令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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 燃え盛る炎のせいで息苦しく、方向感覚が鈍る。こんなところで蒸し焼きになるつもりはない。わたしが唯一使える身体強化魔法をかけて、高く跳躍し、鞭で周辺の炎を切った。方向を見定めて一旦着地し、もう一度、今度は軍舎の中に着地する。こちらはまだ火の周りは鈍い。慌てた軍人たちが無秩序に火を消しに走っている。

「この場で指揮権を持つものは誰!」

 身体強化をかけたまま、大きな声を出すと自分でも驚くほどよく通った。軍人たちは一瞬足を止め、わたしを見てから一点に視線を集める。誰も答えない。

「エーフィ分隊長、あなたで間違いないか」

 エーフィはびっくりした顔でわたしを見た。わたしが彼の名前と役職を知っていることに驚いたのかもしれない。わたしは軍舎の一人一人全ての、衣食住にかかる仕事を全てやっていたのだ。知らないわけがない。

「そうだが、貴様は誰だ」

 ため息をついた。あまり表に出る機会がなかったとはいえ、司令官の妻を知らないとは。

「あなたたちの師団長、クライブ・シャガルの妻。あとはロウ・シャガル閣下の娘でもあるわ。今後はこんな質問はしないで」

 周りが騒めいたのは、わたしを知らない分隊長に対してか、わたしに対してか。今はそんなことはどうでもいい。

「それで、その奥様がどんなご用で? 見ての通り我々は今忙しいのですが」

「わかっているから聞いたの。この場はわたしが指揮します。その確認よ。分隊長以下第四分隊は、この場の消火、一人は大隊長に伝令、他全員で市街の消火と救助に当たりなさい」

「そんな権限は……」

 わたしを見下そうとした空気に、軽く鞭を振るう。風を切る音とともに、分隊長は吹っ飛び、背中を打って倒れた。切り裂かないよう打突で済ませる力加減は、結構難しいのだ。

「師団長がいない今、わたしが指揮を取ることに不満があるものは他に居るか」

 気絶まではしなかった分隊長が起き上がり、まだ挑戦的な目でわたしを睨むので、鞭を地面に打ちつけて威圧した。

「言いたいことがあるなら後で聞く。まずは消火、人命優先、返事は!」

「了解しました!」

 力で躾られた軍人たちに、下手に出れば舐められる。力を見せつけられ、命令されることに慣れた彼らは考えさせるよりまず動かす方がいい。鞭の打撃のダメージからまだ回復できていない分隊長以外が散らばってく動き出す。

「大隊長に伝令を。全員で市街の救助活動に出ろと。アーシア・シャガルの命令と言いなさい」

「わ、かりました」

 エーフィ分隊長が起き上がり、体をふらつかせながら軍舎の奥に向かうのを確認してから、わたしは再度強化魔法をかけ直し、跳躍する。身体強化は長時間かけ続けられない。魔力と体力のバランスが崩れると筋肉が崩壊してしまう。魔力の負荷が大きくなると、自動的に魔法が切れてしまうのだ。本能的なリミッターだと言われている。

窓に飛びついてから屋根へ上がり、そこから物見台へ移動した。ここに紛れ込んだ傭兵の数がまだわからない。別の物見台に人影をみつけたと思った瞬間、矢が飛んできた。スレスレで避けられたのは身体強化がまだ効いていたおかげだ。

 物見台へは弓矢の射程だ。長鞭ではとても届かない。ぼうっと立っていれば二射目がきたので、しゃがんで避ける。相手の弓の腕は程々、わたしは立ち上がりながら短刀を宙に放って鞭を巻き付かせ、鞭のしなりを乗せて物見台にた短刀を投げつけた。

 手応えがあった。

 屋根伝いに物見台へ走る。弓は飛んでこない。辿り着くと、驚愕の顔をした男が右の肩から血を流していた。抜いた短刀は左手に握られている。

「……シアじゃないか。なんで……」

 シアはわたしの傭兵の時の名だ。この男はギルドでのわたしを知っているのかもしれない。

「誰の指示でここにきた?」

 傭兵はぎら、と目つきを変えて、左手の短刀をわたしに向けた。

「雇い主の名前を漏らすほど腐った傭兵じゃねえ」

「……成程」

 彼は『腐っていない』傭兵で、つまりは正規のギルドの依頼を受け、契約書に則ってこの砦を攻めてきたらしい。

 つまり、我がシャガルの敵ということ。

 そして、敵は正式にギルドを利用して傭兵を雇っている。シャガルの傭兵ギルドに潜入していたエドの耳に入っていないわけがない。彼はなぜわたしをここに帰したのだろう。傭兵にぶつけたかったのか、それとも彼らと手を組ませたかったのか。

 今頃ぐっすり眠っているだろうエドを叩き起こして聞いてみたい。

 そして、言ってやりたい。

 エドが何を企んでいようと、わたしのすることは一つだ。
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