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「例えば……、智也と結婚したとして、三年後に私が死んだら、どうなるだろうって考えたの。とにかくお金がかかる年頃の、血の繋がらない男の子二人を遺されて、智也はどうするんだろう……って。養子縁組を解消して、私の両親に返す? 責任感から面倒を見る?」
「そんなこと――」
「――私は、智也はきっと、子供たちの気持ちを第一に考えてくれると思う。だから、子供たちが智也との暮らしを望んだら、ちゃんと面倒を見てくれると思う。だけど……、いつか――」
手術の日程が決まって、会社に退職願を出し、智也に別れを告げるまで、ずっと考えていた。
別れを決意して、手術も退職も智也には告げず、よくバレなかったものだと思いながらも、別れを躊躇う気持ちは燻ぶっていた。
だって、嫌いになったわけじゃない。
むしろ、愛しているから。
だからこそ――。
あの時の葛藤を思い出すと、傷より胸が痛む。心臓を、強く握りしめられているように、苦しい。
「いつか、子供たちを疎ましく思う時が来ると……思ったの。『なんで、俺がこいつらの面倒を見なきゃなんないんだ』って思うんじゃないか……って……思って……」
智也にそう言われたわけでもないのに、想像するだけで悲しくなる。泣けてくる。
彼の手を、ギュッと握った。
「そのうち、『こいつらがいなきゃ、俺は自由なのに』って、『こんなはずじゃなかった』、『なんで子持ちの彩なんかと結婚したんだろう』って……、おも――」
「――そんなわけないだろ」
「わからないじゃない。もしかしたら、思うかもしれないじゃない。私と結婚したこと、失敗したって、後悔するかもしれないじゃない」
「そんなこと、あるわけないだろ」
なだめるように言った智也の声が、震えているのがわかる。
智也の顔を見るのが怖くて、私は真っ暗なテレビの液晶に映る自分を睨みつけていた。
「智也に、嫌われたくなかった。私自身も、子供たちも。私が死んだ後で、私の子供たちが智也の次の幸せの邪魔になるのは、嫌だった。だから……、そうなるくらいなら……、
『俺を振ったバカな女がいたな』ってくらいの記憶に残れたら……、それでいいんじゃないかって……」
液晶に映る智也が、ゆっくりと頭を垂れ、私の肩におでこを押し付けた。彼の髪が首筋をくすぐる。
「ばーか」
彼の息が、首筋に触れる。
「そんなの怖がって別れるとか、ホントばか」
言われなくたってわかってる。
自分でも思った。何度も、思った。
『未来のことなんてわからない』
『智也より私の方が長生きするかもしれない』
自分で自分を説得した。
誰にもわからない未来に怯えて、目先の幸せを逃すなんて大バカだ――。
それでも、日に日に恐怖が膨らんだ。
「――他には?」
「え?」
「不安に思ってること。もう、全部、言え」
手は離さないまま、脇で身体を挟むように抱き締められる。
「言えよ」
「そんなこと――」
「――私は、智也はきっと、子供たちの気持ちを第一に考えてくれると思う。だから、子供たちが智也との暮らしを望んだら、ちゃんと面倒を見てくれると思う。だけど……、いつか――」
手術の日程が決まって、会社に退職願を出し、智也に別れを告げるまで、ずっと考えていた。
別れを決意して、手術も退職も智也には告げず、よくバレなかったものだと思いながらも、別れを躊躇う気持ちは燻ぶっていた。
だって、嫌いになったわけじゃない。
むしろ、愛しているから。
だからこそ――。
あの時の葛藤を思い出すと、傷より胸が痛む。心臓を、強く握りしめられているように、苦しい。
「いつか、子供たちを疎ましく思う時が来ると……思ったの。『なんで、俺がこいつらの面倒を見なきゃなんないんだ』って思うんじゃないか……って……思って……」
智也にそう言われたわけでもないのに、想像するだけで悲しくなる。泣けてくる。
彼の手を、ギュッと握った。
「そのうち、『こいつらがいなきゃ、俺は自由なのに』って、『こんなはずじゃなかった』、『なんで子持ちの彩なんかと結婚したんだろう』って……、おも――」
「――そんなわけないだろ」
「わからないじゃない。もしかしたら、思うかもしれないじゃない。私と結婚したこと、失敗したって、後悔するかもしれないじゃない」
「そんなこと、あるわけないだろ」
なだめるように言った智也の声が、震えているのがわかる。
智也の顔を見るのが怖くて、私は真っ暗なテレビの液晶に映る自分を睨みつけていた。
「智也に、嫌われたくなかった。私自身も、子供たちも。私が死んだ後で、私の子供たちが智也の次の幸せの邪魔になるのは、嫌だった。だから……、そうなるくらいなら……、
『俺を振ったバカな女がいたな』ってくらいの記憶に残れたら……、それでいいんじゃないかって……」
液晶に映る智也が、ゆっくりと頭を垂れ、私の肩におでこを押し付けた。彼の髪が首筋をくすぐる。
「ばーか」
彼の息が、首筋に触れる。
「そんなの怖がって別れるとか、ホントばか」
言われなくたってわかってる。
自分でも思った。何度も、思った。
『未来のことなんてわからない』
『智也より私の方が長生きするかもしれない』
自分で自分を説得した。
誰にもわからない未来に怯えて、目先の幸せを逃すなんて大バカだ――。
それでも、日に日に恐怖が膨らんだ。
「――他には?」
「え?」
「不安に思ってること。もう、全部、言え」
手は離さないまま、脇で身体を挟むように抱き締められる。
「言えよ」
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