2 / 42
重い愛情
しおりを挟む──パタン。と執務室の扉が閉じるやいなや、レオンは目の前の執務机につっぷし、情けなく低く呻いた。
「可愛い、可愛い可愛い可愛い可愛いし綺麗だしどうしよう俺をどうしたいんだミュラー……っ!!」
ぐしゃぐしゃと髪の毛に指を突っ込み、掻き回す。
そんな姿を弟のアウディは呆れたように見ていた。
◇
ミュラーとの出会いは、レオンが十四歳の時。
出会ってすぐに突然求婚され、驚きはしたがまだ七歳の可愛らしい女の子の言葉にレオンは本気に取らず、微笑ましく感じただけだった。
「女の子は年上の男性に憧れる時期があるよな」と、ぼんやり考え軽く受け流していたのだ。
きっと時間が経てば今日の事など忘れ、同じ年頃の婚約者でも出来るだろう、と高を括っていた。
そう思っていたのに、蓋を開けてみればこの十年間。
ミュラーは飽きもせず、気持ちが変わる事なく、十年前のあの日からずっと変わらない気持ちでレオンに求婚している。
レオン自身も、ミュラーの可愛らしい求婚にハッキリと断る事ができず、有耶無耶に返事をしてしまっていた。
有耶無耶にし続け、十年。
気付けばレオンは二十四歳、ミュラーはもうじき十七歳となる。
いつから可愛いな、と思っていた気持ちが「愛しい」という気持ちに変化したのか、もはやレオンは覚えていなかった。
気持ちに応えたい、と何度思ったことか。
けれど、ミュラーはまだ成人を迎える前の少女。
成人を迎え、女性となる前に手を出してしまい、自身の過去の努力を無駄にしたくない。
伯爵からもきつく言われているし、あと少し、あと少しだけ待てばミュラーは成人する。
そうしたら、やっと堂々とこちらから婚姻を申し込むのだ。
──そう、レオンはここ数年、ずっと自分に言い聞かせてきた。
◇
「あと少し、少し我慢すれば……」
「兄上。成人した途端に手を出して、伯爵に怒られないようにして下さいよ」
アウディは机につっぷし、ブツブツと呟き続ける兄に気持ち悪さを感じながら進言する。
アウディの言葉に「心外な」とでも言うようにレオンはがばり、と顔を上げてじとっとした視線を向けた。
「今までの努力を無駄にするような、馬鹿な真似はしない。あとひと月我慢して、そういった事はゆっくり進めるつもりだ」
「それならいいんですけどね?」
爆発しそうで信用出来ないなぁ、とアウディは呟く。
先程、アウディが少し邪な気持ちをミュラーに抱いてしまった瞬間、レオンはその気配を瞬時に察知し、殺気に近い気配をアウディに向けた。
肉親でさえ、これである。
今までも、夜会や舞踏会。お茶会に参加するミュラーを邪な目で見つめる男共を陰ながら排除してきたのはレオンだ。
決して、自分にはそんな気持ちありませんよ、といった雰囲気を出しながら影から手を回しミュラーに近付く男たちを排除してきた。
ミュラーはレオンが関わらなければ「淑女の鏡」と言われる程素晴らしい令嬢だ。
レオンは可愛い、といつもミュラーへ告げているが実際の彼女はとても美しい。
いつも、どんな時でも優しい微笑みを絶やさず、淑女としての教養も立ち振る舞いも完璧で、レオンが関わらなければ本当にお淑やかな女性だ。
だから、そんな彼女に恋焦がれる男は多い。
だけど、昔からミュラーが兄を恋い慕っている事は周知の事実。
幼い頃からのそのやり取りに、始めは訪れていたミュラー宛の釣書も、今ではパッタリと来なくなったらしい。
だが、ミュラーとレオンが婚約したという話もさっぱり上がらない事から、ひっそりとミュラーを狙う男も多くいると言うことを、ミュラー自身全く気付いていない。
(兄上にも、この年になるまで一度も婚約者がいなかったんだから、察して諦めてくれればいいんだけどねぇ)
実際、レオンは二十四歳になるこの年まで一度も婚約をした事はない。
頭の回る子息や令嬢は、それがどういう事かわかっているのだが、頭の回らない、少し頭が弱い人や、自分に自信のある人はミュラーやレオンを虎視眈々と狙っている。
レオンは、昔は中性的な面立ちをしており、ミュラーにも妖精と間違えられる程綺麗で美しい顔立ちをしていた。
だが時が経ち、年々精悍な顔立ちとなり、凛々しく男らしく成長した。
成人を迎えた頃には身長も伸び、ミュラーが昔騎士の方は強そうでかっこいい! と言っていたのを聞き、領主としては必要のない騎士団へと入団した。
数年間体を鍛え、退団した後も鍛えているので、引き締まった体をしている。
そんな男が、この歳まで婚約者もおらず、独身を貫いているという理由を考えればすぐにわかるはずだ。
少女が女性になるその時を待っている、という事に。
(悔しいけど、兄上は男の僕から見ても惚れ惚れするくらいいい身体してるもんな……)
アウディはひょろっとした自分の体に視線をやり、ひっそりとため息をつく。
「あ~もう、兄上のミュラーへの気持ちは痛いほど分かりましたから、口じゃなくてさっさと手を動かして欲しいな!」
じゃないとミュラーが来るせいで仕事が終わらない、って言われますよ!
とアウディに言われ、レオンはむくりと体を起こし、先程取り乱していた事が嘘のように仕事に取り掛かる。
「それはまずい、可愛いミュラーに会えなくなるのは死に等しいからな」
「……早くその気持ち悪い程の愛情を伝えられる日が来るといいですね」
お互い、相手が関わらなければ本当に最高に尊敬出来る人物なのになぁ。と、アウディは何度目になるかわからないため息をついた。
474
あなたにおすすめの小説
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
彼が愛した王女はもういない
黒猫子猫
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。
どちらも叶わない恋をした――はずだった。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全11話です。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる