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一章
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しおりを挟む「──リズリット!」
リズリットとディオンが邸へと到着し、地面へと足を下ろした所で邸玄関からローズマリーが足音を立てながら駆けて来る。
ローズマリーはリズリットの隣にディオンの姿を見付けると、「あら」と声を出して慌てて駆ける足を止めると取り繕うようにお淑やかな淑女然とした微笑みを浮かべる。
「ディオン・フィアーレン卿ですわね。お恥ずかしい姿を……、大変失礼致しました」
「──いや、気にしないでくれ」
薄らと笑みを浮かべるローズマリーの表情に違和感を覚えて、ディオンは僅かに眉を顰める。
何故か、ローズマリーから歓迎されていないような雰囲気をひしひしと感じて、ディオンは困惑する。
妹のリズリットを可愛がっているローズマリーだ。
だからこそ、ディオンは自分の振る舞いに最大限注意していた。リズリットと将来結婚するのであれば、リズリットの家族に悪い感情を抱かれるのは得策では無い。
その為に、他人──特に、リズリットの家族が居る前では不必要にリズリットを見つめ続けないよう注意したし、だらしない表情になったりしないようにも注意した。
精霊にリズリットを見守って貰う際も、この家の人間と契約をしている精霊と予め接触をしており、事態をある程度説明済だ。
(──ならば、何故……? もしや、リズリットを見守っている事が知られてしまったのか……?)
もしそうだったら不味い、とディオンは涼しい表情を浮かべながら胸中で焦る。
知られてしまっていたら。
気持ち悪い程にリズリットの行動を把握し、付け回して居たのがバレたのか。
それとも、リズリットの好みを調べ上げスムーズな会話が出来るように調べ尽くした事がバレたのか。
ディオンは嫌な汗が背中に伝うのを感じたが、元から表情が動かない事が幸いして、ローズマリーのその態度に表面上は落ち着いて対応している、と言う体を取れている事に感謝する。
(表情筋が死んでいて良かった──……)
ディオンの表情筋は、リズリット以外には死んだままなので、相手を下手に疑われなくて済む。
「リズリットを送って頂きありがとうございます。何だか、先日からフィアーレン卿とは縁がございますね」
「ああ、そうみたいだな。可愛らしいリズリット嬢と度々会う事が出来て嬉しいよ」
ディオンの言葉に、リズリットは恥ずかしそうに頬を染めると、眉を下げて柔らかく微笑む。
社交辞令、とでも思っているのだろうが、ディオンは本気でそう思っているし、そう思っているからこそ本心からそう告げている。
だが、リズリットは他人から向けられる好意を信じてはいないのだろう。
きっと、過去には信じて裏切られて来た事が大いにあったのだ、と言う事が察せられる。
「リズリット。ハウィンツお兄様がリズリットの事を気にしていたわ。顔を見せに行ってあげましょう? フィアーレン卿。リズリットをお送り頂いてありがとうございます。兄も直接お礼を伝えたいと言っておりましたが、もし風邪をひいていた場合フィアーレン卿に移してしまいますので……」
「ああ、リズリット嬢も早くハウィンツに帰宅を知らせた方がいい。ローズマリー嬢、ハウィンツにお大事に、と伝えておいてくれ」
「お気遣い頂きありがとうございます。しっかりと伝えておきますわ」
ディオンとローズマリーの会話が一旦落ち着くのを待ち、リズリットはディオンに顔を向けるとぺこり、と頭を下げる。
「ディオン卿、送って頂きありがとうございました」
「どう致しまして」
リズリットとディオンは顔を見合わせてふふ、と笑い合うと再度リズリットは一礼してローズマリーと共に邸内へと戻って行った。
ディオンはリズリットの後ろ姿を見詰め続け、邸に入るのをしっかりと見届けてから踵を返す。
邸前に待たせている馬車へと戻ると、馬車へと乗り込みディオンもそのまま自宅へと戻ったのだった。
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