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1.合コンで彼氏と鉢合わせ
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さっきまでの元気はどこへやら。
慶太朗の声がわかりやすく弱っている。
「鬼主任、て呼ばれてるの?」
「ええ、後輩には」
「名実ってことは意識的に?」
「鬼のつもりはないですが、厳しい自覚はあります」
「人事か。厳しすぎるくらいじゃなきゃ務まらないね」
「奈都さんは? 秘書って大変でしょう?」
「おわかりになります? お二人は秘書を使う立場でしょう?」
「そうだね。だからこそ、わかるよ。俺ができないと思う業種のいくつかのひとつが秘書だ」
「なるほど。お茶出しと空いた時間に予定を埋めていくだけの簡単な仕事だと思われていないだけ、お二人の秘書は恵まれていますね」
色気のない会話が続く中、運ばれてきた食事を楽しむ。
背後はうるさいくらい盛り上がっているようだが、慶太朗の声はほとんど聞こえなくなっていた。
始まって三十分ほどで峰濱さんのスマホが鳴り、席を立った。
すぐ後に、私がお手洗いに立つ。
奈都と神海さんはスケジュール管理と共有のアプリについて話し込んでいる。
さらに奈都の背後では、鈴原くんが気も漫ろにチラチラと彼女の様子を盗み見ている。
鈴原くん……。
私はバッグを肩にかけてテーブルを離れると、店員にトイレの場所を聞いて向かった。
三つの内の空いている一番端の個室に入ると、すぐに他の個室の女性が出た。
「小花、ど~する?」
「ん~?」
「ハズレだったら家に泊まるって言ってたけど」
「ん~。どうしよっかな~」
小花、とはきっと慶太朗と相性九十三パーセントの子のことだろう。
テーブルにいる時より声のトーンが低いが、恐らく。
「目標年収八百万とか言ってたけど、今はどうなんだろーね」
「半分もないんじゃない?」
「だよね~」
冷静に言われると、別れる気とはいえ自分の恋人の情けなさに私まで情けなくなる。
「やめとく?」
「ん~……ん! ヤッちゃう」
「え? 金持ってなさそうだよ?」
「でも、なんか、尽くしてくれそう」
「ああ~、うん。それは……」
ドアが開き、二人が出て行く。
良かったわね、慶太朗。お持ち帰りサセてくれるってよ?
震える唇を、ぐっと奥歯を噛んで静める。
メイクを直してトイレから出ると、わかりやすく鈴原くんが待ち構えていた。
「大熊! あの――」
「――鈴原くんは好みの子、いた?」
「意地悪言うなよ。俺はノリ気じゃなかったんだ」
ため息を吐きながら前髪をかき上げる鈴原くんをじろりと見ると、私もため息で返す。
「俺『は』ね。ノリ気の慶太朗には相性九十三パーセントの小花ちゃんがいて、何よりだわ」
「あいつだって木下に――」
「――私は伝えたわ。奈都に付き合って合コン行って来るって。なのに慶太朗は接待だって言ったのよ? しかも、若くて可愛い嫁が欲しいとバカでかい声で言っちゃって」
「それは……」
鈴原くんが私を待っていたのは、慶太朗の弁護のためじゃない。
わかっているけれど、つい当たってしまった。
私は頬をくすぐる髪を耳にかけ、深呼吸をした。
「奈都のことでしょ?」
「……ああ」
「私は手は貸さないわよ」
「大熊」
「私が奈都でも、別れてた」
「……」
「私、鈴原くんは奈都との結婚も考えてると思ってた」
「……考えてた。――っ今も! 考えてる」
「じゃあ、なんで……って、私がそんなこと聞いても意味ないよ」
「……」
鈴原くんは壁にもたれると、そのまましゃがみ込んで頭を抱えた。
慶太朗の声がわかりやすく弱っている。
「鬼主任、て呼ばれてるの?」
「ええ、後輩には」
「名実ってことは意識的に?」
「鬼のつもりはないですが、厳しい自覚はあります」
「人事か。厳しすぎるくらいじゃなきゃ務まらないね」
「奈都さんは? 秘書って大変でしょう?」
「おわかりになります? お二人は秘書を使う立場でしょう?」
「そうだね。だからこそ、わかるよ。俺ができないと思う業種のいくつかのひとつが秘書だ」
「なるほど。お茶出しと空いた時間に予定を埋めていくだけの簡単な仕事だと思われていないだけ、お二人の秘書は恵まれていますね」
色気のない会話が続く中、運ばれてきた食事を楽しむ。
背後はうるさいくらい盛り上がっているようだが、慶太朗の声はほとんど聞こえなくなっていた。
始まって三十分ほどで峰濱さんのスマホが鳴り、席を立った。
すぐ後に、私がお手洗いに立つ。
奈都と神海さんはスケジュール管理と共有のアプリについて話し込んでいる。
さらに奈都の背後では、鈴原くんが気も漫ろにチラチラと彼女の様子を盗み見ている。
鈴原くん……。
私はバッグを肩にかけてテーブルを離れると、店員にトイレの場所を聞いて向かった。
三つの内の空いている一番端の個室に入ると、すぐに他の個室の女性が出た。
「小花、ど~する?」
「ん~?」
「ハズレだったら家に泊まるって言ってたけど」
「ん~。どうしよっかな~」
小花、とはきっと慶太朗と相性九十三パーセントの子のことだろう。
テーブルにいる時より声のトーンが低いが、恐らく。
「目標年収八百万とか言ってたけど、今はどうなんだろーね」
「半分もないんじゃない?」
「だよね~」
冷静に言われると、別れる気とはいえ自分の恋人の情けなさに私まで情けなくなる。
「やめとく?」
「ん~……ん! ヤッちゃう」
「え? 金持ってなさそうだよ?」
「でも、なんか、尽くしてくれそう」
「ああ~、うん。それは……」
ドアが開き、二人が出て行く。
良かったわね、慶太朗。お持ち帰りサセてくれるってよ?
震える唇を、ぐっと奥歯を噛んで静める。
メイクを直してトイレから出ると、わかりやすく鈴原くんが待ち構えていた。
「大熊! あの――」
「――鈴原くんは好みの子、いた?」
「意地悪言うなよ。俺はノリ気じゃなかったんだ」
ため息を吐きながら前髪をかき上げる鈴原くんをじろりと見ると、私もため息で返す。
「俺『は』ね。ノリ気の慶太朗には相性九十三パーセントの小花ちゃんがいて、何よりだわ」
「あいつだって木下に――」
「――私は伝えたわ。奈都に付き合って合コン行って来るって。なのに慶太朗は接待だって言ったのよ? しかも、若くて可愛い嫁が欲しいとバカでかい声で言っちゃって」
「それは……」
鈴原くんが私を待っていたのは、慶太朗の弁護のためじゃない。
わかっているけれど、つい当たってしまった。
私は頬をくすぐる髪を耳にかけ、深呼吸をした。
「奈都のことでしょ?」
「……ああ」
「私は手は貸さないわよ」
「大熊」
「私が奈都でも、別れてた」
「……」
「私、鈴原くんは奈都との結婚も考えてると思ってた」
「……考えてた。――っ今も! 考えてる」
「じゃあ、なんで……って、私がそんなこと聞いても意味ないよ」
「……」
鈴原くんは壁にもたれると、そのまましゃがみ込んで頭を抱えた。
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