最後の男

深冬 芽以

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17 理想のかたち

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 水族館からの帰り道は、事故のせいで渋滞だった。

 一時間半もあれば帰れたはずが、帰路の半分で既に一時間を過ぎていた。

「飯、どうする?」

「え?」

「この調子だと、あと一時間くらいはかかるだろうし、どこかで飯食ってくか?」

 四時五十三分。

 後部座席では、子供たちが寝息を立てていた。

 もともと、三人で晩ご飯まで済ませて帰るつもりだったから、私は構わないけれど、あまり長く一緒にい過ぎると、真心ちゃんが離れがたくなるような気がした。それほど、真に懐いてくれていた。

「ねぇ、智也」

「ん?」

「今日って――」

『どうして水族館に来たの?』

 聞こうとして、やめた。

「悪かったな」

「え?」

「お前の子供に会ってみたかった」

 智也は前を向いたまま、言った。

 横顔が、格好いいなと思った。

 横顔だけではないのだけれど、改めてじっくり見ると、夕日に照らされて影を帯びる姿が、綺麗だと思った。



 私は化粧も落ちかけて、肌がテカテカしてるのに……。



「――どうして?」

「どうしてかな」

 現実を、見るため。

 子供たちに会うことで、正確には子供たちといる時の私を見ることで、自分の望む将来には相応しくないと認めるため。

 自分の子供とでさえうまく関係を築けない親がたくさんいるのに、他人の子を我が子のように愛するのは、大変なことだと思う。

 可愛い、だけじゃ親にはなれない。

 千堂課長が私との結婚を匂わせた時、現実的に考えられなかったのは、きっとそういうこと。

 千堂課長が子供たちの父親になる光景を、どうしても想像できなかった。



 だけど――。


 
「真心ちゃんが起きないようなら、このまま帰ろう」と、私は智也から視線を逸らし、窓の外を見た。

「……わかった」と、智也が言った。

「ねえ……」

「ん?」

「今日、楽しかったね」

「……ああ」

 私は唇を噛み、涙を堪えた。

 真心ちゃんは起きなかった。

 眠っている間に別れるのは忍びなかったけれど、智也が起こさないように家の中に運んだ。

 真と亮は起きて、お腹が空いたと言った。

「何、食べたい?」と智也が聞いた。

「いいよ、帰って食べるから」と、私は言った。

「焼き肉!」と、亮が張り切って答えた。

「おし、行くか!」

 亮はよほど智也を気に入ったようで、焼き肉屋でも隣に座った。

 いつも、お母さんの隣がいい、と言うのに。

 真は不機嫌に口を閉ざしていた。

 亮は一眠りして元気いっぱいで、学校のことや野球を習っている話をした。智也は笑って相槌を打っていた。

「智くんは野球できる!?」

「したことないなぁ」

「なんで!?」

「父親と遊んだこと、なかったからなぁ」

「なんで!?」

「こらっ! 亮」

 放っておけば際限なくお喋りし続ける亮に、ピシャリと言った。

「なんでなんでって聞き過ぎ」

「えーーー」

「彩、いいよ。別にたいした理由じゃない」と、智也が言った。

 そっぽを向いていた真が、智也を睨みつける。

 私の周囲に私のことを『彩』と呼ぶ男性ひとはいない。千堂課長は私を『彩さん』と呼ぶ。

 真が気づいた違いは、そこ。

 水族館で会ってすぐにわかったのに、私は智也に何も言わなかった。私も『智也』と呼ぶのをやめなかった。

 心のどこかで、試したのだと思う。

 私に特別な男性ひとが出来た時、子供たちはどう感じるのか。

 千堂課長に懐いたように、智也にも懐くのか。



 酷い母親……。


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