元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~

雪野湯

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第一章 勇者から父として

最終話 旅立ち

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――――旅立ちの朝
 

 急な旅立ちであったにも関わらず、大勢の村人たちが村の出入り口前に集まる。
 みんなはアスティの母親探しという理由と思いを汲み取り、別れを惜しみながらも俺たちを快く送り出そうとしてくれていた。

 そんな中に、妙な様子の二人が……。


 アデル――青い髪に黒い瞳を持つ、容姿は母親カシアに似たスマートな少年。しかし、言葉使いはガサツな父親ジャレッドに似ている。

 いつも父親同様にラフなシャツ姿で過ごすことが多いが、今日は赤い貴族服を着用し、細かな金の刺繍が施された黒のロングコートを纏う。
 腰にはロングソード。
 この姿はカシアやアデルの趣味から大きく外れているが……まさか、ジャレッドのセンスなのだろうか!?
 あいつ、意外と洒落てるな! 自分は年がら年中、タンクトップ姿の癖に!!

 さらに、その姿には不似合いな大きなリュックを背負う。リュックには交通安全と悪霊退散の札がついて、端にどくろマークのついた双眼鏡がぶら下がっていた……あれはカシアとアデルの趣味だろう。


 フローラ――父親の髪色と母親の髪質を持ち、綿あめのようにふわふわなオレンジ色の長い髪を持つ。医者の父ヒースに似て博識で、魔法使いの母ローレの才能を受け継ぐ。
 普段は母の衣服と同様のホワイトロリータ姿に樫の杖を手にするが、今の彼女の手には、金で彩られた魔導杖まどうじょうが握られていた。
 先端には魔石を結晶化した蒼玉。
 
 そして、フリルが多様についた蒼黒いドレスの上に、桜色の挿し色が入った白いマントを纏う。
 肩には紺色の大きめのショルダーバッグ。

 二人とも、今から旅に出るような姿だ。


 腰に両手を当ててふんぞり返っている二人に尋ねる。
「その格好……まさかと思うが?」
「まさかも何も、俺たちを置いてけぼりはないだろう、ヤーロゥおじさん!」
「そうですよ、ヤーロゥさん。私たち三人はずっと一緒だったのに、何の相談もないなんて!」

 俺は隣に立っているアスティに顔を向ける。
「アスティ、知ってたのか?」

 アスティは以前着用していた青いサーコート。
 薄い水色の短めフレアスカートに長ブーツ。
 そして腰には、魔法鉄で作られたミスリルソードを青い鞘に納めて差していた。


 その剣のガードにぶら下がる小さなウサギの人形を揺らし、こう言葉を返してくる。
「私もさっき。お父さんがおばさんたちと話している最中に、私が切り出したら二人ともバタバタとしだして、戻ってきたらこの姿に……」
「へん、アスティだけで冒険なんてずるいぜ!」
「あーちゃん、ひどいよ。置いていこうとするなんて!」


 二人の言葉に、アスティは少し嬉し気な様子を見せるが、すぐに顔を引き締めて声を返した。

「一緒に来てくれるのはうれしいけど、外は危険なんだよ? 命の保障があるわけじゃない。それなのに……」
「だから俺たちがお前を守ってやるんだろ!」
「危険なんか関係ない! 力を貸したいの!」

「でも――」
「でももへちまもない! 友達だろ! 俺たちを危険から遠ざけたいっていう、お前の優しさはわかるけどよ!!」
「だけどそれよりも、友達だからこそ力を貸して、と言ってほしいの! あーちゃん!!」

「二人とも……」

 
 アスティは崩れる顔を隠すようにうつむいて小さく頷く。
 その姿を見た二人は互いに笑顔を見せあう。

 子どもたちの間では納得できたようだ。
 さて、問題は……。


 アデルの父・ジャレッドはこう答える。
「親バカだが、アデルの剣の才は俺以上だ。そいつをこの村の中で留めておくなんてもったいねぇ。だからよ、あの子が外を見たいってんなら反対する理由もねぇ」

 フローラの父・ヒースはこう答える。
「心配だよ。とても心配だ。でも、友達のために手を貸そうとしている娘を止められない。しかし、だけど……はは、未練がましいな。そうだ、僕は娘を信じて送り出したい。そう決めたんだ!」

 フローラの母・ローレはこう答える。
「フローラはもう一人で物事を判断できるわ。そのフローラが決めたなら……。寂しいし、怖い思いもあるけど、私もヒースと同じようにフローラのことを信じているから。それに、私も若い頃は一人で旅をしたものだからねぇ」


 アデルの母・カシア……。
 彼女は嗚咽を漏らしながら、絞り出すように声を漏らす。
「私は反対なんだよ……だってのに、こんな、急に……ひぐ、どうしてあんたたちは心配じゃないの! いえ、私と同じように心配してるのはわかる。だけど、私はあんたたちみたいに割り切れない。アデルを信じてる!! でも、でも、やっぱり怖いんだよ!! アデルを失うかもしれないと思ったら!!」

 嗚咽は大粒の涙と変わり、涙をぬぐうこともなく自身のスカートを強く掴み、大きな皺を作っている。
 カシアは気丈な女性だ。人前で涙を見せることなんてない。

 母のこのような姿は、アデルにとっても初めてなのだろう。
 
 彼は戸惑い、言葉を生めずにいた。
 だから彼の代わりに、父であり伴侶であるジャレッドが声を生もうとしたが――――アデルは自分を束縛する感情を振り払うようにありったけの大声を上げた。

「信じてくれ、かーちゃん!!」
「ア、アデル?」
「かーちゃんが俺を思ってくれてるのはわかる。不安なのもわかる。それでも、俺はアスティと一緒に――――いや、俺自身が外の世界を見たいんだ! これはわがままかもしれない! だけど、だけど、外を知りたいんだ! 自分がどこまでやれるかを知りたいんだよ!」

「アデル……アデル、アデル。ううう、まったくこれだから男は……フフ、違うね。フローラちゃんも行くわけだし。ええ、そう。私も若い頃は同じだった。見知らぬ世界に心を躍らせて冒険をしていた。そうね、そう。止められないのはわかっている。私の息子なんだから」
「かーちゃん……」

「アデル、わがままなのは私の方。母親としてあんたを守りたい。でも、その気持ちは過剰なようね。行きなさい、アデル」
「うん、かーちゃん。ありがとう」


 カシアは涙に濡れた笑顔をアデルに見せるが、その両手はスカート越しながらも己の太ももを切り裂かんと、強く、強く、爪を立てていた。
 アデルは母の葛藤を知り、もう一度礼を言う。

「ありがとう、かーちゃん。俺を大切に思ってくれて」
「ふふ、母親だからね」

 
 アデルとカシアは互いに深い親子の絆を再確認して、互いに抱きしめ合った。
 俺はこの感動的な場面を前に、心の中でほっと溜息。
(カシアに詰め寄られるんじゃないかと内心ひやひやしていたが、うまくまとまりそうだな)

 と、思いきや――

 カシアはゆっくりとこちらに近づき、淀んだ蒼黒の瞳を剥き出しにして俺の両肩を強く掴む。
「アデルを頼んだよ、ヤーロゥ……」
「え? ああ、もちろん」
「もし、アデルに何かあったら……私、何をするかわからないから……」
「はい、もちろん、重々承知しております」

 カシアに続き、ジャレッド、ヒース、ローレの言葉が続く。
「ま、ヤーロゥが引率してくれるなら大丈夫だろ」
「フフフ、そうだね。彼なら娘を預けても安心だ」
「ええ、なんて言ったって、あなたは……フフフフ」


 笑顔でこちらを見ている三人に、俺はしかめ面を見せる。
(こいつら、元勇者の俺を御守り役にと考えていたのか! 信頼の裏側で、しっかり保険という算盤を弾きやがって! 大人は計算高くてよくねぇな!!)

 彼女たちの気持ちは痛いほどわかるが、俺の双肩には勇者時代にもなかった重みが乗っかる。
 何が何でも子どもたちを守らないと。


 大人たちの裏のやり取りに気づいていない子どもたちは、一緒に旅をできることを喜び合い、村の人々との別れを惜しんで声を掛け合っていた。

 背後から、リンデン村長が話しかけてくる。
「気をつけてな。おぬしほどの男を心配する必要もなかろうが」
「いや、外の様子が詳しくわからない状況では、何が起こるかわからない。かつてないほどに警戒心を高めておくよ」
「良い心がけじゃな」
「村長、漏れ聞こえてくる外の様子は本当なのか?」

 
 人間族と魔族の憎しみは臨界点を超えて、互いに協定を破り、老若男女問わずに民衆を虐殺している。
 これのどこまでが真実か? と、尋ねた。
 そして、それが誇張してあるものだと信じたかった。
 しかし――

「ほぼ、噂通りじゃ」
「……そうか。俺の現役時代でさえ、人間族と魔族が一緒に旅なんて考えらえなかった。今はそれ以上に厳しい状況だな」
「じゃろうな。故に、これを持っていけ」


 そう言って、深い皺が刻まれた手のひらを見せてくる。
 その上には六芒星の姿をした四つのバッジ。六角の頂点には魔石がちりばめられていた。

「こいつは?」
「ワシら諜報部隊が使用しておった変装用の魔道具じゃ。これを使えば、人間族を魔族に見立て、魔族を人間族に見立てられる」
「こんな便利なものが? さすがは王国の影の組織・スネートフォフンのコンダクターだな」

「フォッフォッフォ、それにこれには通信機能がついておる。これを使えば、離れていても互いに通話が可能じゃて」
「おいおい、魔石通信なんてそうあるものじゃないぞ。それなのに、これほど小型なものがあるなんて」
「ワシらはまだ表には出ておらぬ技術を操っておったからの」

「そういうのはどんどん前に出してくれよ。そうしたら戦争も楽だったのによ」
「当時は研究途中じゃったし、量産も可能じゃなかったからの。じゃがの――この十五年で、外の世界の技術は飛躍的に伸びておる。そこは用心しておくがよいぞ」
「了解だ、コンダクター」


 バッジを受け取り、俺は子どもたちのもとへ向かう。
「さ~って、お前ら! 別れの挨拶は済んだか?」
「うん、お父さん!!」
「おう、いつでもいいぜ!!」
「準備万端です!!」

「そうか、じゃあ行くか!!」

「うん!!」
「おう!!」
「はい!!」


 俺の背中を追い、ひよっこたちが元気よくついてくる。

――三十年前、俺は冒険を夢見る少年だった。
 勇者となり、魔族との戦いに明け暮れ、政治を学び、貴族たちと駆け引きを行う。
 その日々に疲れ切った俺の前に、若き勇者が現れ、全てを失った。


――十五年前
 明日に希望を持てず諦めて投げ出した俺は、赤子を守る女性剣士と出会う。
 彼女から赤子を託されて、アスティニアと名付けて娘として迎えた。
 
 子を育てるというのは戦うよりも大変なものであったが、そこには血生臭さなどまったくなく、喜びを重ねる苦労と楽しさがあった。
 娘は育ち、友を得て、学問を学び、戦い方を学び、成長していく。

 俺が、本当の父親の存在を打ち明けることに怯えている中、アスティは父の存在を伝えられても動じることなく、俺を父親だと言ってくれた。
 アスティと共に過ごした十五年は、勇者として過ごした十五年よりも、心へ多くの経験をもたらしてくれた。


――――そして、現在

 俺は勇者ではなく父として、娘とその友人たちと共に旅に出る。
 だが、それも束の間だろう。

 旅を通して子どもたちは成長し、俺は保護者の役目を降りる日がすぐにやって来る。
 その時は――――――――どうなるだろうな? 
 対等な仲間となるのか? 子どもたちは独立して新たな旅に出るのか?

 ふふ、明日みらいが楽しみだ!!
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