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5.知らなかったでしょう?

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「聞いて欲しかったの?」

 ふふっと笑いながら、ぬるくなったコーヒーに口をつける。

「考えもしなかった」

「なにを?」

「お母さんがそんなことを気にするなんて」

「……?」

 今度は夫がコーヒーをすする。

 それから、頷くように小さく頭を下げた。

「ごめん」

「……なにが?」

「色々、無神経……だった」

「だから、なに――」

「――初めてのデートとか、プレゼントとか、その――」



 ああ、なるほど。



「――色々、気が利かなくて……」

 娘から聞いたのだろう。

 自分が妻にとってハジメテの男だということを。

 正確には、『お父さんてお母さんの初カレなんでしょ~』とか言われただけだろうが、必然的に辿り着く。

 私は言わなかった。

 煩わしいと思われたくなかったから。

 元カノのようにお似合いにはなれなくても、せめて隣にいて恥ずかしくないよう、邪魔にならないように頑張った。

 だが、今更だ。

 十七年も一緒にいて、二人の子供までいるのに。

「十七年前のことなんて、憶えてないのが普通だよ」

「けど――」

「――和葉に呆れられた?」

「え……。あ、うん」

「男の子はどうしてるのかしらね、あの宿題」

 由輝の時にあんな質問はされたことがない。

 いや、宿題はあった。



 由輝は確か――。



 原稿用紙五行分の手紙だ。

 産んで育ててくれた感謝と、お陰でこんなに大きくなりました、みたいな手紙。



 男の子と女の子じゃ、こうも違うのね……。



「和葉も中学生か……」

 なに、ということもなく言葉が漏れた。

「ちょっと……感傷的になってるのかもね」

 子供の成長は嬉しい。

 同時に、自分の老いを思い知らされる。

『私も年を取るはずよね~』というやつだ。

 私が今、その時なのだろう。

 子育てはまだまだ途中だけれど、手のかかる時期を終え、ふと自分に目を向けた時、自分を見ているはずなのに、夫と元カノが並ぶ姿に見えた。

 あの頃、憧れていた元カノには遠く及ばない容姿、キャリア。

 夫はさほど変わらないのに、私は随分変わってしまった。

 それでも、子育てを理由に出来ていればまだ救われた。

 けれど、もう、言い訳出来ない。

 子供に手がかかるから自分のことは後回し、なんて言えるほど子供に手はかからない。

 お金に余裕がないからなんて、毎日遅くまで働いている夫に言えるはずがない。

 そうやって思いつく言い訳を消去法で少なくしていけば、何も残らなかった。

 結局、甘えだ。

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