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7.噂
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しおりを挟む土曜日に力登と一緒にいるのを、社の人間に見られでもしたのだろうか。
なら、りとの子なのはバレてないな。
深呼吸をして、気を引き締める。
背筋を伸ばし、顔を上げ、社長室へと向かった。
ノックをして、返事の前にドアを開ける。
授業中に、教科書の内側でスマホをいじっていたのがバレた子供のような慌てぶりで、社長がタブレットを伏せ、代わりに俺が数十分前に渡した資料をペラペラめくる。
さすがに資料が逆さまなのにはすぐに気づいて、正した。
「社長、可愛いベビー服は見つかりましたか。あ、高性能ベビーカーでしたか」
「……」
資料で顔を隠す我が社の代表取締役は、初孫へのプレゼント探しにはまだ早いと何度言っても聞く耳を持たない。
「勝手に買って皇丞に怒られる前に、私に相談してください」
「俵っちも怒るじゃん」
じゃん、って……。
孫と友達のように仲良くなりたいとかいう理由で、社長は若者の真似をし出した。
それがとんでもなく間違った方向に進んでいると話しても、効果はない。
いや、それより『俵っち』をやめさせるべきだな。
「私と皇丞ニ人に怒られるのと、私一人に怒られるの、どちらがいいですか?」
「……」
「副社長にも叱っていただきますか」
「梓ちゃんのマタニテー――妊婦服を買いたいんだもん」
これでは、若者ではなく子供だ。
生まれてくる子が言葉を覚える頃には、精神年齢が同じくらいになっているかもしれない。
世代交代を急ぐべきか。
「そういうものは皇丞と寿々音さんにお任せすべきです。ただでさえ、女性の服なんて選べないでしょう」
「俵っちは彼女に服をプレゼントしたりしないのか?」
「しませんね」
「サイテー!」
誰の真似か知らないが、社長が両手を握って口元に当て、肩を竦めて言った。
これでは、孫も懐くまい。
「服を贈りたいと思えるような女性がいたら、そうします」
「脱がしやすい服?」
「当然でしょう」
「俵っち、うちの孫娘には指一本触れさせないからな!」
どうしてこう、父子揃って女と決めつけるのか。
二人の立場的には、男を望むもんじゃないのか……?
「こちらから触らなくても、お孫さんから触れてきた場合は遠慮はしませんよ」
大人げなく挑発に乗って、口元に笑みを浮かべてみる。
すると、社長は急に真剣な表情で俺を見据えた。
「世界で勝率トップの弁護士をもって相手になろう」
なに、格好つけてんだか……。
「……仕事してもらっていいですか」
眼鏡のブリッジを上げ、口元の笑みを消す。
「はい」
「前回の役員会議でありました、営業部からの備品の過剰申請についてです。やはり、備品そのもの以上に紛失したUSBにどんなデータが入っていたかが問題のようです」
「そうか……」
ふぅっとため息を吐くと、社長は椅子に背を預けた。
「副社長にお任せしますか」
「いや、総務に問題があるわけじゃないのなら、この件はこっちで対処しよう」
「副社長にはどのように報告いたしますか」
「それは私が引き受ける。この件はきみに任せてもいいか」
「私……ですか?」
「皇丞に任せたいところだが、今は保育園プロジェクトに集中すべきだろう。それに、情報の流出、売買となると刑事事件だ。私が経緯を把握しておく必要がある」
尤もだ。
流出、もしくは売買された情報によっては、当事者の処罰では足りなくなる。
「いつかのような残業代の不正受給なんて子供のいたずら程度だな」
「……」
「頼まれてくれるか」
社長が両肘を机に立て、顎の前で手を組んだ。
林海父子の事件からまだ一年だ。
刑事告発はしなかったが、噂は関連会社の知るところとなり、社長をはじめとする重役たちは説明と謝罪に奔走した。
それを思うと、できるだけ社長の手の内で収束させたいと言ったところか。
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