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参拾弐 餓鬼
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天気は晴天。
絶好の外出日和。
子どもたちは、ボールを持って公園に繰り出して、ボール投げやサッカーを楽しんでいる。
「シュート!」
「どこ蹴ってんだよー!」
「やべー!」
一人の子どもが蹴ったボールは弧を描き、フェンスにぶつかってそのまま地面に落下した。
この公園は、公園全体がフェンスに囲まれており、ボールを飛ばし過ぎても公園の外へと出ない安全設計。
ボールが車道に飛び出して、事故につながる危険性も少ない。
だからこそ、子どもたちは安心して球技ができる。
もっとも、安心して球技ができるのは、何も子どもたちだけではない。
「くおらああ! 餓鬼どもおおお!」
グラウンド・ゴルフの装備を携えて、老人の団体が公園に現れた。
その表情は怒りに染まっている。
数の差に、年齢の差に、子どもたちは体を震わせる。
子どもたちの中で、一番体の大きな子どもが団体の前に出た。
全身を震わせてはいるが、努めて毅然とした態度で立つ。
「な、なんですか?」
「そこはワシらが使う予定だった場所じゃ。さっさとどけ!」
あまりの理不尽な要求に、子どもはぽかんと口を開ける。
「ぼくたちが先に使ってるんですよ?」
「ワシらは昨日から場所をとっとったんじゃ! あれが見えんのか!」
老人の指差す先には、ホールポストが立っていた。
そして、ホールポストの足元には、ガムテープで一枚の紙が貼られていた。
『××ふれあい会 ××月××日十時から使用』
子どもたちも、ホールポストの存在には気が付いていた。
が、そもそもこの公園は、物を置くことによる場所取りが禁止されているため、気に留めることはなかった。
サッカーをするのに邪魔だとは感じたが、邪魔だとは言え人の物。
そのまま触れなかったに過ぎない。
そのせいでサッカーのフィールドを狭くせざるを得ず、少し怒りを感じていた程だ。
「この公園は、場所取り禁止ですよ!」
だからこそ、つい、大声を出してしまった。
「ひょええええええ!?」
それを聞いた老人は、大げさに驚き、そのままペタンと尻もちをついた。
「あ痛たたたた! 痛ーっ!? 痛い痛い痛い!!」
うずくまり、足触りながら、大げさに痛がって見せる。
痛がる老人の元に、他の老人たちが集まってくる。
「大丈夫!?」
「これは折れとるわ! 骨折れとるわ!」
「なんて酷いことを!」
老人たちは、くるりと子どもの方へ向いて、距離を詰める。
「突然大声出すなんて、なんて野蛮!」
「目上の人に対してなんて口の利き方!?」
「これだから最近の子どもは!」
「野蛮!」
「暴力的!」
「怪我してたらあなた犯罪者よ? 犯罪者!」
「犯罪者!」
「本当、最近の子どもって恐いわー」
「育ちが悪いわー」
「親の顔が見てみたいわ!」
「どうせネットで人の悪口ばっかり書いてるんでしょ?」
「やだー恐い―」
「陰湿ー」
「私たちみたいな幼気な年寄りを寄ってたかっていじめるんでしょー」
「恐ーい」
そして浴びせる。
言葉のシャワーをひたすらに。
その内容はあまりにも理不尽で、暴力的で、悪意しかない。
それは子どもにもわかった。
しかし、自分よりはるかに大きく、はるかに多い集団を相手に、毅然とした態度をとり続けることができるほど、子どもは精神が成熟していない。
何かを言おうと口を開くが言葉は出てこず、代わりに目から涙が出てくる。
「まー! 泣いてるじゃない!」
「泣きたいのはこっちよ! 怪我させられてるのよ!」
「泣いてこっちを悪者にしようとしとんじゃろ!」
「なんて餓鬼!」
が、それでも言葉のシャワーは止まらない。
「おい……いこうぜ……」
別の子どもが、老人の前に立ち続けた子どもをかばう様に立ち、その手を引っ張る。
そして、既に片づけを終え、移動の準備を整えた子どもたちの方へと連れて行く。
「逃げるの?」
「謝罪もないのか!」
「これだから最近の子どもは!」
子どもたちは、何も答えなかった。
文字通り、逃げるように立ち去った。
残ったのは、老人の集団。
「はあ……。変なのに絡まれちゃったけど、気を取り直してグラウンド・ゴルフしましょうか!」
「そうじゃな!」
「見て! クラブ新調したの!」
和気あいあいと、グラウンド・ゴルフの準備を始める。
つい先ほどまで痛がっていた老人も、ぴんぴんとしている。
「ん?」
そして、今回のゴールであるホールポストを見た時、その近くに一人の子どもが立っていることに気づく。
先ほどの子どもたちと背丈は同じくらいで、深く帽子を被って、その表情は見えない。
「なんじゃあの餓鬼」
「嫌がらせよ。ゴールポストに立って、ワシらの邪魔をしに来たんじゃろ」
「なんて卑怯」
「卑劣」
先ほどと同様、一人の老人が、その子どもの前へと立つ。
やることは変わらない。
子どもは大人に勝てない。
「ここはワシらが使う予定だった場所じゃ。さっさとどけ!」
子どもはゆっくり顔をあげる。
「お腹空いた」
子ども――餓鬼は、餌を見つけたような顔で、老人たちを見つめた。
翌日のニュースで、公園で老人たちが大量死した事件が放送された。
死因は餓死。
餓鬼は、人々の満腹感を食べて生きる。
極限の空腹状態になった老人たちは、声を出すことも、動くこともできずに、その場に全員倒れた。
本来であれば、この公園はたくさんの子どもで賑わうので、すぐに発見され、救助が期待できた。
しかしその日は、なぜだか不幸なことに、子どもは一人もおらず、救助を呼ぶ者は誰もいなかった。
絶好の外出日和。
子どもたちは、ボールを持って公園に繰り出して、ボール投げやサッカーを楽しんでいる。
「シュート!」
「どこ蹴ってんだよー!」
「やべー!」
一人の子どもが蹴ったボールは弧を描き、フェンスにぶつかってそのまま地面に落下した。
この公園は、公園全体がフェンスに囲まれており、ボールを飛ばし過ぎても公園の外へと出ない安全設計。
ボールが車道に飛び出して、事故につながる危険性も少ない。
だからこそ、子どもたちは安心して球技ができる。
もっとも、安心して球技ができるのは、何も子どもたちだけではない。
「くおらああ! 餓鬼どもおおお!」
グラウンド・ゴルフの装備を携えて、老人の団体が公園に現れた。
その表情は怒りに染まっている。
数の差に、年齢の差に、子どもたちは体を震わせる。
子どもたちの中で、一番体の大きな子どもが団体の前に出た。
全身を震わせてはいるが、努めて毅然とした態度で立つ。
「な、なんですか?」
「そこはワシらが使う予定だった場所じゃ。さっさとどけ!」
あまりの理不尽な要求に、子どもはぽかんと口を開ける。
「ぼくたちが先に使ってるんですよ?」
「ワシらは昨日から場所をとっとったんじゃ! あれが見えんのか!」
老人の指差す先には、ホールポストが立っていた。
そして、ホールポストの足元には、ガムテープで一枚の紙が貼られていた。
『××ふれあい会 ××月××日十時から使用』
子どもたちも、ホールポストの存在には気が付いていた。
が、そもそもこの公園は、物を置くことによる場所取りが禁止されているため、気に留めることはなかった。
サッカーをするのに邪魔だとは感じたが、邪魔だとは言え人の物。
そのまま触れなかったに過ぎない。
そのせいでサッカーのフィールドを狭くせざるを得ず、少し怒りを感じていた程だ。
「この公園は、場所取り禁止ですよ!」
だからこそ、つい、大声を出してしまった。
「ひょええええええ!?」
それを聞いた老人は、大げさに驚き、そのままペタンと尻もちをついた。
「あ痛たたたた! 痛ーっ!? 痛い痛い痛い!!」
うずくまり、足触りながら、大げさに痛がって見せる。
痛がる老人の元に、他の老人たちが集まってくる。
「大丈夫!?」
「これは折れとるわ! 骨折れとるわ!」
「なんて酷いことを!」
老人たちは、くるりと子どもの方へ向いて、距離を詰める。
「突然大声出すなんて、なんて野蛮!」
「目上の人に対してなんて口の利き方!?」
「これだから最近の子どもは!」
「野蛮!」
「暴力的!」
「怪我してたらあなた犯罪者よ? 犯罪者!」
「犯罪者!」
「本当、最近の子どもって恐いわー」
「育ちが悪いわー」
「親の顔が見てみたいわ!」
「どうせネットで人の悪口ばっかり書いてるんでしょ?」
「やだー恐い―」
「陰湿ー」
「私たちみたいな幼気な年寄りを寄ってたかっていじめるんでしょー」
「恐ーい」
そして浴びせる。
言葉のシャワーをひたすらに。
その内容はあまりにも理不尽で、暴力的で、悪意しかない。
それは子どもにもわかった。
しかし、自分よりはるかに大きく、はるかに多い集団を相手に、毅然とした態度をとり続けることができるほど、子どもは精神が成熟していない。
何かを言おうと口を開くが言葉は出てこず、代わりに目から涙が出てくる。
「まー! 泣いてるじゃない!」
「泣きたいのはこっちよ! 怪我させられてるのよ!」
「泣いてこっちを悪者にしようとしとんじゃろ!」
「なんて餓鬼!」
が、それでも言葉のシャワーは止まらない。
「おい……いこうぜ……」
別の子どもが、老人の前に立ち続けた子どもをかばう様に立ち、その手を引っ張る。
そして、既に片づけを終え、移動の準備を整えた子どもたちの方へと連れて行く。
「逃げるの?」
「謝罪もないのか!」
「これだから最近の子どもは!」
子どもたちは、何も答えなかった。
文字通り、逃げるように立ち去った。
残ったのは、老人の集団。
「はあ……。変なのに絡まれちゃったけど、気を取り直してグラウンド・ゴルフしましょうか!」
「そうじゃな!」
「見て! クラブ新調したの!」
和気あいあいと、グラウンド・ゴルフの準備を始める。
つい先ほどまで痛がっていた老人も、ぴんぴんとしている。
「ん?」
そして、今回のゴールであるホールポストを見た時、その近くに一人の子どもが立っていることに気づく。
先ほどの子どもたちと背丈は同じくらいで、深く帽子を被って、その表情は見えない。
「なんじゃあの餓鬼」
「嫌がらせよ。ゴールポストに立って、ワシらの邪魔をしに来たんじゃろ」
「なんて卑怯」
「卑劣」
先ほどと同様、一人の老人が、その子どもの前へと立つ。
やることは変わらない。
子どもは大人に勝てない。
「ここはワシらが使う予定だった場所じゃ。さっさとどけ!」
子どもはゆっくり顔をあげる。
「お腹空いた」
子ども――餓鬼は、餌を見つけたような顔で、老人たちを見つめた。
翌日のニュースで、公園で老人たちが大量死した事件が放送された。
死因は餓死。
餓鬼は、人々の満腹感を食べて生きる。
極限の空腹状態になった老人たちは、声を出すことも、動くこともできずに、その場に全員倒れた。
本来であれば、この公園はたくさんの子どもで賑わうので、すぐに発見され、救助が期待できた。
しかしその日は、なぜだか不幸なことに、子どもは一人もおらず、救助を呼ぶ者は誰もいなかった。
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