ダブル・ミッション 【女は秘密の香りで獣になる2

深冬 芽以

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Mission 9*正体

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「芹沢くんがあなたの弱点ウィークポイントだったか……」

「…………」

 俯いた伊織が、泣いているような気がした。

 正確には泣くのを我慢しているように見えた。

 その姿を見て、俺はハッとした。



 思い出した……。



 前に一度だけ見たことがある、伊織が本気でキレた理由。



 俺だ――。



 高校三年の夏。

 その時付き合っていた女が怒り狂って、伊織に詰め寄った。俺と伊織のメールを盗み見て、勘違いしたことが原因。伊織は冷静に誤解だと説いたけれど、女は信じなかった。そして、言った。

『受験できなくしてやる!』

 伊織は静かに女に詰め寄って、言った。

『圭を傷つけたら、受験前に退学にしてやる。はったりだと思うなら、やってみればいい』

 女は青ざめた顔で走り去った。

 伊織は俺に何も言わなかった。だから、俺が言った。



『セックスしよう』



 緊張で身体をガチガチに強張らせて、俺のキスを受け入れてくれた伊織の真っ赤な顔を、今でも覚えてる。



 あの時、伊織がキレたのは俺を守るためだった――。

 じゃあ、今は……?



「番号の乗っ取り……」

 思いつくと同時に、俺は言葉にしていた。

 伊織の肩が、ピクッと動いた。

「何? それ」

「昨日、俺の新しい携帯にやたらメールが送られてきて、伊織が番号を乗っ取られたんじゃないかって……」

「そういうことか……」と、咲さんが言った。

「伊織。芹沢くんの番号が乗っ取られたのを自分のせいだと思っているんでしょう?」

「え……?」

「T&Nを辞めれば、自分以外に矛先が向くのを止められる……か?」

 蒼さんの言葉に、咲さんが頷く。

「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあ、伊織は番号を乗っ取った犯人を知ってるってことですか?」 

「少なくとも、心当たりはあるんでしょう」

 伊織は俯いたまま。

「……古賀さん」と、蒼さんが静かに言った。

「男の立場から一つ、言わせてもらうけど。状況はどうであれ、惚れた女に守られるってのは嬉しい反面、屈辱的なもんだよ」

 咲さんは、耳が痛いというように、きゅっと目を閉じた。

「芹沢は、自分の為に君がT&Nを辞めることを良しとするかな?」

「伊織。私には座右の銘が三つあるの」と、咲さんが言った。

「『攻撃は最大の防御』『目には目を』『やられたら三倍返し』。あなたの好みは?」

「三倍返し……なんて言葉、ないだろ」

「そ? 定番じゃない?」

 咲さんがニッコリ笑う。

「私は伊織の気持ち、わかるわよ? 自分の男にちょっかい出されたら、ムカつくわよね。会社なんて辞めて、全面戦争したくなるくらい」

「え……?」

 蒼さんが頬を引きつらせて伊織を見る。

「美化し過ぎなのよ。女が美しいのは見た目だけよ? 腹ん中は真っ黒。ねぇ? 伊織?」

「咲……。古賀さんをお前と一緒にするなよ」

「わかってないわね。本当に芹沢くんを守りたい一心なら、こんな茶番は必要ないでしょ。黙って私に退職願《これ》を持ってくればいい。乗っ取り犯と同じ方法で私たちを集める必要なんてないじゃない」

「じゃあ……、あのメールは……」

「言ったでしょ? 伊織を敵に回したくないって」

 蒼さんがガシガシと頭を掻く。

「言ってたな。正体がバレたら殴りこんでくる、とも」

 いつもクールで優秀なイケメンの仮面が取れた上司が、俺に笑った。

「いい女だよ。お前の女」

 ようやく顔を上げた伊織は、満足そうに微笑んでいた。
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