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16 俺を変えた女
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翌日。
益井は俺の知らないところで、何件かの向上に足を運び、交渉していた。
札幌に帰る前に支社に立ち寄った益井は、さも満足気だった。
部下の前で、馴れ馴れしく俺を名前で呼び捨て、夜の誘いをかけてきた。応じるなら、予約を明日の便に変更する、と。
もちろん、俺は鼻で笑って追い出した。
再会してからの益井の様子から、俺に未練があるようには見えない。だが、ことあるごとにそれらしい態度をとるし、彩への過剰反応も俺が原因だろう。
一体、何を考えている……?
その答えは、冨田からもたらされた。
土曜日。
俺は朝一の便で札幌に帰り、三年位振りに実家に帰った。両親と言葉を交わす間もなく急いで礼服に着替えて仏間に行くと、見知らぬ顔があった。
それが、両親の共同経営者とその娘、俺の見合い相手だと姉さんから聞かされたのは、坊さんが到着したと同時で、成す術がなかった。
この場だけは何事もなくやり過ごせ、と義兄さんから言われて、その通りにした自分を褒めたい。食事を終えて、『後は二人で』と決まり文句で締めくくられた時までだったが。
好きな女がいて結婚も考えているから、見合いは本意ではないとはっきり伝え、席を立った。
「智也に不利益しかない女なんて、認めないわよ!」
母親の金切り声に、勇気が泣き出したのは可哀想だった。
そんなこんなで疲れ切っていたところに、彩の一言だ。
「私と一緒にいても、智也には不利益しかない」
彩まで母さんと同じことを言うのかと、落胆した。が、すぐに喉の奥が灼けるような痛みに変わった。
偶然……か?
瞬時に、考えを巡らせた。
以前にも、聞いた。
母さんからも、彩からも。
不利益――――。
釧路で彩の口からその言葉を聞いた時、彼女の様子がおかしかった。不安を滲ませて、俺に抱かれたがった。あの時は、宇喜原優さんの存在がそうさせているのだと思ったし、彩もそれらしいことを言った。
もし、そうじゃなかったら……?
前の週に続いて、母さんが訪ねて来たのだとしたら……?
「母さんに、会ったのか」
疑いに過ぎなかった。
が、彩の顔を見た瞬間、確信に変わった。
「俺はそんなに頼りないか」
陳腐な言葉。
惨めな言葉。
これ以上、彩に醜態を晒したくなくて、彼女を突き放した。
「忙しいのに呼び出して悪かったな」
自分で言ったくせに、無言で彩に背を向けられてショックを受けた。
こんな時こそ、泣いて縋って欲しかった。許しを乞うて欲しかった。
恰好わる……。
缶ビールを三本、続けざまに呷った。
それくらいで忘れられるとは思わなかったが、じゃあ何本飲めば酔い潰れられるのかと、四本目の栓を開けた時、電話が鳴った。で、飲む前以上に冷静になった。
彩と付き合って、俺は変わった。が、変わったように見えて変わってない部分もある。
基本的に、俺は自分勝手だ。
長く独りでいたせいか、他人に合わせる、とか、他人を気遣う、なんてスキルはレベル一。
彩とは真逆の人間だろう。
その俺が、女に頼られたいなんて思うこと自体、天変地異の前触れかというくらいだ。
そんな風に俺を変えたのは紛れもなく、彩。それをどうこう言う気はない。だが、俺ばっかりが変えられるのは気に食わない。
益井は俺の知らないところで、何件かの向上に足を運び、交渉していた。
札幌に帰る前に支社に立ち寄った益井は、さも満足気だった。
部下の前で、馴れ馴れしく俺を名前で呼び捨て、夜の誘いをかけてきた。応じるなら、予約を明日の便に変更する、と。
もちろん、俺は鼻で笑って追い出した。
再会してからの益井の様子から、俺に未練があるようには見えない。だが、ことあるごとにそれらしい態度をとるし、彩への過剰反応も俺が原因だろう。
一体、何を考えている……?
その答えは、冨田からもたらされた。
土曜日。
俺は朝一の便で札幌に帰り、三年位振りに実家に帰った。両親と言葉を交わす間もなく急いで礼服に着替えて仏間に行くと、見知らぬ顔があった。
それが、両親の共同経営者とその娘、俺の見合い相手だと姉さんから聞かされたのは、坊さんが到着したと同時で、成す術がなかった。
この場だけは何事もなくやり過ごせ、と義兄さんから言われて、その通りにした自分を褒めたい。食事を終えて、『後は二人で』と決まり文句で締めくくられた時までだったが。
好きな女がいて結婚も考えているから、見合いは本意ではないとはっきり伝え、席を立った。
「智也に不利益しかない女なんて、認めないわよ!」
母親の金切り声に、勇気が泣き出したのは可哀想だった。
そんなこんなで疲れ切っていたところに、彩の一言だ。
「私と一緒にいても、智也には不利益しかない」
彩まで母さんと同じことを言うのかと、落胆した。が、すぐに喉の奥が灼けるような痛みに変わった。
偶然……か?
瞬時に、考えを巡らせた。
以前にも、聞いた。
母さんからも、彩からも。
不利益――――。
釧路で彩の口からその言葉を聞いた時、彼女の様子がおかしかった。不安を滲ませて、俺に抱かれたがった。あの時は、宇喜原優さんの存在がそうさせているのだと思ったし、彩もそれらしいことを言った。
もし、そうじゃなかったら……?
前の週に続いて、母さんが訪ねて来たのだとしたら……?
「母さんに、会ったのか」
疑いに過ぎなかった。
が、彩の顔を見た瞬間、確信に変わった。
「俺はそんなに頼りないか」
陳腐な言葉。
惨めな言葉。
これ以上、彩に醜態を晒したくなくて、彼女を突き放した。
「忙しいのに呼び出して悪かったな」
自分で言ったくせに、無言で彩に背を向けられてショックを受けた。
こんな時こそ、泣いて縋って欲しかった。許しを乞うて欲しかった。
恰好わる……。
缶ビールを三本、続けざまに呷った。
それくらいで忘れられるとは思わなかったが、じゃあ何本飲めば酔い潰れられるのかと、四本目の栓を開けた時、電話が鳴った。で、飲む前以上に冷静になった。
彩と付き合って、俺は変わった。が、変わったように見えて変わってない部分もある。
基本的に、俺は自分勝手だ。
長く独りでいたせいか、他人に合わせる、とか、他人を気遣う、なんてスキルはレベル一。
彩とは真逆の人間だろう。
その俺が、女に頼られたいなんて思うこと自体、天変地異の前触れかというくらいだ。
そんな風に俺を変えたのは紛れもなく、彩。それをどうこう言う気はない。だが、俺ばっかりが変えられるのは気に食わない。
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