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13 軋む心
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しおりを挟む「風間主任、子供が怪我をしたので早退します」
「わかりました。千堂課長には俺から――」
「待ちなさい! こんな時に帰るって、何を考えているの!?」
忘れていた。
当然のことながら、益井課長が般若の如くこめかみに青筋を立てて私を睨みつけていた。
「奥山商事との契約どころか、訴えられかねない状況なのよ!? 子供の怪我くらいで放り出すなんて、無責任じゃない!」
カチン、ときた。が、相手は上司だ。
「奥山はあなたの担当でしょう! 荻野さんだってあなたの指導が行き届いていないせいでこんな馬鹿な真似をしてしまったんじゃない!」
細い血管が数本、ブチッと音を立ててキレた。が、私は部下だ。
「命に係わる怪我でもないのに、仕事よりも子供を優先させるなんて、おかしいんじゃないの!?」
自分より弱い立場の人間にしかキャンキャン吠えられないとしても、上司だ。そして、私はしがない一社員。さらに、子供を二人抱えたシングルマザーで、職を失うわけにはいかない。
「子供を理由にすれば何でも許されると思っているなんて、仕事をなんだと――」
が、我慢にも限界がある。
「いい加減にしてください!」
課長の言葉を遮って、私は言った。自分が思うよりも声が大きかったようで、営業部全体が静まり返り、視線が私に集められた。
私は急いでいた。
真が怪我をして、病院に運ばれたのだ。一秒でも早く駆け付けたい。
それを、目の前にいる無能な上司が邪魔している。
無能で、一度は智也に愛された女が。
「どう言ってもらっても構いません。私にとって一番大切なのは子供たちであって、仕事ではないことは事実ですから。けど、それを非難するのなら、ご自分で土下座でも何でもしに行けばいいんじゃないですか!? 功を奏して先方のお許しがいただけたら、益井課長の手柄になりますよ?」
フロアの空気が凍りつく。
益井課長は何か言いたげに口を開いたが、音を発することなくパクパクさせている。言いたいことがあり過ぎて、優先順位がつけられないのかもしれない。そうならば、彼女の声帯が機能し始める前に退散するのが賢い選択だ。
だが、私もまた、怒りに思考が鈍っていた。
どうしても、もう一言くらい言ってやらなきゃ気がすまない。なんて思ったのが間違いだった。
「上司にそんな口の利き方をして、ただで済むと思ってるの!? 覚悟しなさい! 智也に泣きついても無駄よ!!」
「課長こそ、部下の不始末の対処法を、優秀な元カレにでも聞いたらいいんじゃないですか!!」
この一言は、完全に公私混同。そして、怒りのあまり、一言が二言になった。
「私の男を、馴れ馴れしく呼び捨てにするな!!」
やってしまった。
正確には、言ってしまった。
勤務時間中に、醜態を晒してしまった。
真の怪我が心配なのと、恥ずかしさのどちらが勝ったかは自分でも推し量れないが、とにかく私は言い逃げした。
「お先に失礼します!」
自身最速で階段を駆け下り、一階の受付前で千堂課長とすれ違ったことにも気が付かず、私はタクシーに飛び乗った。
後で聞いたところによると、千堂課長は事の一部始終を聞いて大笑いし、それから、荻野さんを自宅まで迎えに行って、奥山商事に謝罪に伺ったという。
その日のうちに荻野さんは奥山商事の担当を外れ、自宅待機となった。
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