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13.再会の意味
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「瑠莉は?」と、亘が聞いた。
「電話中です」
「そ」
私は元いた場所に行こうと、比呂の背後を通った。が、ちょうど真後ろで立ち止まることになる。
「今、お前との昔話をしてたんだよ。今と変わらずいい女で、エロかったって話」
なるほど。
比呂が身体を震わせている原因が分かった。
「大河内さんに私のエロい姿を見せた記憶、ないんですけど?」
つとめて冷静に、言った。
「記憶力、悪いな。あるじゃん、体育倉庫で」
足のつま先から、炎に包まれるような熱を感じた。
どんなに忘れたくても忘れられない記憶。
ずっと、忘れたフリをして生きてきた。
汗と埃、カビの嫌な臭い。
授業で使うマットの上に身体を押し付けられて、動けない。
口を手で塞がれ、私は足をバタつかせている。
『愛人の子は所詮、愛人の子だ。母親のように、足を開いてよがってりゃいーんだよ!』
そう言って、私の足は大きく開かれた。
「そういや、お前の母親は元気か?」
急に話を変えられ、私はひゅっと喉を鳴らして何とか酸素を取り込んだ。
「お陰さまで」
「相変わらず、誰かの愛人やってんのか?」
「――っ!」
「愛人って年でもねーか。じゃ、死にかけた年寄りの下の世話でもしてる? お似合いだよな。好きだもんな、下の世話」
「大河内さん、そろそろ――」
「――こいつの母親、昔俺の親父の愛人だったんですよ」
比呂の言葉を遮って、亘が言った。
「俺と俺の母親に追い出されるまで、秘書兼愛人で。で、娘は娘で俺を手玉に取ろうって跨ってきて。母子揃ってスキモノなんだよな?」
比呂の顔は、見えない。
金城くんは目を丸くして、私を見た。
「ま、俺は相手にしなかったけど。いい身体してるから、ちょっと遊んでもいいかなって思ったけど、どんな病気を持ってるか――」
「――黙れ!」
「比呂! ダメっ!!」
遅かった。
比呂は目の前のコーヒーを亘の顔面にお見舞いし、熱さに怯んだ彼にとびかかった。胸ぐらを掴まれ、腹に膝をたてられ、亘は抵抗できずにソファに押し倒された。
「やめてっ!」
ゴッッ! と鈍い音。
比呂の拳が垂直に亘の顔面を捉えた。
「金城くん! 止めて!!」
こんな、男同士の取っ組み合いの現場に居合わせたのは初めてだが、映画やドラマで見たら、そばにいる女が何も出来ずに泣いているだけなんて、有り得ないと思った。
『私の為に喧嘩しないで』なんて、自分に酔った女の戯言だと思っていた。
けれど、泣きこそしなくても、私は動けなかった。
金城くんが比呂を止めようと、背後から脇に腕を入れて亘から引き離そうとするが、比呂より僅かに華奢な彼には荷が重かった。
「比呂! やめて!」
金城くんの前だというのに、比呂を名前で呼んでいることにも気づかず、私は叫ぶことしかできなかった。
綺麗なストレートが数回決まり、亘の顔は血まみれ。鼻か唇か、両方が切れているようだ。
私は咄嗟に周囲を見て、花瓶を手に取った。ピンクのバラを引っこ抜き、二人に投げつける。それから、花瓶の水を浴びせた。
「もう、やめて!」
比呂の手が宙で制止した瞬間、ドアが開いた。
瑠莉さんの悲鳴がフロア中に響く。
私の厄日は、今日だった。
「電話中です」
「そ」
私は元いた場所に行こうと、比呂の背後を通った。が、ちょうど真後ろで立ち止まることになる。
「今、お前との昔話をしてたんだよ。今と変わらずいい女で、エロかったって話」
なるほど。
比呂が身体を震わせている原因が分かった。
「大河内さんに私のエロい姿を見せた記憶、ないんですけど?」
つとめて冷静に、言った。
「記憶力、悪いな。あるじゃん、体育倉庫で」
足のつま先から、炎に包まれるような熱を感じた。
どんなに忘れたくても忘れられない記憶。
ずっと、忘れたフリをして生きてきた。
汗と埃、カビの嫌な臭い。
授業で使うマットの上に身体を押し付けられて、動けない。
口を手で塞がれ、私は足をバタつかせている。
『愛人の子は所詮、愛人の子だ。母親のように、足を開いてよがってりゃいーんだよ!』
そう言って、私の足は大きく開かれた。
「そういや、お前の母親は元気か?」
急に話を変えられ、私はひゅっと喉を鳴らして何とか酸素を取り込んだ。
「お陰さまで」
「相変わらず、誰かの愛人やってんのか?」
「――っ!」
「愛人って年でもねーか。じゃ、死にかけた年寄りの下の世話でもしてる? お似合いだよな。好きだもんな、下の世話」
「大河内さん、そろそろ――」
「――こいつの母親、昔俺の親父の愛人だったんですよ」
比呂の言葉を遮って、亘が言った。
「俺と俺の母親に追い出されるまで、秘書兼愛人で。で、娘は娘で俺を手玉に取ろうって跨ってきて。母子揃ってスキモノなんだよな?」
比呂の顔は、見えない。
金城くんは目を丸くして、私を見た。
「ま、俺は相手にしなかったけど。いい身体してるから、ちょっと遊んでもいいかなって思ったけど、どんな病気を持ってるか――」
「――黙れ!」
「比呂! ダメっ!!」
遅かった。
比呂は目の前のコーヒーを亘の顔面にお見舞いし、熱さに怯んだ彼にとびかかった。胸ぐらを掴まれ、腹に膝をたてられ、亘は抵抗できずにソファに押し倒された。
「やめてっ!」
ゴッッ! と鈍い音。
比呂の拳が垂直に亘の顔面を捉えた。
「金城くん! 止めて!!」
こんな、男同士の取っ組み合いの現場に居合わせたのは初めてだが、映画やドラマで見たら、そばにいる女が何も出来ずに泣いているだけなんて、有り得ないと思った。
『私の為に喧嘩しないで』なんて、自分に酔った女の戯言だと思っていた。
けれど、泣きこそしなくても、私は動けなかった。
金城くんが比呂を止めようと、背後から脇に腕を入れて亘から引き離そうとするが、比呂より僅かに華奢な彼には荷が重かった。
「比呂! やめて!」
金城くんの前だというのに、比呂を名前で呼んでいることにも気づかず、私は叫ぶことしかできなかった。
綺麗なストレートが数回決まり、亘の顔は血まみれ。鼻か唇か、両方が切れているようだ。
私は咄嗟に周囲を見て、花瓶を手に取った。ピンクのバラを引っこ抜き、二人に投げつける。それから、花瓶の水を浴びせた。
「もう、やめて!」
比呂の手が宙で制止した瞬間、ドアが開いた。
瑠莉さんの悲鳴がフロア中に響く。
私の厄日は、今日だった。
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