【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

文字の大きさ
106 / 147
13.再会の意味

しおりを挟む
「瑠莉は?」と、亘が聞いた。

「電話中です」

「そ」

 私は元いた場所に行こうと、比呂の背後を通った。が、ちょうど真後ろで立ち止まることになる。

「今、お前との昔話をしてたんだよ。今と変わらずいい女で、エロかったって話」

 なるほど。

 比呂が身体を震わせている原因が分かった。

「大河内さんに私のエロい姿を見せた記憶、ないんですけど?」

 つとめて冷静に、言った。

「記憶力、悪いな。あるじゃん、体育倉庫で」

 足のつま先から、炎に包まれるような熱を感じた。

 どんなに忘れたくても忘れられない記憶。

 ずっと、忘れたフリをして生きてきた。

 汗と埃、カビの嫌な臭い。

 授業で使うマットの上に身体を押し付けられて、動けない。

 口を手で塞がれ、私は足をバタつかせている。

『愛人の子は所詮、愛人の子だ。母親のように、足を開いてよがってりゃいーんだよ!』

 そう言って、私の足は大きく開かれた。

「そういや、お前の母親は元気か?」

 急に話を変えられ、私はひゅっと喉を鳴らして何とか酸素を取り込んだ。

「お陰さまで」

「相変わらず、誰かの愛人やってんのか?」

「――っ!」

「愛人って年でもねーか。じゃ、死にかけた年寄りの下の世話でもしてる? お似合いだよな。好きだもんな、下の世話」

「大河内さん、そろそろ――」

「――こいつの母親、昔俺の親父の愛人だったんですよ」

 比呂の言葉を遮って、亘が言った。

「俺と俺の母親に追い出されるまで、秘書兼愛人で。で、娘は娘で俺を手玉に取ろうって跨ってきて。母子おやこ揃ってスキモノなんだよな?」

 比呂の顔は、見えない。

 金城くんは目を丸くして、私を見た。

「ま、俺は相手にしなかったけど。いい身体してるから、ちょっと遊んでもいいかなって思ったけど、どんな病気を持ってるか――」

「――黙れ!」

「比呂! ダメっ!!」

 遅かった。

 比呂は目の前のコーヒーを亘の顔面にお見舞いし、熱さに怯んだ彼にとびかかった。胸ぐらを掴まれ、腹に膝をたてられ、亘は抵抗できずにソファに押し倒された。

「やめてっ!」

 ゴッッ! と鈍い音。

 比呂の拳が垂直に亘の顔面を捉えた。

「金城くん! 止めて!!」

 こんな、男同士の取っ組み合いの現場に居合わせたのは初めてだが、映画やドラマで見たら、そばにいる女が何も出来ずに泣いているだけなんて、有り得ないと思った。

『私の為に喧嘩しないで』なんて、自分に酔った女の戯言だと思っていた。

 けれど、泣きこそしなくても、私は動けなかった。

 金城くんが比呂を止めようと、背後から脇に腕を入れて亘から引き離そうとするが、比呂より僅かに華奢な彼には荷が重かった。

「比呂! やめて!」

 金城くんの前だというのに、比呂を名前で呼んでいることにも気づかず、私は叫ぶことしかできなかった。

 綺麗なストレートが数回決まり、亘の顔は血まみれ。鼻か唇か、両方が切れているようだ。

 私は咄嗟に周囲を見て、花瓶を手に取った。ピンクのバラを引っこ抜き、二人に投げつける。それから、花瓶の水を浴びせた。

「もう、やめて!」

 比呂の手が宙で制止した瞬間、ドアが開いた。

 瑠莉さんの悲鳴がフロア中に響く。

 私の厄日は、今日だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」 彼がなにを言っているのかわからなかった。 たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。 しかし彼曰く、これは練習なのらしい。 それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。 それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。 それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。 和倉千代子(わくらちよこ) 23 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 デザイナー 黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟 ただし、そう呼ぶのは網代のみ なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている 仕事も頑張る努力家 × 網代立生(あじろたつき) 28 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 営業兼事務 背が高く、一見優しげ しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く 人の好き嫌いが激しい 常識の通じないヤツが大嫌い 恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?

処理中です...