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17.指輪に誓う永遠
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しおりを挟む「千尋、仕事はどうするの?」と、さなえが言った。
私とさなえはお酒が飲めないから、二人だけダイニングでオードブルを突いていた。
「仕事?」
「うん。専業主婦になるの?」
「向いてる気はしないけどね。妊婦を雇ってくれるところなんてないだろうから、産んだ後でゆっくり考えようかな」
私はおいなりさんを頬張る。
悪阻が落ち着いた途端、食べ悪阻が始まって、今の私はとにかくお腹が空く。米が食べたくて堪らない。
「うちで働く気、ない?」
「うち?」
「大和の事務所」
「設計事務所でしょ?」
「うん。お義父さんの代までは工務店の下請けとかで、言われた通りに図面を引いてた感じなんだけど、大和はコンペとか参加したいみたいで。私はよくわからないんだけど、ああいうのって図面を引くだけじゃダメなんでしょう?」
「ああ、まあ」
さなえの言うコンペがどんなものかはわからないけれど、図面を引く以外と言えば、プレゼンで使うグラフィックや模型のことだろう。
「そういうの、手伝ってくれる人が欲しいみたいなんだけど、そういうのは千尋の仕事とは違う?」
「違うことはないけど、相性があるからなぁ」
「そっかぁ」と呟いてから、さなえはひとつ咳払いをした。
「あのね、今は大和のお父さんが社長で、大和が副社長、建築士と設計士が一人ずつと、インテリアコーディネーターが一人、お母さんが経理、私が事務をしてるんだけどね? 私と大和以外は五十代後半から六十代で、そろそろ引退したいって言ってるの。高齢者向けのリフォームならともかく、大和がやりたいような若い世代向けの戸建てや、マンションなんかには抵抗があるみたいでね。大和のお父さんも、大和がやりやすい環境と人材が整ったら、後方支援に回りたいって言ってて」
「大和が社長ってこと?」
「うん。お父さんと、お父さんと一緒にやって来た人たちは、人手が必要な時だけバイトに入るって働き方でいいって言うの。だから、若い人を探してるんだ。で、大和がボソッと言ったの。『千尋は無理かなぁ』って」
「大和が?」
「うん。この家を建てる時、千尋にもアドバイスをもらったじゃない? 大和、すごく楽しかったみたいで。また、千尋と一緒に働きたかったみたい」
初めて聞いた。
大和とさなえの家を建てる時、女性目線での意見と、内装のアドバイスを求められた。
実際に、壁紙やカーテン、照明なんかは私が手配した。
あの時、さなえそっちのけで大和と熱く語ったことは、よく覚えている。
「けど、仕事となるとどうかなぁ」
遠慮があれば仕事にならないし、遠慮がなさ過ぎても仕事にならない。
「じゃあさ、試しに一件、やってみないか?」
背後からの声に、私は首を捻る。大和が缶ビールを片手に立っていた。
「前の会社の先輩で、フリーになった人がいてさ、その人と共同でコンペの出展を考えてる。あと二人、予定してたんだけど、一人は転勤でダメになって、もう一人は先輩と喧嘩別れしたせいで巻き込めなくなったんだよ。だから、千尋が入ってくれたら助かる」
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