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第三十一話
しおりを挟むセレスティナの言葉にジェイクは傷付いたような表情を一瞬だけ浮かべると、セレスティナが「え?」と思った瞬間にはいつもの優しげな表情に戻っていた。
今見えてしまった表情は自分の見間違いだろうか、とセレスティナが考えているとジェイクが困ったような表情を浮かべて唇を開く。
「──フィオナ、嬢は関係ないから大丈夫だ。セレスティナが危惧しているような事は起きていないからすぐにこの関係を解消する必要はない」
「え、ですが……」
「そんなに早く俺と偽装婚約を解消したい?……ただ、もう少し待ってくれ。この間両家と顔を合わせたばかりだからまだ期間を決めるのは早い」
「それ、は……そうですけど」
もごもごと口ごもるセレスティナの態度を見て、ジェイクはもしや、と頭の中にある考えが浮かんでしまう。
(先日、セレスティナとここで会っていた男と婚約を結び直したい、とでも言うのか……?だから、俺との契約期間を早く決めて本当に好きな男とセレスティナは……)
先日、この場所で自分以外の男に気を許したような表情で笑いかけていたセレスティナを思い出し、ジェイクはズキリと自分の胸が痛むのを感じた。
あれから、自分の前ではあの時のような屈託のない笑顔を見せてくれた事はない。
いつも穏やかで役として演じているような優しい微笑み。
決して初日に会った時のような砕けた態度ではなく、セレスティナ自身を見せてくれていない事にジェイクは切なくなってしまう。
自分の前では殆ど婚約者役の仮面を被って、決して本心を見せようとしないセレスティナ。
(あの男の前だったら、セレスティナは飾らず自然体でいれるのか……)
それならば、セレスティナの言う通り早くこんな婚約者役から解放した方がいい事は分かっているのだが、どうしてもこの話題になると話を逸らしたくなってしまう。
このままずるずるとこの関係を続けていいとはジェイク自身も思っていない。
だが、セレスティナに自分の気持ちを伝える為にはフィオナとの関係の精算が先だ。
けれど、先日フィオナと話した所、簡単に別れに応じてくれる気配がない。
それに、無理にフィオナと別れようものならフィオナが言いふらしてしまうかも、と言っていた内容にジェイクは唇を噛み締める。
自分の事は周囲にいくらでも言われてもいいが、セレスティナを巻き込みたくはない。
それに、セレスティナが傷付けられるのは耐えられない。
ジェイクは、先日から堂々巡りになってしまっている自分の思考に頭が痛くなってくる。
どうしたらフィオナとの関係を精算して、セレスティナに想いを告げられるのだろうか。
ジェイクは、目の前にいるセレスティナに視線を向けると、唇を開く。
「時期についてはもう少ししたらちゃんと話し合って決めよう。まだ、もう少しはこの状態のまま頼みたい」
「──分かり、ました」
腑に落ちないような表情をしているが、一先ずは納得してくれたセレスティナにジェイクはほっと安堵の溜息をつくと、そこで店員が飲み物を持って入室して来る。
二人は、ぎこちないながらもポツポツと会話を続け、この後の事を話した。
「この後は、どうしようか……流石にこの後直ぐに帰宅するのはな……セレスティナは何処か行きたい場所はあるか?」
ジェイクはセレスティナに視線を向けると、行きたい場所がないか尋ねる。
ジェイクの突然の言葉に、セレスティナは戸惑うと暫し考えているようだが、行きたい所を思いついたのだろうか。
ぱっと顔を上げるとジェイクに向かって唇を開く。
「えっと、それでしたら……小間物を扱っているお店に行ってもいいですか?授業で使っているペンがこの間壊れてしまったんです」
「ああ、勿論。この店を出たらセレスティナが行きたいその店に行こうか」
「──ありがとうございます」
ふわり、と笑顔を見せるセレスティナに、ジェイクも瞳を細めて微笑むと少し前のぎこちない雰囲気が少しだけ柔らかい空気になった。
二人が店を出て、学園にいる時と同じように手をつなぎながら帰属街を歩いているとセレスティナが行きたい、と言っていた店が視界の先にみえてくる。
「あ、ジェイク様。あそこです」
「──ああ、あの店か」
二人がその店に近付いて行くと、店の前に到着した時に目の前で店の扉が開いた。
どうやら、店から客が出てきたようでタイミングが合ってしまったらしい。
ジェイクとセレスティナは入口の横に体をずらし、店から出てくる客を待っていると、その店から姿を表した客の姿を見てジェイクも、セレスティナも目を見開いた。
そして、ジェイクの隣にいたセレスティナはその男に明るく声を掛けた。
「フィリップ!こんな所で合うなんて……!奇遇ですね」
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