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9章 お人形さんで遊びましょう
9-17 利用されるから監視対象になっている ◆アンナ視点◆
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◆アンナ視点◆
「バージ様、これからよろしくお願いします」
「よろしく、アンナ」
バージ・テンガラットは子爵家の跡継ぎとして教育されていた。
幼い頃に私がテンガラット子爵家に初めて連れて行かれたときには、同じ年齢なのにすでに礼儀正しかった。
今まで私の周りにいたような、私をからかいイジメるような男の子ではなかった。
静かで穏やかで優しい。
一緒にいると温かい気持ちになれる。
バージ様は許嫁としてアンナをずっと守ってくれるんだよ、と親に言われた。
嬉しかった。
いつかお嫁さんになる日を夢見て、貴族の花嫁修業も頑張ってきた。
なのに。
今、私は馬車に乗っている。
暗いカーテンが窓を覆っており、外を見ようとすると、一緒に乗っている者にとめられる。
両親とも離れてしまった。
身代わり人形も何体ダメになっただろうか。
毎年の冬には、テンガラット子爵夫妻と跡継ぎのバージは王都に行く。
私は結婚してから王都に行くことになっていた。
私は自分の身代わり人形を幼い頃から作り続けていた。
最初はただ、自分の人形を作っていただけだったつもりだった。
親から裁縫の才能があるからと材料を渡されていたので、特にバージたちがいない冬はけっこうな数を作っていたはずだった。
可愛く綺麗に作れた人形も、数か月もしない内に見るも無残な姿になっていく。
手足がもげるぐらいならまだいい。
成長するにつれて、私もようやくこの人形の役目がわかってきた。
私の不幸を身代わりしていたことを。
母に言ったら、絶対に子爵家の人間には知られないようにと念を押された。
そのときの母の目が、すべてを物語っていた。
すべて知っていたのだ、両親は。
二人は私が産まれるまでは、相当な不幸を背負っていたらしい。
私が物心つき、紙で作った適当な人形でさえ、不幸を肩代わりことを見抜いていた。だからこそ、彼らは私に人形を作らせていた。
自分たちが助かろうとして。
バージが王都の魔法学園に入学を決めたとき、嫌な予感がした。
嬉しいことなのに、胸騒ぎだけがした。
浮気でもされるのか。
それとも、心変わりされるのか。
不安でも、引き留めることはできない。
貴族の子弟であり、C級以上の魔導士と教会に認められれば、魔法学園に入学しなければ罰せられる。
見送ることしかできない。
私たちの結婚はバージが魔法学園を卒業してからということに決まった。
今まで私はずうっっと自分の人形ばかり作ってきた。
それが身代わりになる。自分の身の安全を守るから。
それならば、バージの人形を作ったら、彼の身の安全を守れないだろうか。
ふとした思いつきだった。
可愛らしいバージの人形ができたのはそれからしばらくだった。
「アンナ、すごいものを作ったわね」
「そうだな、アンナ、これはすごいぞ」
その人形を見せたら、両親が二人して喜んだ。
二人ともバージの無事をそれほどまでに願っていたのかと思った。
が、二人の表情がそうではないことを示していた。
喜んでいるのに醜悪な表情だ。
「これでこの子爵家は私たちのものだ」
「そうね、アンナが操り人形を作れるなんて思ってもみなかったわ」
「え?」
「貧しい生活とはおさらばできる上、子爵家を思い通りに動かせるようになれば、もうこんな不幸なんて関係ない。子爵家の人間に媚び諂う必要もなくなる」
「本当に。大変な中でもアンナを産んで良かったわね」
ああ。
このとき、私は作ってはいけないものを作ってしまったことに気づいた。
自分の人形は自分の身を守る身代わり。
けれど、他人の人形を私が作る意味は。
この人形を捨てるわけにはいかない。
誰かに拾われでもすれば、バージの身が危険である。
燃やしたり、処分することもできない。
バージがどうなるのか、私ではわからない。
これをどうにかする方法もわからない。
「アンナ、貴方の王子様を王都に迎えに行きましょう。秋休みに領地で結婚式を挙げてもらいましょう」
両親に言われるまま、王都の子爵邸に行った。
けれど、バージは普通だった。
対応は変わらないように見えた。
私の操り人形になっていないように見えた。
ホッとしたのもつかの間。
王都でのテンガラット子爵夫妻もバージの態度もよそよそしいものに変わっていった。
彼らはこの人形を見ていた。
何かに気づいた目だった。
バージとは婚約者でいつかは結婚する。
貴族は家同士の結婚が当たり前とずっと親から聞かされてきた。
そこには恋愛感情がなくとも、結婚は成り立つと。
バージに対して恋愛感情があるのかないのかと聞かれたら、私はどうなのだろうと考えてしまう。
スコーノン家は少し前までは貴族だったが、落ちぶれてしまった。
貧しいなかで両親と生活していた。
けれど、昔の伝手でテンガラット子爵家と縁ができた。
両親の交流関係はまだよくわからないが、関わりあいはそこまで持つことはないが、それなりの家の者が支援してくれているようだ。
昔の恩とはいえ、ありがたいことだと思う。
ここにいれば、飢えはない。
空腹で寝られないということもない。
暖かい家があり、綺麗な服も用意される。
この婚約に、あの生活には戻りたくないという打算がないといえば嘘になる。
それでも、あの優しい目には惹かれていたと思う。
手を取り合って生きていければ、と願っていた。
私はこの人形を他人の手に渡してはいけないと強く感じる。
今は効果がなくとも。
悪用されないように。
それだけは私の罪滅ぼし。
この人形を作ってしまった私の。
いつか、この人形がただの人形になるまで。
貴方が幸せでありますように。
「キミか、呪術を扱うのは」
どこかの屋敷に連れて行かれた。
馬車がどのように移動したのかもわからない。
そもそも、王都の地理に詳しくない私が外の景色を見ていても誰の屋敷なのかわかるわけもないが。
部屋でソファに座らせられ多少待たされたが、すぐに数人の男性がやって来る。
一人の青年が私の前に立った。
彼らが誰なのかもわからない。
「へえ、それが操り人形か」
私の前に立っている青年は、うちの両親と同じ顔をしている。
笑顔なのに、醜悪。
私を利用しようとする顔だ。
「お前はリアム・メルクイーンと会ったことがあるだろう。アイツの操り人形を作れ」
「え?」
私の腕に抱かれていたバージの人形を他の男性が無理矢理奪い取った。
女の腕力ではどうにもならない。
「返してっ」
手を伸ばしても、躱される。
彼らの中心にいる青年は私の反応を冷ややかに見ていた。
「返してほしければ、リアム・メルクイーンの操り人形を作るんだ」
他の男たちはニヤニヤと笑いながら、バージの人形を粗雑に扱う。
「コレを燃やされたくなければ、さっさと作るんだな」
テーブルに裁縫道具が置かれた。
「人形が人質になるとは。。。呪術も使いようがあるなら、命は保証する」
ほんの少し呆れた声。
この者たちに呪術の代償は関係ない。
呪術の代償は使用した者に降りかかる。そして、子孫にも。
利用した者は何の代償も払わない。
「お前は呪術が使える自分自身を恨むんだな。呪術系の家は利用されるだけ利用される。そして、滅びるだけだ」
冷たい声が降ってきた。
「部屋には必要なものを届けてやるが、扉の外には護衛がいる。逃げられると思うな」
そして、男たちはバージの人形をそのまま持っていってしまった。
扉が閉じられる。
部屋は静かになってしまった。
どこまでも。
窓から外を見ると、この屋敷の他の壁以外には木々と空が見えるだけだ。
この屋敷がどこだかわからないし、下の階まで壁をつたって降りるのは無理だろう。
彼らが出て行った扉と違う扉を開けると、寝室があった。
ここであの青年の敵である者の人形を作って暮らせということか。
私はこの部屋から出られない。
ここは檻なのだということを知った。
誰も助けてくれる者などいない。
「バージ様、これからよろしくお願いします」
「よろしく、アンナ」
バージ・テンガラットは子爵家の跡継ぎとして教育されていた。
幼い頃に私がテンガラット子爵家に初めて連れて行かれたときには、同じ年齢なのにすでに礼儀正しかった。
今まで私の周りにいたような、私をからかいイジメるような男の子ではなかった。
静かで穏やかで優しい。
一緒にいると温かい気持ちになれる。
バージ様は許嫁としてアンナをずっと守ってくれるんだよ、と親に言われた。
嬉しかった。
いつかお嫁さんになる日を夢見て、貴族の花嫁修業も頑張ってきた。
なのに。
今、私は馬車に乗っている。
暗いカーテンが窓を覆っており、外を見ようとすると、一緒に乗っている者にとめられる。
両親とも離れてしまった。
身代わり人形も何体ダメになっただろうか。
毎年の冬には、テンガラット子爵夫妻と跡継ぎのバージは王都に行く。
私は結婚してから王都に行くことになっていた。
私は自分の身代わり人形を幼い頃から作り続けていた。
最初はただ、自分の人形を作っていただけだったつもりだった。
親から裁縫の才能があるからと材料を渡されていたので、特にバージたちがいない冬はけっこうな数を作っていたはずだった。
可愛く綺麗に作れた人形も、数か月もしない内に見るも無残な姿になっていく。
手足がもげるぐらいならまだいい。
成長するにつれて、私もようやくこの人形の役目がわかってきた。
私の不幸を身代わりしていたことを。
母に言ったら、絶対に子爵家の人間には知られないようにと念を押された。
そのときの母の目が、すべてを物語っていた。
すべて知っていたのだ、両親は。
二人は私が産まれるまでは、相当な不幸を背負っていたらしい。
私が物心つき、紙で作った適当な人形でさえ、不幸を肩代わりことを見抜いていた。だからこそ、彼らは私に人形を作らせていた。
自分たちが助かろうとして。
バージが王都の魔法学園に入学を決めたとき、嫌な予感がした。
嬉しいことなのに、胸騒ぎだけがした。
浮気でもされるのか。
それとも、心変わりされるのか。
不安でも、引き留めることはできない。
貴族の子弟であり、C級以上の魔導士と教会に認められれば、魔法学園に入学しなければ罰せられる。
見送ることしかできない。
私たちの結婚はバージが魔法学園を卒業してからということに決まった。
今まで私はずうっっと自分の人形ばかり作ってきた。
それが身代わりになる。自分の身の安全を守るから。
それならば、バージの人形を作ったら、彼の身の安全を守れないだろうか。
ふとした思いつきだった。
可愛らしいバージの人形ができたのはそれからしばらくだった。
「アンナ、すごいものを作ったわね」
「そうだな、アンナ、これはすごいぞ」
その人形を見せたら、両親が二人して喜んだ。
二人ともバージの無事をそれほどまでに願っていたのかと思った。
が、二人の表情がそうではないことを示していた。
喜んでいるのに醜悪な表情だ。
「これでこの子爵家は私たちのものだ」
「そうね、アンナが操り人形を作れるなんて思ってもみなかったわ」
「え?」
「貧しい生活とはおさらばできる上、子爵家を思い通りに動かせるようになれば、もうこんな不幸なんて関係ない。子爵家の人間に媚び諂う必要もなくなる」
「本当に。大変な中でもアンナを産んで良かったわね」
ああ。
このとき、私は作ってはいけないものを作ってしまったことに気づいた。
自分の人形は自分の身を守る身代わり。
けれど、他人の人形を私が作る意味は。
この人形を捨てるわけにはいかない。
誰かに拾われでもすれば、バージの身が危険である。
燃やしたり、処分することもできない。
バージがどうなるのか、私ではわからない。
これをどうにかする方法もわからない。
「アンナ、貴方の王子様を王都に迎えに行きましょう。秋休みに領地で結婚式を挙げてもらいましょう」
両親に言われるまま、王都の子爵邸に行った。
けれど、バージは普通だった。
対応は変わらないように見えた。
私の操り人形になっていないように見えた。
ホッとしたのもつかの間。
王都でのテンガラット子爵夫妻もバージの態度もよそよそしいものに変わっていった。
彼らはこの人形を見ていた。
何かに気づいた目だった。
バージとは婚約者でいつかは結婚する。
貴族は家同士の結婚が当たり前とずっと親から聞かされてきた。
そこには恋愛感情がなくとも、結婚は成り立つと。
バージに対して恋愛感情があるのかないのかと聞かれたら、私はどうなのだろうと考えてしまう。
スコーノン家は少し前までは貴族だったが、落ちぶれてしまった。
貧しいなかで両親と生活していた。
けれど、昔の伝手でテンガラット子爵家と縁ができた。
両親の交流関係はまだよくわからないが、関わりあいはそこまで持つことはないが、それなりの家の者が支援してくれているようだ。
昔の恩とはいえ、ありがたいことだと思う。
ここにいれば、飢えはない。
空腹で寝られないということもない。
暖かい家があり、綺麗な服も用意される。
この婚約に、あの生活には戻りたくないという打算がないといえば嘘になる。
それでも、あの優しい目には惹かれていたと思う。
手を取り合って生きていければ、と願っていた。
私はこの人形を他人の手に渡してはいけないと強く感じる。
今は効果がなくとも。
悪用されないように。
それだけは私の罪滅ぼし。
この人形を作ってしまった私の。
いつか、この人形がただの人形になるまで。
貴方が幸せでありますように。
「キミか、呪術を扱うのは」
どこかの屋敷に連れて行かれた。
馬車がどのように移動したのかもわからない。
そもそも、王都の地理に詳しくない私が外の景色を見ていても誰の屋敷なのかわかるわけもないが。
部屋でソファに座らせられ多少待たされたが、すぐに数人の男性がやって来る。
一人の青年が私の前に立った。
彼らが誰なのかもわからない。
「へえ、それが操り人形か」
私の前に立っている青年は、うちの両親と同じ顔をしている。
笑顔なのに、醜悪。
私を利用しようとする顔だ。
「お前はリアム・メルクイーンと会ったことがあるだろう。アイツの操り人形を作れ」
「え?」
私の腕に抱かれていたバージの人形を他の男性が無理矢理奪い取った。
女の腕力ではどうにもならない。
「返してっ」
手を伸ばしても、躱される。
彼らの中心にいる青年は私の反応を冷ややかに見ていた。
「返してほしければ、リアム・メルクイーンの操り人形を作るんだ」
他の男たちはニヤニヤと笑いながら、バージの人形を粗雑に扱う。
「コレを燃やされたくなければ、さっさと作るんだな」
テーブルに裁縫道具が置かれた。
「人形が人質になるとは。。。呪術も使いようがあるなら、命は保証する」
ほんの少し呆れた声。
この者たちに呪術の代償は関係ない。
呪術の代償は使用した者に降りかかる。そして、子孫にも。
利用した者は何の代償も払わない。
「お前は呪術が使える自分自身を恨むんだな。呪術系の家は利用されるだけ利用される。そして、滅びるだけだ」
冷たい声が降ってきた。
「部屋には必要なものを届けてやるが、扉の外には護衛がいる。逃げられると思うな」
そして、男たちはバージの人形をそのまま持っていってしまった。
扉が閉じられる。
部屋は静かになってしまった。
どこまでも。
窓から外を見ると、この屋敷の他の壁以外には木々と空が見えるだけだ。
この屋敷がどこだかわからないし、下の階まで壁をつたって降りるのは無理だろう。
彼らが出て行った扉と違う扉を開けると、寝室があった。
ここであの青年の敵である者の人形を作って暮らせということか。
私はこの部屋から出られない。
ここは檻なのだということを知った。
誰も助けてくれる者などいない。
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