偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

文字の大きさ
73 / 164
7.噂

しおりを挟む

 土曜日に力登と一緒にいるのを、社の人間に見られでもしたのだろうか。



 なら、りとの子なのはバレてないな。



 深呼吸をして、気を引き締める。

 背筋を伸ばし、顔を上げ、社長室へと向かった。

 ノックをして、返事の前にドアを開ける。

 授業中に、教科書の内側でスマホをいじっていたのがバレた子供のような慌てぶりで、社長がタブレットを伏せ、代わりに俺が数十分前に渡した資料をペラペラめくる。

 さすがに資料が逆さまなのにはすぐに気づいて、正した。

「社長、可愛いベビー服は見つかりましたか。あ、高性能ベビーカーでしたか」

「……」

 資料で顔を隠す我が社の代表取締役は、初孫へのプレゼント探しにはまだ早いと何度言っても聞く耳を持たない。

「勝手に買って皇丞に怒られる前に、私に相談してください」

「俵っちも怒るじゃん」



 じゃん、って……。



 孫と友達のように仲良くなりたいとかいう理由で、社長は若者の真似をし出した。

 それがとんでもなく間違った方向に進んでいると話しても、効果はない。



 いや、それより『俵っち』をやめさせるべきだな。



「私と皇丞ニ人に怒られるのと、私一人に怒られるの、どちらがいいですか?」

「……」

「副社長にも叱っていただきますか」

「梓ちゃんのマタニテー――妊婦服を買いたいんだもん」

 これでは、若者ではなく子供だ。

 生まれてくる子が言葉を覚える頃には、精神年齢が同じくらいになっているかもしれない。



 世代交代を急ぐべきか。



「そういうものは皇丞と寿々音さんにお任せすべきです。ただでさえ、女性の服なんて選べないでしょう」

「俵っちは彼女に服をプレゼントしたりしないのか?」

「しませんね」

「サイテー!」

 誰の真似か知らないが、社長が両手を握って口元に当て、肩を竦めて言った。

 これでは、孫も懐くまい。

「服を贈りたいと思えるような女性がいたら、そうします」

「脱がしやすい服?」

「当然でしょう」

「俵っち、うちの孫娘には指一本触れさせないからな!」

 どうしてこう、父子揃って女と決めつけるのか。



 二人の立場的には、男を望むもんじゃないのか……?



「こちらから触らなくても、お孫さんから触れてきた場合は遠慮はしませんよ」

 大人げなく挑発に乗って、口元に笑みを浮かべてみる。

 すると、社長は急に真剣な表情で俺を見据えた。

「世界で勝率トップの弁護士をもって相手になろう」



 なに、格好つけてんだか……。



「……仕事してもらっていいですか」

 眼鏡のブリッジを上げ、口元の笑みを消す。

「はい」

「前回の役員会議でありました、営業部からの備品の過剰申請についてです。やはり、備品そのもの以上に紛失したUSBにどんなデータが入っていたかが問題のようです」

「そうか……」

 ふぅっとため息を吐くと、社長は椅子に背を預けた。

「副社長にお任せしますか」

「いや、総務に問題があるわけじゃないのなら、この件はこっちで対処しよう」

「副社長にはどのように報告いたしますか」

「それは私が引き受ける。この件はきみに任せてもいいか」

「私……ですか?」

「皇丞に任せたいところだが、今は保育園プロジェクトに集中すべきだろう。それに、情報の流出、売買となると刑事事件だ。私が経緯を把握しておく必要がある」

 尤もだ。

 流出、もしくは売買された情報によっては、当事者の処罰では足りなくなる。

「いつかのような残業代の不正受給なんて子供のいたずら程度だな」

「……」

「頼まれてくれるか」

 社長が両肘を机に立て、顎の前で手を組んだ。

 林海父子の事件からまだ一年だ。

 刑事告発はしなかったが、噂は関連会社の知るところとなり、社長をはじめとする重役たちは説明と謝罪に奔走した。

 それを思うと、できるだけ社長の手の内で収束させたいと言ったところか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します

佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。 何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。 十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。 未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

処理中です...