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聖女と料理長
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聖女が一番仲のいいのは料理長だ。だがそれは教会内だけの話であって、外に目を向ければ孤児院の子供達が圧倒的に一番となる。だが子供と張り合っても仕方がないので、除外する。
「今日はオレンジを乗せてみたんだ。きっと美味いぞ」
聖女は朝はパンケーキと決めているらしく、料理長自ら腕を振るってパンケーキを裏返しているらしい。見た目もこだわり今日は花の形をしたりんごがオレンジより目立っている。
「今日もとても美味しい!」
「そうかそうか。聖女様が喜んで食べてくれると俺も嬉しい」
ごった返す食堂の忙しい時間でも、他を待たせても聖女が優先だ。当たり前のことだが、食べるのをずっとみている必要はない。料理長の凄いところは、聖女様の笑顔を料理を出すだけで引き出せることだ。特殊能力なのではないかと疑い始めている。
聖女様付きの見習い神官となって一ヶ月が過ぎたが、聖女様の笑顔が私に向けられたことはない。私だけではなく、信者や孤児達の前以外では母であるフレイヤ様の前以外では笑顔どころかほとんど言葉も発しないのが聖女様だった。
「前はもっと笑ってたのになぁ…おい、見習い。聖女様の世話はどうなっているんだ」
声をかけてきたのは聖騎士団の団長だ。見習いである私が決して気軽に話せる相手ではない。
「私が責任をもって勤めています」
「見習い一人か?」
「はい…風呂や身支度は決まった時間に侍女が参りますが、基本的には私一人です。先日専属の侍女が数人必要ではないかと進言しましたが、未だ回答はありません」
「全く何やってんだかなぁ…俺からも言っておく。お前も状況が変わるまで言い続けるんだ。いいな?それが仕事ってもんだ」
「はい!」
この後、私は聖女の一日のスケジュール管理もするようになると、目に見えて手が足らなくなり、騎士団長からの数度の要請もあり、侍女の派遣が決まった。
教会に侍女は存在しない。雑務は見習い神官達の仕事であり、王宮とは違い、一人の女性に何人も人を付けるという発想にはならなかった。身の安全が確保されていることが何より重要なのだ。
「聖女様、今日はオヤツにアップルパイをたくさん作るんで孤児院でみんなで食べてくれよな!」
「はい!料理長の作るアップルパイは大好きです!楽しみですね」
料理長は聖女を喜ばせることがとても上手く、私だけではなく、騎士からも羨ましがられていた。私では、聖女様の笑顔を作り出すことは難しい。
その日は突然訪れた。料理長が突然休みを取り、聖女の笑顔は消えた。
もちろん、聖女様の朝食は用意されていたが、いつもの出来立てでフワフワで、華やかなパンケーキではなかった。
「はちみつの味がします…美味しいです…」
少し寂しそうな聖女様の小さな声を豪快に笑って喜ぶ料理長の姿はなかった。昼食も、夕食も料理長の用意したものであったが、聖女様は美味しいと言いながら完食したものの、しょんぼりと俯いていた。
「美味しいです…」
「そうかそうか。昼食はチーズたっぷりのオニオンスープをつけるから楽しみにしていてくれよな」
「はい…」
翌日には料理長は厨房に立ったが、朝は生クリームとはちみつのパンケーキ、昼食も夕食も、いつもの繊細なこだわりが感じられない、豪快で暴力的な美味さの料理に変貌を遂げていた。美味しいが、毎日食べたいかと言われれば考え込んでしまう。
「料理長が壊れています」
私たちは初日からおかしいと思っていたが、一週間が経ち、聖女様は料理長に祈りを捧げた。仕事とは関係なく自主的に祈ったのは、フレイヤ様以来二人目のことだった。
聖女は存在しているだけで意味がある。それは近隣国にも影響があるほどだ。範囲は神の意思次第だが、存在しているだけで飢饉も起きなければ流行病も起きることはない。神が聖女様に害になることを防いでいると考えられている。加護とはそういうものだ。
祈祷師の場合は信仰心をパワーにして神に乞い願うもの。それに対して、聖女の祈りは加護を分け与えるため、神の意思ではなく聖女の意思が必要になる。毎日国の為に祈りを捧げるのは、聖女の意志を神に伝えているにすぎないので、実質的には聖女の祈りとは異なる類のものである。
翌日、聖女様のパンケーキでウサギが踊っていた。なんでも妻が子供を連れて家を出て行ってしまったが、昨日家に帰ると戻ってきていたとのこと。
神に仕えるだけでなく、聖女の食事の責任もある料理長という立場上、休みを取るのは難しい立場だ。私も出家してから一度も休みはない。神に仕えるとは神に仕える日常が仕事であり、神に仕える仕事が日常である。
「聖女様、今日はフルコースでご用意するんで、たくさん遊んできてくれ!」
「アップルパイもつけてくれる?」
「今日はウサギ型のアップルパイだ!特別にハート型のラズベリーパイも作るぞ!」
「本当!?」
聖女様が目を輝かせて、見るからに機嫌が良さそうにルンルンと歩いていたのはその日が最初で最後だった。あれが聖女様の最上級の喜び方だったに違いない。だから、それ以上の喜びを聖女様は感じたことがないのだと思う。
やはり、料理長はみんなの敵であり、聖女様を笑顔にしてくれる最高の存在だった。
「今日はオレンジを乗せてみたんだ。きっと美味いぞ」
聖女は朝はパンケーキと決めているらしく、料理長自ら腕を振るってパンケーキを裏返しているらしい。見た目もこだわり今日は花の形をしたりんごがオレンジより目立っている。
「今日もとても美味しい!」
「そうかそうか。聖女様が喜んで食べてくれると俺も嬉しい」
ごった返す食堂の忙しい時間でも、他を待たせても聖女が優先だ。当たり前のことだが、食べるのをずっとみている必要はない。料理長の凄いところは、聖女様の笑顔を料理を出すだけで引き出せることだ。特殊能力なのではないかと疑い始めている。
聖女様付きの見習い神官となって一ヶ月が過ぎたが、聖女様の笑顔が私に向けられたことはない。私だけではなく、信者や孤児達の前以外では母であるフレイヤ様の前以外では笑顔どころかほとんど言葉も発しないのが聖女様だった。
「前はもっと笑ってたのになぁ…おい、見習い。聖女様の世話はどうなっているんだ」
声をかけてきたのは聖騎士団の団長だ。見習いである私が決して気軽に話せる相手ではない。
「私が責任をもって勤めています」
「見習い一人か?」
「はい…風呂や身支度は決まった時間に侍女が参りますが、基本的には私一人です。先日専属の侍女が数人必要ではないかと進言しましたが、未だ回答はありません」
「全く何やってんだかなぁ…俺からも言っておく。お前も状況が変わるまで言い続けるんだ。いいな?それが仕事ってもんだ」
「はい!」
この後、私は聖女の一日のスケジュール管理もするようになると、目に見えて手が足らなくなり、騎士団長からの数度の要請もあり、侍女の派遣が決まった。
教会に侍女は存在しない。雑務は見習い神官達の仕事であり、王宮とは違い、一人の女性に何人も人を付けるという発想にはならなかった。身の安全が確保されていることが何より重要なのだ。
「聖女様、今日はオヤツにアップルパイをたくさん作るんで孤児院でみんなで食べてくれよな!」
「はい!料理長の作るアップルパイは大好きです!楽しみですね」
料理長は聖女を喜ばせることがとても上手く、私だけではなく、騎士からも羨ましがられていた。私では、聖女様の笑顔を作り出すことは難しい。
その日は突然訪れた。料理長が突然休みを取り、聖女の笑顔は消えた。
もちろん、聖女様の朝食は用意されていたが、いつもの出来立てでフワフワで、華やかなパンケーキではなかった。
「はちみつの味がします…美味しいです…」
少し寂しそうな聖女様の小さな声を豪快に笑って喜ぶ料理長の姿はなかった。昼食も、夕食も料理長の用意したものであったが、聖女様は美味しいと言いながら完食したものの、しょんぼりと俯いていた。
「美味しいです…」
「そうかそうか。昼食はチーズたっぷりのオニオンスープをつけるから楽しみにしていてくれよな」
「はい…」
翌日には料理長は厨房に立ったが、朝は生クリームとはちみつのパンケーキ、昼食も夕食も、いつもの繊細なこだわりが感じられない、豪快で暴力的な美味さの料理に変貌を遂げていた。美味しいが、毎日食べたいかと言われれば考え込んでしまう。
「料理長が壊れています」
私たちは初日からおかしいと思っていたが、一週間が経ち、聖女様は料理長に祈りを捧げた。仕事とは関係なく自主的に祈ったのは、フレイヤ様以来二人目のことだった。
聖女は存在しているだけで意味がある。それは近隣国にも影響があるほどだ。範囲は神の意思次第だが、存在しているだけで飢饉も起きなければ流行病も起きることはない。神が聖女様に害になることを防いでいると考えられている。加護とはそういうものだ。
祈祷師の場合は信仰心をパワーにして神に乞い願うもの。それに対して、聖女の祈りは加護を分け与えるため、神の意思ではなく聖女の意思が必要になる。毎日国の為に祈りを捧げるのは、聖女の意志を神に伝えているにすぎないので、実質的には聖女の祈りとは異なる類のものである。
翌日、聖女様のパンケーキでウサギが踊っていた。なんでも妻が子供を連れて家を出て行ってしまったが、昨日家に帰ると戻ってきていたとのこと。
神に仕えるだけでなく、聖女の食事の責任もある料理長という立場上、休みを取るのは難しい立場だ。私も出家してから一度も休みはない。神に仕えるとは神に仕える日常が仕事であり、神に仕える仕事が日常である。
「聖女様、今日はフルコースでご用意するんで、たくさん遊んできてくれ!」
「アップルパイもつけてくれる?」
「今日はウサギ型のアップルパイだ!特別にハート型のラズベリーパイも作るぞ!」
「本当!?」
聖女様が目を輝かせて、見るからに機嫌が良さそうにルンルンと歩いていたのはその日が最初で最後だった。あれが聖女様の最上級の喜び方だったに違いない。だから、それ以上の喜びを聖女様は感じたことがないのだと思う。
やはり、料理長はみんなの敵であり、聖女様を笑顔にしてくれる最高の存在だった。
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