海の見える坂道

菊池昭仁

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第2話

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 近くには駐車場のある飲食店が少なく、24時間営業のファミレスは混雑していた。


 「何にする?」

 大きなメニューを広げながら、梨奈が私に尋ねた。

 昼間の黒いスーツ姿とは違い、家に戻って着替えて来たのか、セレブ・ミセスといった感じで、髪を下ろして軽くウエーブさせていた。
 梨奈からは女房が好きだった、同じDiorの『rose de rose』がほんのりと香っていた。


 「クリームソーダ」
 「部長さんが飲むものじゃないわね? かわいい。
 じゃあ私はミックスフライ・セットにしようかな? お腹空いちゃった」

 ほころぶ笑顔がチャーミングだった。高校生だった頃の面影が残っていた。


 店員にそれらを注文すると、梨奈はドリンクバーから飲み物を持って来た。


 「それってアイス・ティーか?」
 「ルイボスティーだよ、飲んでみる?」
 「いやいいよ、俺はドリンクバーを頼んではいないから」
 「そういう真面目なところ、変わってないね?」
 「結婚しているのか? 今日、指輪が見えていたけど?」
 「していたわよ、つい最近まではね。でももう別れたの。ほら」

 梨奈は左手の薬指を見せて笑った。

 「指輪をしていても口説かれるのに、外したらもっと面倒だから。うふっ
 だから普段はしているの。魔除けみたいなものね?」
 「そうか」
 「どうして別れたのか訊かないの?」
 「訊いちゃ悪いのかと思って」
 「マジメか? あはははは」

 梨奈は笑ってルイボスティーのストローを口に咥えた。
 私はその彼女の仕草に見惚みとれていた。

 「カラダの相性が悪かったのよ。ただそれだけ。
 それに他に女もいたしね?」
 「・・・」
 「高校の時、どうしてあなたとさよならしたのかわからないでしょう?」
 「梨奈はモテたからな?」
 「私には洋ちゃんは勿体もったいない人だと思ったからよ。私はそんなあなたにふさわしくない女だと思ったから。
 そして今日、再会してもっと男に磨きがかかっていてうれしかった。キュンとしちゃった。
 背中に哀しみがある男って素敵」
 「こうしてクリソーを飲んでいる、女房に先立たれた惨めな中年オヤジがか?」
 「なんだかとても寂しそうだった。
 世界中の不幸を全部自分ひとりで背負っているようなそんな感じだった。
 その哀しそうな深い瞳。高校生の頃のあなたには無かった」
 「君の方こそ、もっと魅力的な女になって驚いたよ。
 しかも今度は本店の支店長に昇格するそうじゃないか?
 やっぱり梨奈は凄いよ」
 「その分、男性行員たちからの妬みも凄いけどね?
 影では「枕営業でのしあがった女だ」とか言われているわ」


 そこへ梨奈の料理が運ばれて来た。

 「ああ、お腹空いたー。いただきまーす」

 梨奈は両手を合わせていただきますをすると、ナイフとフォークを使って優雅に食事を始めた。
 梨奈が食べるとファミレスの料理もミシュランの星のある店での料理のようだった。
 私は再びクリームソーダのアイスクリームを、ソーダ水の中にアイスが溶けて濁らないように、長いスプーンを使って慎重にそれを掬った。

 目の前で海老フライを食べている女、それが私の初恋の女、大谷梨奈だった。


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