁止されたあの日々を…」


普段は魔力の回復を優先に睡眠をこよなく愛する母だが、さすがは侯爵家出身なだけあって、礼儀作法のレッスンだけは抜かりがなかった。
王家との茶会位しか参加しなかったのも原因かもしれない。
幼い頃からやらなければならない場面だけはキチンとしなさいと教えられてきた。
普段の家の食事では作法は厳しいことを言われたことはなかったが、それはそれは恐ろしい形相で母は礼儀作法のレッスンに付き添っていたものだ。


まずはヒールを履いた時の筋肉の使い方から思い出さねばと、部屋を往復する。
帰りのことは考えなくてもいい。帰りは転移して屋敷まで帰ることはもう決定事項だ。
この足でダンスを踊り、あとは料理を取りに行って、空いている席まで歩ければそれだけでいい。
プロムなのだから挨拶回りをする必要がないことは幸いだった。


「膝を伸ばすには上半身も伸ばさなければ。腰と背中を意識して、お腹の力は抜かず、肺を広げ、目線は上げて…」


「その調子ですよ!お嬢様!」


まるで子供の頃に戻ったようだ。
そうだ、まだ椅子に座ると足もつかなかった頃、フリードの美しい所作を見ながらお茶を飲んだ。
ずっと狭い世界の中にいた小さい私の王子様。


お茶会を抜け出して2人で鬼ごっこをして、木にだって登った。
こっそり庭園の隅で魔法の練習をして一緒に怒られて、それでも魔力の強いだけの私の不器用な魔法を、凄いと褒めてくれたフリードの笑顔が好きだった。
魔法を使わず駆け回ることが楽しいと思えたのはフリードがいたからで、ただ単にそばにあるものだった魔法を、好きだと思ったのもフリードがいたからだ。


いつか教会でフリードの横にいる自分を思い浮かべてハイヒールでダンスの練習をしたことはそれほど昔のことじゃない。



「少し邸内を回ってくるわ。階段の練習もしなくちゃ」


王都の屋敷はそれ程大きくないが、玄関ホールへ続く階段だけは広くて豪華だ。


部屋のドアを開けると、飛び退くように後ろに下がった執事がおり、その横にはまだ約束の時間よりもだいぶ早く到着したフリードの姿があった。


「約束の時間はまだのはずだけど?」

「君の準備を待っていようかと思ったんだけど、もう終わったんだね。とても似合ってるよ」



少し照れ臭そうにボソリとつぶやいたフリードは、もう既に自分の夫である。



「ありがとう。いいわ。私も丁度、私の旦那様に会いたいと思っていたところだし」



クロエはフリードの腕にするりと腕を回すと、執事を戻らせた。エスコートしてもらいながらヒールに慣れることにしよう。
フリードにエスコートされることは初めてだし、背の高いジュリアン以外のエスコートを知らない。


「そんな嬉しいことを言ってくれるとは思っていなかった」


クロエはそのまま絨毯の敷かれた廊下を歩きだす。
するとつられるようにふわりと笑ったフリードも歩き出した。


「どこへ向かうんだい?」


「どこでもないわ。ただ歩いているだけだけど…あ、あなたの荷物を運び込んでいるの?」


何やら執事達が慌ただしく隣の執務室を出入りしているなとは思っていたが、魔導士が視界に入って漸く合点がいった。
きっと、大型と小型の転送装置をフル稼働で荷物を王宮から運び込んでいるに違いない。


「あぁ。部屋の物は全て用意してくれていたけど、まさか本当に手ぶらで婿入りしてくるわけにはいかないからね」

「でもここに運び込んでもイシュトハンまで運ばなきゃいけないじゃない」

「あぁ、でもイシュトハンには送ってくるなと言われてね。ヒューベルト達が別邸へ移るまでは王都で管理すると言われたよ。順番はおかしいけど、新婚旅行が終わってから結婚式になるのは早く隠居したいかららしいし、当主代理としてそれまではヒューベルトが働くことになるんだろう」


当主は譲り受けたものの、王国から出ることで必要になる様々な業務は父が対応することは聞いていた。
結婚式が終わったら、父と母は別邸からも去り、本格的に田舎で隠居生活をするつもりらしい。


「早く来た本当の目的は荷物を運んでくることだったってわけね」

「ハハッ逆だよ。荷物を理由に早く来たんだ」


昨日の夜はあんなに落ち込んでいたのに、今日は朝から気持ち悪い程フリードはご機嫌な気がする。
そして自分も、それ程それが嫌じゃない。

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