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出会い

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「……またおこられちゃった……おとうさまに、きらわれちゃったら、どうしよう…………テリー」

か細い声に混じりしゃくり上げる音が聞こえ、泣いているのだと分かった。人目に付かない庭の一角に先客がいることに気づいたカイルは足を止めた。茂みの向こうに見える木漏れ日で煌めくプラチナブロンドは、艶やかでよく手入れされているのが分かる。

(貴族令嬢がこんなところで何故泣いている?)

まさかこっそり忍び込んだわけでもないだろうから、王宮に出入りができる身分となれば高位貴族の子女なのだろう。折角見つけた居心地の良い場所なのに、と忌々しく思うよりも純粋に興味が湧いた。
リザレ王国に来てから1週間経つが、特に得るものがあると思えず、興味のない相手と談笑するよりも一人でいたほうがまだましだと思うようになっていた。

通常であれば面倒事を避けるためにさっさと踵を返すのに、よほど退屈しているのかと内心自分に呆れながらも少女の観察を続ける。

「テリー……いつもダメなとこばっかり、見せてごめんね。わたし、がんばるから」
少し落ち着いたのか嗚咽が混じらなくなった声にカイルは首を傾げる。

(独り言にしては、誰かに話しかけているようだが……)

自分の身を抱きしめて俯く少女の周囲には誰もいない。だがよくよく見ていると少女は何かを持っているようで、それを確認するため一歩するため横に身体をずらすと袖のカフスが陽光に反射して煌めいた。
しまったと思うと同時に少女が弾かれたように顔を上げる。涙の跡が残る痛々しい顔に、大きく見開いたエメラルド色の瞳がとても綺麗で印象的だった。

人に会うとは思わなかったのだろう。動揺のあまり両手で口を押えた少女の手からテディベアと呼ばれるクマのぬいぐるみが滑り落ちた。

「あっ!」
一度止まった涙が再び瞳から零れ落ちそうになっているのを見て、カイルは咄嗟にテディベアを拾い上げる。

「ほら、泣くなよ」
ぶっきらぼうな口調で押し付けるように渡すと、少女の表情が目に見えて明るくなり安堵の表情を浮かべている。

「ありがとう、お兄さん」
さっきまで泣いていたのが嘘のように大切そうにしっかりと、だがつぶさないように優しく力を込めている少女の元を何となく去りがたくなった。

「カイ」
「え?」
「俺の名前。カイと呼んでいい」

少女の視線から顔を逸らしながら、家族だけが呼ぶ愛称を告げたことに深い意味はない。他国の皇太子だと気づかれて騒ぎ立てられるのは嫌だったからだ。今のカイルは髪の色を染め、目立たないよう地味な恰好をしているのでバレる可能性は低い。そう思いつつも妙に緊張しながら少女の反応を待った。

「カイ……。わたくしはシャーロットよ。テリーをひろってくれてありがとう、カイ!」

上気した頬を薄紅色に染めて、シャーロットは嬉しそうに笑みを浮かべている。先ほどまでの独り言はどうやらテディベアに話しかけていたようだ。今回が初めてではないような様子だったが、それ以上踏み込んで良いものか躊躇しているとシャーロットから呼び掛けられる。

「カイ、あのね、もう行かないといけないの。でも、もしまた会えたら……話しかけてもいい?」
「いいよ」

含羞みながら尋ねるシャーロットに、反射的に答えていた。ぱっと光が差すように瞳を輝かせる少女のために何かしてやりたいような衝動を覚える。

「シャーロットはよくここに来るのか?俺は今ぐらいの時間なら大抵ここに来られると思う」

滞在中の大まかなスケジュールは決まっていた。午後に勉学の時間と称して与えられている自由時間は、大抵リザレ王国の者と顔を合わせることなく自室か図書館で勉強していると見なされている。
護衛や従者も庭ぐらいならと大目に見てくれているので、こうして供も連れず庭を散策していた。滞在まで残り2週間切っているが、このまま会えなければ目の前の少女が落胆するだろう。そう思えば、落ち着かないような嫌な気分になる。

「まいにちはムリだけど、たぶん……ううん、ぜったい来るわ!」

エメラルドグリーンの瞳には真剣な色が浮かんでいて、大げさだと思いつつシャーロットがそんな風に思ってくれることに、心の奥が温かくなりリザレ王国に来て以来ずっと張り詰めていた気持ちが緩む。

「カイの瞳はとてもきれいね!お日さまが当たった海みたいでキラキラしてるわ。じゃあ、またね」

喜色に輝くシャーロットのほうがよほど綺麗だと言いたかったが、気恥ずかしさが勝る。シャーロットは身体を翻すと駆け足で去っていった。
時間がないのは本当だったようで、その小さな背中が消えるまで、カイルはその場に留まり続けた。



翌日、息を切らせながら駆け寄ってくるシャーロットの姿に自然と口角が上がる。

「カイ、お待たせしてごめんなさい」
「別に、待ってないからそんなに慌てなくていい」

昨日と同じようにテディベアを抱きかかえたシャーロットだが、嬉しくてたまらないといった表情にくすぐったさに似た気持ちを覚える。

「あのね、この子はテリーっていうの」

カイルの視線がテディベアに向けられていると思ったのか、シャーロットは自慢するようにテディベアの向きを変えて、カイルに見せてくれた。どこにでもあるようなテディベアだが、新しいようには見えない。
そんなにずっと持っているほどお気に入りなのだろうか、そう思ったがカイルは別の質問を口にした。

「何でテリーなんだ?」
「わたくしがまだ上手にテディベアって言えなくて、テリーって呼んでいたから」

まだ幼さが残る口調に一生懸命テディベアと言おうとするシャーロットの姿が目に浮かび、思わず吹き出すと、シャーロットは真っ赤になって反論した。

「今はちゃんと言えるのよ!でもずっとそう呼んでいたから、名前をかえちゃうとかわいそうだもん」
「くくっ、分かったよ。シャーロットはテリーと仲がいいんだな」

笑いをかみ殺しながら宥めるように告げると、シャーロットはこくりと頷いた。
「テリーはお母さまからいただいた最後の贈り物なの」

寂しそうな顔にシャーロットが母親を亡くしたのだと察した。それと同時に何故常に持ち歩いているのかという疑問も解消される。まだ幼いシャーロットにとって母親との繋がりを示すテディベアはお守りがわりなのだろう。

昨日シャーロットの身元をそれとなく調べた結果、侯爵家の令嬢で王太子の婚約者であることが分かった。他国の王族の婚約者なのだから、あまり深入りしてはいけないと思いつつ人目を忍んで泣いていたシャーロットのことが気にかかり、結局ここに来ることにしたのだ。

(シャーロットはまだ6歳の子供なのだし、互いに気分転換で話をするぐらい構わないだろう)

そう考えてカイルはシャーロットの話に耳を傾ける。
屈託のない笑みを浮かべるシャーロットにカイルもいつしか穏やかな表情を浮かべるようになっていた。
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