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16.新しい指輪
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しおりを挟む「ちひ――」
沈黙に耐えかねて、彼女の名前を口にした途端、指輪の箱を押し返された。
どうしても、ダメなのか――!?
「はめて……」
「え……?」
かすれた声が聞き取りにくく、聞き返した。
千尋は、コホンと喉を鳴らすと、俺に向けて左手を差し出す。
「指輪、はめてよ」
確かな、言葉。
俺は、ケースから指輪を引き抜くと、彼女の薬指に通した。
千尋は、指輪をはめた左手をじっと見つめる。
指のサイズは知っていた。
ベタだが、眠っている彼女の指に紙を巻いて測った。何か月も前に。
指輪も、一緒にテレビを見ている時にスクエアタイプが好きだと言っていたから、間違いないはず。
「気に入らないか?」
「ううん。こういうの、好き」
「それって――」
「――一生、大事にする」
「一生?」
「……多分」
「は?」
「明日、失くしたらごめん」
「おいっ!」
「やっぱ、やめとく?」
かざした手から、彼女の顔が半分だけ覗く。
俺の反応を楽しんでいるのか、試しているのか。
「やめるわけねーだろ」
「明日、なくしても?」
「次は、ボルトだけど」
「なに、それ」
「昔のドラマであったろ。花嫁が工事現場のボルトをはめるの」
タイトルが思い浮かばない。
『90年代のドラマ特集』みたいので、見た気がする。80年代だったろうか。
「知らないよ」
「なんかで見たと思ったんだけど」
「ってか、ボルトとか、ヤだし」
「じゃ、失くすな」
「新しいの、買ってくれないの?」
「買わねーよ。んな金があったら、子供のために貯めるべきだろ」
「……そうだね」
千尋は微笑むと、再び指輪を見つめる。
「私、無職になっちゃったし」
「今は仕事より、体調管理だろ」
「けど、お金は必要でしょ」
「俺が稼ぐから、大丈夫だ」
「……そうだね」
千尋は手を下ろし、満面の笑みで俺を見た。
「浮気したら、再起不能にしてやるから」
「大丈夫だ。お前にしか機能しないから」
空になった指輪ケースの蓋を閉め、とっととポケットに戻した。
もう返せないからな、と言わんばかりに。
しばらく、千尋は指輪を眺め、俺は千尋を眺めていた。
今日食べたパイの味を、生涯忘れることはないだろうと思った。
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