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第23話 仁義

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 早朝の大通りには如月組と紅虎組の世紀の対決をひと目見ようと、多くのヤクザ者たちが集結していた。
 ショッピングモールの駐車場には白いプリウスが2台、哀愁を満ちて置かれていた。

 キリリと引き締まった夜明け前、その中心に二頭の龍と虎がいた。

 「小次郎、ルールは簡単だ。
 まずジャンケンでどちらのプリウスに乗るかを決める。
 そしてそれに乗ってこの6車線の大通りでデス・レースをしようというわけだ。
 わずか1,000mの直線勝負。
 この信号がスタートの合図になる。
 ゴールにはそれぞれが用意した自分のチャカが置いてある。
 早くゴールした方がその拳銃でズドン!というゲームだ。
 そして生き残った方がこの世界の帝王になる。
 勝っても負けてもそれで終わりだ。
 どうする小次郎? 逃げてもいいんだぜ、受けるか? この勝負?
 ただし、如月組は解散。いいな小次郎? 命が惜しくばそれもまた選択肢のひとつだぜ」

 小次郎がタバコを咥えようとすると、佐伯がすぐにそれに火を点けた。
 小次郎はタバコの煙を軽く吐くと、

 「いいでしょう。
 では、勝負の前にこの書類にサインをして下さい」
 「なんだこれは?」
 「この勝負に負けた場合、今後一切、薬物等の取引をしないことを約束すると言う誓約書です」
 「こんなのいらねえよ、勝つのは俺だからな?
 そして万が一、俺が負けたら組はなくなる、同じことじゃねえか」
 「私は佐竹さんのこの勝負を受けた。
 だからあなたもこの書類にサインする義務がある」
 「まあ、どちらにしても同じことだ。
 サインすりゃあいいんだな?」

 佐竹は小次郎の出した誓約書にサインをした。
 小次郎は若頭の佐伯にそれを渡した。

 「小次郎、シャブに手を出すのを喜ぶヤクザなんか誰もいねえ。
 いるとしたらシャブ漬けのいかれた連中だ。
 シノギには金が要る。
 どうやってそれを稼ぐ?
 今じゃ暴対法だなんだと、極道の収入源は極端に減らされちまった。昔とは違う。
 おめえの言っていることは理想論だ。
 街のゴタゴタを収めていったい幾らになる?
 俺たちは社会のゴミ掃除屋なんだぜ。
 俺たちよりもよっぽど薄汚ねえ奴らなんか、たくさんいるじゃねえか?
 知らねえなんて言わせねえぜ。
 まあいい、すぐに始めようぜ、デコスケ(警察)が来る前にな?」


 ゴールに置かれた台には、それぞれの組の若頭が拳銃を置いた。

 若頭の佐伯が組のベントレーでやって来た。

 「若、信じています。
 必ず勝手くだせえ」
 「俺の背中には龍神がついている。虎には負けない。
 だがもしもの時は佐伯、お前が組を仕切れ、いいな?」
 「若、とっとと片付けて下せえ。雪乃さんが朝飯を作って待っていますぜ」
 「ああ、腹減ったな?」

 小次郎は静かに微笑んだ。


 小次郎はジャンケンに勝ち、右側のプリウスを選んだ。
 そして2台のプリウスはゆっくりとスタートラインへ誘導され、スタート位置に着いた。

 今までの喧騒が嘘のように静まり返った。
 固唾を飲んで見守る極道たち。

 
 信号が赤に変わった。この信号が青に変わればスタートだ。
 ヤクザたちが道路へ侵入するクルマを停止させた。
 東の空が白みを帯びて来た、夜明けは近い。


 信号が青に変わった。

 タイヤを軋ませ激走する2台のプリウスは次第に速度を上げていった。
 湧き上げる大歓声!

 「オヤジーっ!」
 「若ーっ!」
 
 わずかに小次郎が早くゴールし、拳銃を握った。
 小次郎は勝利した。

 佐竹はゆっくりとクルマを降りると、小次郎の前に立った。

 「小次郎、お前の勝ちだ、殺れよ、早く」

 佐竹は跪き、自分の額の中央に指を刺した。
 
 「苦しむのはイヤだからな? ここを一発で頼む、外すなよ、小次郎」


 小次郎は銃口を佐竹に向け、躊躇うことなく引き金を弾いた。

 パーン 

 パパーン

 小次郎の放った1発の弾丸は佐竹の頭上を飛んで行った。
 だが他の2発は・・・。

 それは佐竹の子分の撃った銃弾の音だった。
 うつ伏せに倒れた小次郎から血が流れ、黒いアスファルトに血が広がり始めた。 

  紅虎の若いチンピラだった。


 「小次郎ーっ!」

 佐竹は小次郎を抱き起した。
 小次郎を撃ったその若い男は震えていた。

 「オ、オヤジ、俺は、俺は、オヤジに勝って欲しかったんです!」

 するとその組員は自分のアタマに拳銃を発射し、自害した。

 「バカヤロー! 小次郎! しっかりしろ、小次郎! おい、早く救急車を呼べ!」
 「さた、け、さん、これでおわりに、して、く、だ、さい、ね・・・」
 「小次郎ーっつ! しっかりしろーっつ!」

 若頭の佐伯もすぐに小次郎に駆け寄り叫んだ。

 「救急車! 早く救急車を呼べ!
 若! 死んじゃいけねえ! 雪乃さんが待っていますぜ!」

 佐竹はゆっくりと立ち上がると、腹に巻いた晒からドスを抜き、鞘を捨てた。
 佐竹はドスを構えると、力いっぱいに自分の腹を刺し、それを横に引いた。
 佐竹の周りはドス黒い血の海が広がっていった。

 「小次郎ーっ、お前だけ、カッコつけさせるわけには・・・、いかねえやな、俺も一緒に、行くぜ・・・」

 佐竹は血まみれのまま倒れた。
 朝日が昇り、三つの亡骸を照らしていた。


 救急車とパトカーのサイレンの音が、朝日に輝く街に響き渡っていた。
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