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第4話 逆らえない。絶対に逆らえない

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――――カシャーサ大陸北部に位置する町・ラムラム


 ここは大陸の大部分を治める皇国サーディアさえも支配が及ばぬ悪徳の町・ラムラム。
 大陸中の咎人が集まり、悪徳を謳歌する場所。
 貴族や富豪の方々もまた、この咎人たちに交わり、違法な薬や酒や性に溺れている。

 違法な商品を扱う中で、最も重要な商品は――――人。

 人間族・ドワーフ族・獣人族を中心に、借金のカタや奴隷狩りなので集められた若い男女たちを売り買いしている。
 私もまた、その中の一人。奴隷狩りに狩られ、商品として売られる立場……。


 荷馬車に据え付けらた檻。それを包む襤褸切れの隙間から外を覗く。
 絶壁に挟まれた場所に巨大な門があり、そこを通り抜けると石製の住宅が並ぶ。
 道は坂道で、そこを上がるたびに周囲の雰囲気が変化する。

 門のそばには物乞いや貧しさを纏う人々がたくさんいたのですが、坂を登るたびにそういった人々が減ってき、代わりに身なりが良い人たちが増えていく。

 のちに知ることになりますが、このラムラムの町は下層・中層・上層地域に分かれていて、坂を上がるたびに社会階級が上がっていきます。

 端的に言えば、貧乏・普通・金持ちでしょうか?
 また、町には巨大な門とは別に複数の入り口があり、上流階級しか通れない門もあるそうです。

 私たちは奴隷の身でありながら、荷馬車で上層地域まで通過し、砦のような場所へ向かいます。
 そして、その砦の中央――とても広い真っ白な石畳の広場で降ろされました。

 馬車は複数台あって、降ろされたのは子どもばかり。
 数は三十人ほど。みんな、薄汚れた襤褸切れに多少の加工を施して、それを身に纏っています。
 中には全裸の子も……。
 幸い、私はエイラちゃんから布を頂いたので、体を隠すことができました。


 エイラちゃん……逃げ出した後、追手が掛かったようですが、何の音沙汰もありません。無事に逃げ切れたのでしょうか?


 私にはそれを知るすべはありません。
 できることは、この場を見ることくらい。

 辺りを見回します。
 広場の周りには20mほどの高層の建物があり、たくさんのバルコニーがくっついています。
 そのバルコニーのいくつかには、仮面をつけたとても身なりの良い人々がいて、こちらを見下ろしていました。

 視線を広場正面に向けます。先には高さ2mほどの舞台。
 その舞台の上にはツツクラと呼ばれた老婆と、黒い騎士服を纏う中年の剣士が立っています。

 老婆は魔石と呼ばれる魔力を封じた青色の石を手にします。
 魔石にはさまざまな種類がありますが、あれは音を増幅するもののようです。
 彼女はその魔石を使い、広場に声を広げ始めました。

「ここまで来れば、ガキでも状況は理解できてるだろうよ。お前たちは奴隷として売られる」

 これは当然、理解していたこと。
 それでも動揺というものは走ります。
 状況を改めて言語化することで、これが現実であることが心に沁みるのです。


 老婆ツツクラは私たちの反応など気にする様子もなく言葉を続けます。

「本来ならばお前らをさっさと小屋にぶち込むんだが、今日はちょいと事情があって、こんな演説じみたことをする必要になった。連れてきな!」
  

 老婆が顎先をくいっと動かして、舞台袖に立っていた男に何らかの指示を与えます。
 すると、その男は鎖を引いて、舞台の中心へ向かい始めました。


 私は彼が引く鎖の先を見て、小さく言葉を落とします。

「……えいら、ちゃん?」

 一つの鎖に両手を数珠繋ぎにされて、逃げ出したはずの子どもたちが引っ張られています。
 そう、みんなは逃げ切ることができずに捕まっていたのです。

 その中に混じるエイラちゃんらしき全裸の女の子を目にします。
 らしき? 何故そう曖昧なのかと問われると、私こう返すほかありません。


 エイラちゃんの顔が腫れ上がり、まったく原形を留めていなかったから……。


 青い髪には乾いた赤黒の血がこびりついて、右目は潰されていました。左目は腫れ上がり、肉と肉の間に埋まった細い隙間から、辛うじて周囲が見えている状態です。
 全身には棒で打ち据えたと思われる痣があり、歩くことも覚束ない。
 
 捕まり、酷い罰を受けたのは明白。
 ですが、こんな大きな怪我をしているのはエイラちゃんだけ。
 捕まった他の子たちもまた傷を負っていましたが、エイラちゃんから比べると大したことはありません。
 おそらく、脱走計画の主犯として、エイラちゃんだけがきつく責められたのでしょう。

 エイラちゃんは一人、鎖の拘束を外され、男に髪を掴まれて無理矢理歩かされます。
 そのたびに、全身の傷が疼くのでしょう。
 潰された喉はしゃがれた叫びを生み、涙を流して許しを乞いますが、男は聞く耳を持ちません。
 老婆ツツクラはそれを興味なさげに見つめ、バルコニーにちらりと視線を投げました。


 バルコニーで舞台を見下ろす身なりの良い人々。
 彼らは一様に口元を歪めていて、とても楽しそう。
 その様子に満足した老婆ツツクラは薄笑いを見せました。


 そして、自身のそばに引き摺り倒されたエイラちゃんへ視線を下ろします。

「ここにいるガキどもは私の財産だ! そうだってのに、こいつが勝手に歩き出して私から離れようとしやがる。皆々様、わたしゃどうすりゃいいかな?」

 この声に、バルコニーから言葉が降り注ぐ。
「そんな足癖の悪い足は、切れ!」
「そうだ、切れ。切ってしまえ!」
「「「切断! 切断! 切断! 切断! 切断!」」」

 切断という言葉が広場中に渦巻き、渦に巻かれた私たちは歯をカチカチと鳴らします。
 怯える私たちを見て、彼らは両手を叩き、笑いと共により一層大きな声で切断、切断と唱えます。


 まるで舞い落ちる花吹雪を浴びているかのように、降り注ぐ拍手たちを老婆ツツクラは両手を広げて受け取りました。
 彼女の足元に倒れているエイラちゃんは老婆の足首を掴み、しゃがれた声で懇願を漏らします。
 
「おれがい、ゆぐるしてぐだざい」
「なんだいなんだい? 捕まった直後は威勢が良かったと聞いてたが、随分としおれちまったようだね」
「もう、ざがらいまぜん。にげまぜん。だがだ、ゆぐるじて。いだいのはいがなんれす」

「許してねぇ? まぁ、別に構やしないが、代わりに何ができる?」
「が、があり?」
「そうさ、ただ許されるなんて甘っちょろい真似は許されないよ。許す対価に、お前は何を払える? 何ができる?」
「そでは……」


 老婆ツツクラは少しだけ屈んで、腫れ上がったエイラちゃんの顔を覗き込みます。
「こんっな、化け物顔じゃあ、売り物にはならないしねぇ」

 肉に埋もれた左目、潰された右目を見ます。
「もう、まともに見えてなそうだし。雑用にも使えやしないしねぇ」

 青痣と鮮血にまみれる体を見つめます。
「体の方もガタガタでほっといても死にそうだしねぇ。そんなお前に何ができる?」
「じにだくないです。だずけで。てがぁてを……」

「まさかと思うが、治療してくれってのかい? 図々しい子だねぇ……でも、まぁ、わたしゃ慈悲深いから、お前でもできることを提案してやろう」
「ほむどですが?」
「ああ、お前にできることはこれさ――――やれ!!」


 老婆ツツクラの声と同時に、エイラちゃんのそばに立っていた男が斧を振り下ろしました。
 それはエイラちゃんの左足を切断します。

「あがぁあぁああああ!! いだいいだいいだいぃぃぃぃ!」

 広場に木霊するエイラちゃんの叫び声。
 その声に応えるように、バルコニーから嵐のような拍手と歓声が降ってきます。


 老婆ツツクラは彼らの拍手と声を受けると、にんまりした笑顔を見せて、舌先を根元まで伸ばして虫の息を漏らすエイラちゃんに話しかけました。

「お前にできるのは奴隷市の余興として、客を楽しませることだけさ。だけど、わたしゃ慈悲深い。拷問なんて真似はしない。足を切って、手を切って、おしまいだ。フフ、優しいだろ」
「いや、いやぁぁあぁ、い、いい、いいやぁぁあぁぁああ!!」
「やれ!!」

 斧が振り下ろされます。右足が無くなりました。
 さらに振り下ろされます。その度に、エイラちゃんが小さくなっていきます。

 私よりも年上で背の高かったエイラちゃん。
 右手が無くなり、左手が無くなり、首が無くなり、私よりもちっちゃくなってしまいました。


 四肢と首を失った身体はピクピクンと痙攣を繰り返してます。
 その姿を、バルコニーの人々は盛大な拍手を奏でて讃えました。
 私たちはこの狂った伴奏と舞台を前に、ただ立ち尽くします。

 凄惨な場を前にしても、嘔吐することもなく、へたり込むこともなく、ただ立ち尽くす。
 呆然と……何も考えることができず……ぐにゃりとぼやける世界に、エイラちゃんだったモノだけを映し、瞳に焼きつけて……。

 老婆ツツクラは拍手に手を振って応え、最後に魔石を使い、こう言葉を私たちに刻みました。

「お前たちは私のもんだ。勝手は許さない。ただ従え。わかったな」

 恐怖で固まった身体では、誰も頷くことはできませんでした。
 ですが、心の奥深くにはしっかり刻み込まれます。


――逆らうなんて絶対にできない――
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