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陸拾肆 座敷童
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「くす。くす。くす」
座敷童は笑いながら、家から家へと渡り歩く。
着物を着た、六歳の女の子の姿をした座敷童を、家主は快く受け入れる。
部屋の中を足音させずに走り回る座敷童。
それを温かい目で見守る家主。
まるで、子どもが一人増えたような温かさが家中に充満する。
そのうえ、座敷童が与えるのは温かさだけではない。
明確な幸運を家主に与える。
家主の畑は豊作となり、大きな富を得た。
家主が長年恋焦がれていた女と両想いになり、素晴らしい妻を得た。
家主を長年苦しめていた持病が改善し、体が楽になった。
「座敷童様、ありがとうございます」
家主は、せめてものお礼にと、妻と一緒に心を込めた料理をもてなした。
「くす。くす。くす」
座敷童も、幸せになった家主を嬉しそうに見て、もてなされた料理を遠慮なく食べた。
座敷童が滞在したのは、わずか一週間。
「座敷童様、ありがとうございました。私はもう十分幸せで御座います。どうぞ、この幸運を苦しんでいる他の人へとお与えください」
人生の幸運が圧縮されたような時間も終わりを告げる。
座敷童は、幸せになった家主へ、小さな手を振る。
ぱたぱたと走り、次の家へと向かう。
座敷童は、ずっと幸運を届け続けてきた。
始まりは不明。
飛鳥を走り。
平安を走り。
江戸を走り。
昭和を走り。
平成を走り。
今は令和を走っている。
「くす。くす。くす」
座敷童は、今日もどこかの家で、家主に幸運を届けている。
「足りねえんだよ!!」
家主からの声に、座敷童は体をびくりと震わせる。
家主の手には、宝くじの当選券があった。
当選額は一千万円。
平均的な収入のサラリーマンが、三年前後かけて稼ぐ額だ。
「こんなんじゃ、全然足りないだろ!!」
逆を言えば、三年間の不労しか得られない。
仕事をやめられない。
家主に仕事の縁を与えて、大きな昇進を得る機会を与えた。
「面倒そうな仕事が来たけど、お前のせいか?」
家主に長年恋焦がれていた女と、好意的な形で再会させた。
「なんだあの女!! なんで逃げんだよ!! そういう雰囲気だったじゃねえか!! ちょっと触れただけじゃねえか!! 話が違うぞ座敷童!!」
家主の病気に対する抵抗力を上げた。
「健康診断の数値がやべぇ……。毎日酒飲んでるくらいで、なんでこんなことに……」
何をしても、家主の口から幸せだという言葉は発せられなかった。
「金もねえ、女もできねえ、健康にもなんねえ……。お前一体何ができんだよ!! 人を幸せにする妖怪じゃねえのか!! くっそ、ああ、不幸だ……なんで俺ばっかりこんな目に……」
むしろ、自分を不幸という言葉ばかりが座敷童の耳に届いた。
今までこんなことはなかったと、座敷童は逃げ出した。
他の人間の家へと。
しかし、どれだけ渡り歩いても、幸せと口にする人間と出会うことはできなかった。
幸せと口にする人間は、すでに幸せそうな人間ばかりで、座敷童の出る幕もなかった。
誰も幸せにできず、自分の存在意義を見失いつつあった座敷童は、とぼとぼと道を歩く。
「座敷童だ!! 座敷童がいたぞ!!」
そしてたまたま、デモをしていた人間たちに見つかり、取り囲まれる。
「特定の個人にしか幸運を与えないなんて差別だ!!」
「平等の観点から、あなたのやっていることは絶対におかしい!!」
「お金を配るなら、国民全員に平等に配るべきだ!!」
「差別反対!!」
なぜ自分が怒鳴られているのか。
どうやればこの人間たちを幸せにできるのか。
なぜこの人間たちは幸せじゃないのか。
座敷童は何もわからず、疑問が涙に変わって地に落ち、耳を塞いで走り去った。
「貴様は座敷童、我は閻魔。人間を幸せにする妖怪と不幸にする妖怪として、我らはずっと嫌い合ってきた。だが、今の貴様を笑えるほど、我も悪ではない。我が友よ、貴様に手を差し伸べることを許してはくれまいか。人間を幸せにしながら、貴様自身も幸せになる道を歩ませたいのだ」
「……………………」
座敷童は、閻魔大王からもらった航空チケットで、海外へと飛んだ。
幸せになろうともがき、幸せに感謝することのできる人間の集まる国へと。
「くす。くす。くす」
座敷童は、今日も楽しそうに走り回っている。
座敷童は笑いながら、家から家へと渡り歩く。
着物を着た、六歳の女の子の姿をした座敷童を、家主は快く受け入れる。
部屋の中を足音させずに走り回る座敷童。
それを温かい目で見守る家主。
まるで、子どもが一人増えたような温かさが家中に充満する。
そのうえ、座敷童が与えるのは温かさだけではない。
明確な幸運を家主に与える。
家主の畑は豊作となり、大きな富を得た。
家主が長年恋焦がれていた女と両想いになり、素晴らしい妻を得た。
家主を長年苦しめていた持病が改善し、体が楽になった。
「座敷童様、ありがとうございます」
家主は、せめてものお礼にと、妻と一緒に心を込めた料理をもてなした。
「くす。くす。くす」
座敷童も、幸せになった家主を嬉しそうに見て、もてなされた料理を遠慮なく食べた。
座敷童が滞在したのは、わずか一週間。
「座敷童様、ありがとうございました。私はもう十分幸せで御座います。どうぞ、この幸運を苦しんでいる他の人へとお与えください」
人生の幸運が圧縮されたような時間も終わりを告げる。
座敷童は、幸せになった家主へ、小さな手を振る。
ぱたぱたと走り、次の家へと向かう。
座敷童は、ずっと幸運を届け続けてきた。
始まりは不明。
飛鳥を走り。
平安を走り。
江戸を走り。
昭和を走り。
平成を走り。
今は令和を走っている。
「くす。くす。くす」
座敷童は、今日もどこかの家で、家主に幸運を届けている。
「足りねえんだよ!!」
家主からの声に、座敷童は体をびくりと震わせる。
家主の手には、宝くじの当選券があった。
当選額は一千万円。
平均的な収入のサラリーマンが、三年前後かけて稼ぐ額だ。
「こんなんじゃ、全然足りないだろ!!」
逆を言えば、三年間の不労しか得られない。
仕事をやめられない。
家主に仕事の縁を与えて、大きな昇進を得る機会を与えた。
「面倒そうな仕事が来たけど、お前のせいか?」
家主に長年恋焦がれていた女と、好意的な形で再会させた。
「なんだあの女!! なんで逃げんだよ!! そういう雰囲気だったじゃねえか!! ちょっと触れただけじゃねえか!! 話が違うぞ座敷童!!」
家主の病気に対する抵抗力を上げた。
「健康診断の数値がやべぇ……。毎日酒飲んでるくらいで、なんでこんなことに……」
何をしても、家主の口から幸せだという言葉は発せられなかった。
「金もねえ、女もできねえ、健康にもなんねえ……。お前一体何ができんだよ!! 人を幸せにする妖怪じゃねえのか!! くっそ、ああ、不幸だ……なんで俺ばっかりこんな目に……」
むしろ、自分を不幸という言葉ばかりが座敷童の耳に届いた。
今までこんなことはなかったと、座敷童は逃げ出した。
他の人間の家へと。
しかし、どれだけ渡り歩いても、幸せと口にする人間と出会うことはできなかった。
幸せと口にする人間は、すでに幸せそうな人間ばかりで、座敷童の出る幕もなかった。
誰も幸せにできず、自分の存在意義を見失いつつあった座敷童は、とぼとぼと道を歩く。
「座敷童だ!! 座敷童がいたぞ!!」
そしてたまたま、デモをしていた人間たちに見つかり、取り囲まれる。
「特定の個人にしか幸運を与えないなんて差別だ!!」
「平等の観点から、あなたのやっていることは絶対におかしい!!」
「お金を配るなら、国民全員に平等に配るべきだ!!」
「差別反対!!」
なぜ自分が怒鳴られているのか。
どうやればこの人間たちを幸せにできるのか。
なぜこの人間たちは幸せじゃないのか。
座敷童は何もわからず、疑問が涙に変わって地に落ち、耳を塞いで走り去った。
「貴様は座敷童、我は閻魔。人間を幸せにする妖怪と不幸にする妖怪として、我らはずっと嫌い合ってきた。だが、今の貴様を笑えるほど、我も悪ではない。我が友よ、貴様に手を差し伸べることを許してはくれまいか。人間を幸せにしながら、貴様自身も幸せになる道を歩ませたいのだ」
「……………………」
座敷童は、閻魔大王からもらった航空チケットで、海外へと飛んだ。
幸せになろうともがき、幸せに感謝することのできる人間の集まる国へと。
「くす。くす。くす」
座敷童は、今日も楽しそうに走り回っている。
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