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9.面倒臭い快感
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しおりを挟む比呂の重みを受け止めて、ソファに寝転んだ私は、そのぬくもりに目を閉じた。
あきらはいい。
あきらさえ勇気を出して龍也の気持ちを受け入れれば、幸せになれる。
私とは違う。
あきらは汚れていない。
――私とは違う。
『男の傷をその身体に引き受けて、お前の中に増えていく傷は、誰が癒やせるんだろうな』
癒されたいなんて、思ってない。
『ほら、咥えろよ。涎垂らして欲しがれよ!』
忘れたい、だけ。
『ありがとう』
忘れて欲しくない、だけ。
『母親にばっかヤラせねーで、お前も身体使って稼げよ!』
忘れた振りが、したいだけ。
鼻を突くアンモニア臭、肌に食い込む爪、ザラリとした舌の感触は吐き気がした。喉の奥まで突っ込まれて、嗚咽を漏らし、涙を流す私を見下ろして、悦んで腰を振る男。
助けを求めて視線を彷徨わせる私を、モニター越しに眺める男の息は荒く、興奮のあまり制服のスラックスがはち切れそう。
どいつもこいつも、獣以下だ。
その男どもに跨り、ナイフを振り下ろす夢を見る私もまた、獣だ。
「愛してるよ、千尋」
名前を呼ばれて我に返ると、比呂の唇が私の唇に重なり、その温かさに目頭が熱くなった。
「千尋?」
啼くほど感じているわけでもないのに、泣きだした私を、比呂が心配そうに覗き込む。大きな手で頬を包み、親指で涙を拭う。
「外さないで」
「え?」
私は頬に触れる彼の左手に手を重ね、頬ずりした。
「指輪、外さないで」
中指で、彼の薬指にぴったりとはまる指輪に触れる。
「外さないで……」
この指輪がある限り、私はあなたのそばにいられる――。
『奥さんに見せつけたいのかもね。あなたの夫は私のモノだ、って』
そう言った、バカな女がいた。
私は比呂の左手を頬から唇に導くと、薬指に光る指輪に口づけた。
『比呂を捨てる決心がついたら、連絡して』
私が比呂を捨てる時。
それは、比呂がこの指輪を外す瞬間――。
「比呂は私のモノ、ね」
バカな女の娘は、やっぱりバカだった。
一緒に暮らし始めて、比呂はそれまで以上に私を甘やかし、束縛した。
最低限の飲み会以外は参加禁止、おはようとか行ってらっしゃいと一緒にキス。毎日のようにスイーツを買って来るのは、さすがに止めさせた。
で、お礼と称して私からのハグやキスをせがむ。
『面倒臭い』と冷たくあしらうと、嬉しそうに『けど、まんざらでもないだろ?』と笑った。
面倒臭い快感、てやつにハマりつつあるなんて、口が裂けても言えなかった。
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