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7.噂
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しおりを挟む「ママ!」
理人の部屋のインターフォンを押すと、開いたドアから息子が飛び出してきた。
裸足で。
いつかとは、逆だ。
私の足にしがみつく力登を抱き上げると、少し汗ばんだ手が頬に触れた。
「おかーり!」
熱烈なキスを頬に受け、幸せな気持ちに満たされる。
と同時に気づいた。息子の身体が熱い。
「りき、なんか熱い?」
表情は元気いっぱいだ。
「ついさっきまで寝てたから」
理人の言葉に、ああと納得する。
「ワンワンみたさ!」
「ワンワン?」
「いっぱいだった」
「とりあえず、入れ」
促されて、彼の部屋に足を踏み入れた。
あの日以来、だ。
彼に抱かれた、あの日以来。
閉じられたドアから目を逸らし、息子の犬の話に集中する。
が、興奮気味な力登のつたない喋りでは、とにかく犬に会ったこと、舐められたこと、それが楽しかったことしかわからない。
だがそれも、リビングに入るまで。
力登の注意がローテーブルに向く。
「あ! パパン」
彼が指さす先には、食べかけのバターロール。
遅い昼ご飯中だったらしい。
じたばたする力登を下ろすと、理人が彼の頭に手をのせた。
「違うだろ、りき」
「パーン」
「伸ばすな」
「パ、ンッ!」
伸ばさないように意識して、たった二文字を区切った言い方に、笑ったのは私じゃなくて、理人。
「いいぞ。けど、パンよりいいものをママが買って来てくれたんじゃないか?」
彼が私の腕に通したままの紙袋のことを言っていると、すぐに気づいた。
そして、袋をキッチンのカウンターに置く。
振り向くとすぐ目の前に理人が立っていた。
力登はテレビを見ながら、パンを咥えている。
「お腹いっぱいですか?」
「いや、力登とパンをつまんだだけなんだ」
「すみません。お昼ご飯のことまで頭が回らなくて」
「いや」
彼の手が伸びてきて、私の髪に触れた。
「結べなくなったな」
「そう……ですね。ありがとうございました。あんな素敵な美容室を予約してもらって」
「素敵……だったか? 行ったことはないからわからない」
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「ああ。聞いたのか?」
「……」
何を、だろうと考える。
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「哉華が――」
「――室長とすごく親しい関係の方だってことはっ! ……聞きました」
思わず大きな声が出て、咄嗟に息子に目を向ける。
変わらず、テレビを見ている。
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そして、自分の言葉に恥ずかしくなって息子から目を離せない。
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理人の目を見ないまま、身体を半回転させる。
箱を取り出そうと紙袋に伸ばした手を、後ろから握られた。
「好きだよ」
耳元で囁かれ、カッと身体が熱くなる。
力登より、熱いのではないだろうか。
「……っ!」
もう片方の手が、私の腰を抱く。
「ちょ――」
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