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重い愛情

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─パタン、と執務室の扉が閉じるやいなや、レオンは目の前の執務机につっぷし「あ゛あぁあー」と呻いた。


「可愛い、可愛い可愛い可愛い可愛いし綺麗だしどうしよう俺をどうしたいんだミュラー…!!」

ぐしゃぐしゃとその金糸の髪の毛に指を突っ込み、頭全体を覆うようにして低く唸る。

ミュラーとの出会いはレオンが14歳の時。
出会って初めて、突然求婚されて驚きはしたがまだ7歳の可愛らしい女の子の言葉にレオンは本気に取らず、「女の子は年上の男性に憧れる時期があるよなぁ」とぼんやり考えて軽く受け流していた。
きっと時間が経てばすっかり今日の事など忘れて、同じ年頃の婚約者でも出来るだろう、と高を括っていた。

そう思っていたのに、蓋を開けてみれば10年間。
ミュラーは飽きもせず気持ちが変わる事なく、10年前のあの日からずっと変わらない気持ちでレオンに求婚し続けていた。
レオンもミュラーのその可愛らしい求婚にハッキリと断る事が出来ずに有耶無耶にしてきてしまった。
有耶無耶にし続けて10年。
気付いたら自分は24歳、ミュラーはもうじき17歳となる。
いつから可愛いな、と思っていた気持ちが「愛しい」という気持ちに変化したのかもはや自分でも覚えていなかった。
気持ちに応えたい、と何度思ったことか。
けれど、ミュラーはまだ成人を迎える前の少女だ。
成人を迎え、女性となる前に手を出して今までの自分の努力を無駄にしたくない。
伯爵からもきつく言われているし、あと少し、あと少しだけ待てばミュラーは成人する。
そうしたら、やっと堂々とこちらから婚姻を申し込むのだ。

レオンはここ数年、ずっとそう自分に言い聞かせてきた。


「あと少し、少し我慢すれば…」
「…兄上…成人した途端手を出して伯爵に怒られないようにして下さいよ」

アウディは机につっぷしてブツブツと呟き続ける兄に気持ち悪さを感じながら進言する。

「…今までの努力を無駄にするようなそんな馬鹿な真似はしない。しっかりあとひと月我慢して、そういった事はゆっくり進めるつもりだ」
「それならいいんですけどね?」

爆発しそうで信用出来ないなぁ、とアウディは呟く。
先程、自分が少し邪な気持ちをミュラーに抱いてしまった瞬間、兄はその気配を瞬時に察知して殺気に近い気配を寄越された。
肉親でさえこれだ。
今までも、夜会や舞踏会、お茶会に参加するミュラーを邪な目で見つめる男共を陰ながら排除してきた兄である。
決して、自分にはそんな気持ちありませんよ、といった雰囲気を出しながら影から手を回しミュラーに近付く男たちを排除してきた。
ミュラーは兄が関わらなければ「淑女の鏡」と言われている。
兄は可愛い、といつもミュラーへ告げているが実際の彼女はとても美しい。
いつもどんな時でも優しい微笑みを絶やさず、淑女としての教養も立ち振る舞いも完璧で、兄が関わらなければ本当にお淑やかな女性だ。
そんな彼女に恋焦がれる男は多い。
だけど、昔からミュラーが兄を恋い慕っている事は周知の事実。
幼い頃からのそのやり取りに、始めは訪れていたミュラーへの釣書も今ではパッタリと来なくなった。
だが、そのミュラーと兄レオンが婚約したという話もさっぱり上がらない事からひっそりとミュラーを狙う男も多くいると言うことはミュラー自身全く気付いていない。

(兄上にも、この年になるまで一度も婚約者がいなかったんだから察して諦めてくれればいいんだけどねぇ)

実際、レオンは24歳になるこの年まで今まで一度も婚約者が出来たことがない。
頭の回る子息や令嬢は、それがどういう事かわかっているのだが、頭の回らない、少し頭が弱い人物や、自分に自信のある人物はミュラーや兄レオンを虎視眈々と狙っている。

レオンは、昔は中性的な面立ちをしており、ミュラーにも妖精と間違えられる程綺麗で美しい顔立ちをしていたのだが、年々精悍な顔立ちとなり、凛々しく男らしい顔立ちとなっていった。
成人を迎えた頃には身長も伸び、ミュラーが昔騎士の方は強そうでかっこいい!と言っていたのを聞き、領主としては必要のない騎士団へと入団し、数年間体を鍛え退団した後も鍛えている為程よく筋肉がつき、引き締まった体をしている。
そんな優良物件の男が、この歳まで婚約者もおらず独身を貫いているという事の理由を考えればすぐにわかるはずだ。
少女が女性になるその時を待っている、という事に。

(兄上は男の僕から見ても惚れ惚れするくらいいい身体してるもんな~)

アウディはひょろっとした自分の体に視線をやり、ひっそりとため息をつく。

「あ~もう、兄上のミュラーへの気持ちは痛いほど分かりましたから、口じゃなくてさっさと手を動かして欲しいな!」

じゃないとミュラーが来るせいで仕事が終わらない、って言われますよ!
と言われ、レオンはむくりと体を起こし、先程取り乱していた事が嘘のように中断していた仕事に取り掛かる。


「それはまずい、可愛いミュラーに会えなくなるのは死に等しいからな」
「…早くその気持ち悪い程の愛情を伝えられる日が来るといいですね」



お互い、相手が関わらなければ本当に最高に尊敬出来る人物なのになぁ
とアウディは何度目になるかわからないため息をついた。
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