彼を抱く星に

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第1章 探しているもの

3話

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 グリントは愛馬であるアールガッタの背に少ない荷物を積み手綱を引きながら、ヒラエスと並列して長閑な牧地の道を歩いていた。青々と茂る牧地の草は水縹の空の下に何処までも広がっているように思える。清々しい気分だった、天気が良いこともグリントの心を晴れやかにしてくれていたが共に道行く連れが出来たことも大きな理由の一つだ。
 ヒラエスはグリントより筋肉が付いており体格はよかったが、ほんの少しだけグリントより目線が低かった。右側を歩くこれからの相棒を見やるとこちらの目線に気づいたのかヒラエスはちらりとこちらを見た。特に何もいうことなく視線を前に戻す。先程から二人はポツポツと会話したら中途半端な折で黙り込むということを繰り返していた。ヒラエスはどうやら寡黙な男らしかった。
 この微妙な空気感が嫌いではない、距離感のあぐねかたはここ3日ほど続けていることだった。慣れたと言ってもいい。しかしながら、連れ立って道を歩く旅の仲間が、このような沈黙を続けているのは客観的にまずいのではないのかと思い始めていた。まるで友人を始めて作る女児の様だと思うとグリントは身の毛がよだった。とはいっても自分が努力をいくら続けようが相手が心を開かぬのでは意味がないとグリントは思っていた。彼は不思議な男だ。クシャクシャとした黒髪に少しばかりの無精髭と右目には見るも無残な火傷があった。どうやら見えてはいないらしい。
 酒場のゴロツキと一杯引っ掛けながら、下品な笑い声を立てていてもおかしくない風貌であるのに話す言葉は非常に丁寧で、洗礼されていた。異様な落ち着きと漂わせる世捨て人じみた空気から、うんと歳が離れていると思ったが、聞いてみれば24歳の自分の二つ上程度だった。知ったときは思わず仰け反ったが、確かに顔自体は老けて見えるわけではない。醸し出す雰囲気のせいだろう。
 ぼんやりそんなことを考えているとヒラエスは口を開いた。
「気になるのであれば、口に出して見てはどうだ。」
 気を遣わせていた自覚があるのか、ヒラエスは居心地悪そうにグリントを見ている。グリントは慌てて質問を取り繕った。
「いやあ、そう言えば黒髪と髪と緑の瞳は変わった組み合わせだと思ったのだが、何処の出身なんだ。」
 ヒラエスは無精髭を片手で撫でながら考えている。
「ラケルヘクトルの北にある山脈を越えたアレジーヌだ。」
「アレジーヌ?紅葉の国か、美しい国だと聞いたが。なんでも秋が近づくと全ての木々が赤と橙に色付くらしいな。それはそれは美しく、大昔から人を魅了してやまないとか。一度は行って見たいと思っていたんだ。」
 かすかに笑いながら彼はグリントの方を向き口を開いた。その顔には郷愁の念が見られた。
「本当に美しい国だった。あの大地に生える木々には建国の聖女であるエメロードの血が流れていて、木々はそれを吸い上げて生きているらしい。だからエメロードが非業の最期を遂げた秋になると夏場は青い木々でも聖女を悼んで紅く色付くそうだ。」
「聖女エメロードは確か木々の精霊と話せたのだったか。美しく哀しい逸話だな。」
「そうだな...そのアレジーヌで生まれ育った両親の間に生まれたのが私だ。私の母は美しい黒髪で自慢の髪だったらしい。いつも丁寧に櫛を通していた。瞳の裏葉色は父譲りだ。顔も、父に似ているらしい。」
 ヒラエスはどこか遠くを見つめている。思うところがあるのだろう、それ以上語ることはなかった。グリントも無理に聞き出したいわけではない。次は自分の話をしようと思い努めて明るい声を出した。
「ふむ、良いとこどりの色男になったわけだな!俺は見目は全て父親譲りなんだ、だからこそ父上にも受け入れられてるのかもしれないな。母の容姿については何故か教えていただけなかった。」
 安穏な道は真っ直ぐと続いている。さくさくと雨上がりに乾いた土が音を立て、道端に咲いた黄色いプルメリラの花弁を風が優しく揺らしている。
「俺は世にいる同じ境遇のものよりよほど恵まれているのだろうな。息子同然に兄上と育てられて、自分の出生を知ったのは兄上が17歳で俺が15歳のときだった。おかしい話だが、兄上の方が呆然としていたな。」
 あまりに呆然としていた兄は、なかなか納得することができなかったのか珍しく父に反抗までしていた。なんとか納得した後も兄の態度は変わることはなくそのことにグリントはひどく助けられていたのだった。
 ヒラエスは複雑そうに笑いながら問いかけた。
「...君は幸せか?」
「もちろんだとも、幸せだ。」
 そのまま会話は終わり、心地よい気分で歩いた。

 
 しばらく行くと町の門が見えた。ヘデウィンは田舎の町にふさわしく、木造りの簡素な門だった。複雑に組まれた塀の上に二人兵士がいる。門の両端にも番兵が二人立っていた。番兵はグリントを視界に入れると、一瞬警戒した後すぐに相貌を崩した。
「おおお、グリント殿!ご無事でしたか!」
 初老の番兵がグリントに声をかけた。グリントは笑いながら片手を上げて挨拶をする。若い番兵は訝しげに二人を見た。
「誰ですこいつら?」
「おお、お前は知らなかったか。金髪の旦那はこの街に三日前までここの街にとどまっていた剣侠でなあ、それはそれは世話になったんだ。きになるならモデイル様にでも聞いてこい。」
 若い番兵は渋々ながらひいた。グリントが初老の番兵に近づくと親しげに話しかけ始めた。
「ゼジョフ、まだ元気そうだな老いぼれよ。ここヘデウィンを出発してまだ一週間も経っていないぞ。」
「なにがあろうと旦那の元気な姿が見れるのがわしは嬉しいのです。」
 老いぼれという単語と馴れ馴れしい態度に若い番兵は眉根を寄せたが、ヒラエスの視線に何か言いたげな口をつぐんだ。ゼジョフと呼ばれる男とグリントは二人は肩を叩き合い一通り喜びを分かち合うと、ヒラエスを見た。
「そこの御仁は初めてですな?とにかく中に入りましょうここに突っ立っていても何にもなりませんからな!おいそこの!この二人は俺が案内するからわしの代わりを連れてこい。ささ、お二人とも入ってください。」
 二人を通すとゼジョフはそのまま前を歩き始めた。まずは宿へ向かうらしい。馬を入手したい旨を伝えると、食事の後にしようということになった。
 宿に着くと恰幅のいい男が帳簿をつけているところだった。男はグリントに目をやると厳ついかを綻ばせて歓迎の意を表す。その様子はここに来るまでに見慣れた反応だ。交渉はグリントにまかせヒラエスは目を細めて通りに目を向けた。田舎町にふさわしい町並みの簡素さであるのに活気付いて見える。ヘデウィンの北には危険な生物の住む森があるが、それにしては平和な町だった。何か理由があるのだろうか。
 アールガッタを馬小屋に入れると、グリントと借りた部屋にはいる。そこは二段になったベッドのそこそこの広さがある二人部屋だった。牧地の小屋にあった寝具は床に敷く簡易なものだったが、町の宿屋だからだろうか木組みのしっかりしたベッドである。これで今晩は安眠できそうだ。
「おお!言っていた通りの広さだ。ヒラエス、すぐに荷を解いて食事に行こう。ベッドは上としたどっちがいいんだ」
「下」ヒラエスは答えながら少ない荷物をベッドの上に放る。グリントは梯子をギシギシ鳴らしながら上のベッドへ登った。解くほどの荷物もないのでベッドの縁に腰掛けながら待つ。
 グリントの荷ほどきが終わると二人で宿を出る。宿前にはゼジョフが待っていた。待たせたと声をかけてから足早に歩いて行く。
「さあ行こう腹が減って死にそうなんだ。」
「先ほどからそればかりだなグリント、まさか道中もずっと空腹だったのか?」
「それもあるがここの酒場の腸詰は絶品だぞ。香草が効いていてな、溢れる肉汁でスープは濃くなり最高なんだ。酒がありえないほど進むぞ。」
「ヘデウィンで一番の名物でさぁ、旦那のご友人。」
「そうなのか楽しみにしておこう」
 食事は良いものだ。傭兵という職業柄、水だけで命を繋ぐのはザラだった。しかし食事が嫌いなわけではない。少しだけやる気が出たヒラエスは先を行くグリントの後ろをのんびりと歩いた。
 賑やかな声が外にいても聞こえる酒場は昼間でも満員だった。扉を開けて入ると中にいた人間は一斉にこちらを振り返る。次の瞬間。爆発的な歓声が聞こえた。何もわからないままグリントと三人引きずられカウンターの席に座らされる。
「よおにいちゃん!随分早いおかえりだなあ。しばらく帰らねえんじゃなかったのかぁ?」
 酒場の店主らしき大男はカウンター越しに身を屈めながら周りの喧騒に負けない大声で言った。
「うるせえ!予想外にいい拾い物したんでなあ、早めに戻ってきたんだよ」
 グリントも負けじと声を張り上げながらヒラエスの肩を小突く。急に話題を振られたヒラエスは悪い目つきで店主を見た。店主の顔はもじゃもじゃの髪と髭に埋もれて目しか見えない。店主はじろじろとヒラエスを眺めて一つうなずくと二人の前にドンとジョッキを置いた。
「グリントのにいちゃんが連れて来るんだから間違いねえわな!おらよこの酒は奢りだ。ヘデウィンの英雄には失礼できっこねえからな。さあお二人さんご注文は?」
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