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十三話
緋色には霊力がある。
尋は確かにしっかりとそう口にした。
この世に生を受けてから十六年、霊力無しと言われ、名無しと蔑まれて来ていたのにそれが違った、と言うのだろうか。
「そもそも、霊力が全く無い人間には何も感じる事は出来ないからな……。帝都には何も感じる事が出来ない……この里で言う名無しと言う人間などごまんといる」
「──そんな、でも……それでは……」
「そもそも……外界の事を一切知る事の出来ないこのかくりよの里の方がおかしいだろ……。霊力が無いからと言って生きている人間を名無しなどと呼び蔑むこの里の風習がおかしい」
かくりよの里が、おかしい──。
尋の言葉に緋色は戸惑い、混乱してしまう。
だって、これが普通だったのだ。
霊力が無い緋色は里の人達に迷惑を掛けているのだから、それをしっかりと心に刻み詫びながら生きていかなければならない。
それ、がおかしいと尋ははっきりと言う。
尋の言葉に混乱しきっている緋色を菖蒲は「可哀想に……」と呟き目を逸らす。
「緋色……、外の世界はまだまだ広いし、君の知らない景色が沢山広がっている。……外に出てみたいとは思わないか?」
「──え、?」
尋の言葉に、尋の部下である芙蓉と菖蒲が驚いたように目を見開き、尋に視線を向ける。
そんな二人に向かって尋は自分の手のひらを向けて制す。
「食べる事にも苦労しない、蔑まれる事もない、そんな穏やかな場所で暮らしたいと言うなら俺が緋色の力になろう」
「──っ、」
尋の言葉はとても魅力的だ。
今までのように熱い夏に、山に入って自分の食べる物を探さなくていいなら。
凍えるような寒さの冬山に僅かな食べ物を探しにいかなくていいのなら。
そして、いつ倒壊してしまうかと心配しながら眠りにつく事なくなるのであれば。
とても魅力的な誘いではあるが、まさかそれを無償で提供してはくれないだろう。
緋色はきゅっ、と自分の膝付近の着物を握ると怖々と尋に話し掛けた。
「……その、生活と引き換えに……私は何をすればいいのですか……?」
緋色の言葉に、尋は満足気に笑みを浮かべる。
「……話が早くて助かる」
そして緋色にとある条件を持ち出した──。
とんとんとん、と軽やかな足取りで廊下を進む。
門真朱音は、少し遅い朝食の準備が出来た事を知らせるために尋に与えられた滞在場所。
里長が所持する邸の廊下を進んでいた。
里の客人の下を訪れ、客人に直接声をかける事が出来るのはこの里で一番の霊力を持つ朱音だけだ。
その事はこの里にやって来た尋にも説明されているし、里の決まりと言うのであれば、と尋も渋々了承している。
(……ふふ、あの方の寝所に入る権利があるのはこの里で私だけ……。ああ、早くこの里を出たい……こんな田舎じゃなくて、煌びやかな帝都で、素敵な伴侶と共に暮らしたい……)
朱音はふふふ、と笑みを浮かべて尋の寝所の前に差し掛かり、部屋の前で膝を着いた。
(籘原様は、帝都からお家のために伴侶を求めにこの里にやって来たらしいのよね……。あの籘原一族の当主……籘原尋の伴侶となり得るのは私しかいないわ)
朱音はすっ、と微笑みを浮かべ直し、中に居るであろう尋に向かって声をかける。
「籘原様、籘原様。おはようございます。朝食の準備が整ったようです」
朱音が声を掛け、暫く待ってみても寝所内からは何の返答も無い。
まだ眠っているのだろうか、と朱音が不思議に思いもう一度外から声をかけるがやはり返答がない。
「どうしようかしら……。寝所に入ってしまう……?」
勝手に入ってしまうのは少しばかり気が引けるが、結婚したらどうせ同じ寝所を使う事になるのだから別に良いか、と考えた朱音は室内に居るであろう尋を起こすために襖に手を掛け、開けた。
「籘原様──尋、様……」
何処かどきどきと弾む心臓を感じながら朱音が笑顔で中を覗いた。
だが。
「あら……? 火が落とされた、まま……?」
室内には誰もおらず、尋の姿もどこにも無い。
朝早くに何処かに行ったのだろうか。
「昨夜、私が戻った時には既に籘原様は戻ってしまっていたから……普段通りに起きたのかしら……。じゃあ、何処に……」
そこまで考えた朱音は、はっとする。
名無しが住むあの家を尋は気にしていたような気がする。
もし、朝早くにあの場所に尋が行ってしまっていたら──。
「だ、大丈夫よ大丈夫……。名無しは昨日帰って来なかった……。ありもしない神招舞の道具を取りに行って、土砂崩れに巻き込まれたのだから……もしかしたら死んでくれているかもしれないのだから……籘原様と会う事は無いわ……っ」
命令に忠実に従う名無しが昨夜、朱音の下に来る事は無かった。
そして、朱音は自分が仕掛けた罠がきちんと発動した事を知っている。
だから、名無しは土砂崩れに見せ掛けたあの罠で運が良ければ命を落としてくれているのだから、と朱音が動揺しつつ考えていると、背後から床を踏みしめる音が聞こえて、ぱっと振り向いた。
「──籘原様っ? お迎えに上がり──……」
「……門真朱音か。丁度良かった、里長を呼んでくれ。帝都に戻る」
朱音は笑顔を張り付けたまま、最後まで言葉を発する事無く言葉を失う。
朱音が振り向いた先には、その場には絶対に居る筈が無い、緋色が居たからだ。
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