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第3話

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 食事を終えると、私は梨奈の運転するクルマで家まで送ってもらうことになった。

 「ねえ、これから夜の海を見に行かない?」
 「これから? 大洗へか?」
 「そう、大洗港のフェリー埠頭」
 「俺はかまわないけど、運転、疲れないか?」
 「大丈夫、ここから高速で1時間くらいだから。たまに一人で行くのよ、嫌なことがあった仕事帰りとかに」
 「そうか? 夜の港はいいよなあ。明かりが暗い海に揺れて」
 「そこでね? 思いっきり泣くの。声を出して」
 
 私はその時の梨奈を想像して切なくなった。
 女が男性社会で生きていくことは大変なことだ。梨奈はそれに耐えているのだと。

 「俺も親父が銀行員だったからよく分かるよ。
 銀行から帰って来るといつも疲れ切ってイライラしていたから。
 俺が就職活動をしようとした時、普段無口な親父がボソっと俺に言ったんだ。「銀行だけは辞めておけ」ってな?」
 「お父さんは正解よ。私にも子供がいたら絶対に銀行員だけにはさせたくないもの」
 「でも待遇と世間体はいいよな?」
 「コスパは悪いけどね? あはははは」

 対向車は殆どなかった。追従して来るクルマもない。
 緩やかなカーブ、快適な深夜のドライブだった。
 思えば女の運転するクルマの助手席に乗ったのは初めてだった。
 亡くなった女房の洋子は運転免許は持ってはいたが、運転するのはいつも私だった。
 

 いくつかのトンネルを抜け、高速を降りてクルマはフェリー埠頭に着いた。
 私たちはクルマを降りて港の潮風に当たって背伸びをした。
 少し磯の香りがした。


 「あー、最高! まさかこうして昔の彼と、夜の港デートが出来るなんて思わなかったーっ」
 
 私はそんな梨奈を抱き締めたい衝動に駆られた。
 夜の海に埠頭の明かりがゆらゆらと漂っていた。

 「何もかも忘れて、このままフェリーに乗船して北海道に行きたいね?」
 「何もかも忘れて・・・か。それもいいかもしれないな?
 でもそれには君は失うものが多すぎる。俺にはもう何もないから俺は行けるよ、この船で北海道へ」
 「あら? 私だって失いたくないものなんてないわよ、あなたと同じ。何もないわ」
 「だったらいつか一緒に行こうか? 北海道に」
 「いいなあ、北海道。でもどうして人は寂しくなると北に行こうとするのかしらね?」
 「敗北って言うしな? 「敗れて北に」かあ」
 「そうかあ。でもあなたは敗北してはいないでしょう? 再婚はしないの?」
 「梨奈はどうなんだ?」
 「それは再婚はしたいわよ、いい人がいればだけどね。うふっ」

 梨奈は私をちらりと見て笑った。

 「梨奈ならいくらでもいるだろう? 君の旦那になりたい男たちが」
 「私をお嫁さんにしたい男性? そりゃいるわよ、私、いい女だもん。エッチも上手だって褒められるしね?
 でも駄目なの、の心が。もう誰も愛せない・・・」

 なんとなくわかる気がした。
 男と女は「お似合い」だとか「似合わない」とかではない、縁があるかどうかなのだ。 それを人は「宿命」と呼ぶ。
 運命などと言う甘いものではない。それは生まれながらに背負った十字架なのだ。
 おそらく人は、どこに生まれ、どんな仕事に就き、誰と家族になるのかは既に決められているような気がする。
 だが人生を決めるのは自分の意志だ。どう生きるかは自分次第なのだ。
 人生はポーカーと同じだ。配られた手札で戦うしかないのだ。
 私はその時、死んだ洋子の事を思い出していた。


 「洋三と洋子だなんて私たち、ヨーヨー夫婦だね? 運命を感じちゃう。あはははは」

 そう言って洋子は笑っていた。
 死は私たちふたりには無縁なものだと思っていた。いや、寧ろ考えたことさえなかった。
 そしてまさか洋子の方が私より先に死ぬなんて思いもしなかった。

 
 「何を考えてるの? 亡くなった奥さんのこと?」
 「今日の朝食は何を食べようかなあって考えていた」
 「ねえ、朝食作ってあげようか?」
 「えっ」
 「私じゃイヤ? これでも私、お料理も出来るのよ。ちょっとだけ主婦もしていたしね?」
 
 うれしかった。ひとりでする食事ほどわびしいものはない。
 男がひとりでする食事は食事ではない。それは「えさ」だ。

 「なんだか眠くなっちゃったなあ。少しどこかで休んでいかない? 朝食までまだ時間があるから」
 
 私たちは近くのラブホテルへとクルマを進めた。
 
 
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