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第111話 仮面の男
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だが、俺の目の前にいる男が、テオドールであるはずはなかった。
テオドールは今19歳。
目の前の男は、どう見積もっても20代後半から、30歳前後。
だが、年齢の差以外は、与える印象から身に纏う雰囲気まで、その男はテオドールそのものだった。
ーーだから、この男が選ばれたのか。
アンドレはさきほど、シャンタルとも相談してこの男を選んだと話していた。
俺がテオドールを愛していると知ったシャンタルは、俺のためにテオドールに良く似た男を選んだのだろう。
「ジュール様……」
名を呼ばれて、俺の背筋に戦慄が走った。
ーー声まで、そっくりだ。
年齢なりの落ち着きがあるとはいえ、テオドールに話しかけられているような錯覚すら覚える。
これでは、まるで……。
「ジュール様、不束者ですが、どうかよろしくお願いいたします」
今からここではじまることに、およそ似つかわしくない丁重な挨拶。
ベッドの上で男と向き合った俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの……、こちらこそ、よろしく……」
ふわり、と男の逞しい腕に身体を絡めとられる。
鍛え抜かれた身体は鋼のようで、俺はそっと男の背中に手を回した。
――温かい……。
しばらく抱き合ったのち、男は身体を離すと俺の頬を撫でた。
ためらうかのような男の手が、俺のシャツのボタンにかかる。
「……っ」
だが、男の手は小刻みに震えており、ボタンをうまく外すことができなかった。
俺はその手に自分の手を重ねた。
「……?」
「あのっ、不躾なことを言うようですが、もしかして、あなたは何か言うにやまれぬ事情があってここにいるのではありませんか?」
俺の言葉に、ベルベッドの仮面の奥の瞳が揺れた。
「……」
――やはり、そうだ。
俺は、男の手をきつく握り締めていた。
「多分……、あなたはこういったことは初めてですよね?
騎士をされていたと伺いました。あなたいまがここにいるのは、本意ではない。……違いますか?」
「いえ、私は……」
否定の言葉を口にしながらも、男の感情は激しく揺さぶられているようだった。
「もし、お金に困って仕方なくこの仕事を受けたのであれば、俺でよければ力になります!
騎士団の関係者に知り合いもいますし、もし騎士の仕事にこだわらないのであれば、なにかあなたにもっとふさわしい仕事を紹介できると思います!」
俺は考えていた。
目の前にいるこの男は、テオドールに酷似していたことから、多額の報酬をシャンタルに約束されたのに違いないのだと。
騎士を辞めて金銭に困った男は、プライドをかなぐり捨てて、淫紋持ちの男を抱くというこの愚かな仕事を受けざるをえなかったのだと。
だが……、俺の言葉に、目の前の男は皮肉げな笑みを浮かべ、言った。
「ジュール様は、お優しいのですね」
「え……?」
次の瞬間、手を強く引かれた俺は、その男の腕の中にすっぽりとおさまっていた。
「本当にジュール様は、とてもお優しい。私のようなものに、情けをかけてくださろうとするなんて」
「あの……、気に触ったなら、すみません。俺は差し出がましいことを……っ」
俺は男にきつく抱きしめられた。
「私は金に困ってこの仕事を受けたわけではありません。私は、私の意志で今ここにいます。
ですが……、私では、不足でしょうか? ジュール様。なにか、私に気に入らないところがあるのなら、おっしゃっていただけませんか?」
背中をゆっくりと撫でられ、耳元でくすぐられるように話されると、俺の身体がピクリと反応した。
「あっ……、いえ、気に入らないことなんて、そんなの、あるはず、ない……です。
でも、あなたが……、その、あまりにも似ていたので……、つい……」
「似ている?」
「はい、あの……、俺の……、好きな人に……」
「好きな、人……」
男の身体が、強張った。
「でも、その人は誰にも言えない相手で……。俺は誰にも迷惑をかけたくないから、ずっと心の中で……」
「誰にも言えない、相手……、迷惑を、かけたくない……」
男の声が、一段低くなった。
「すみません、気持ちが悪いですよね、こんなことを、言われたら……、わっ!」
俺は男にベッドの上に押し倒されていた。
男の背中越しに、空にぽっかりと浮かぶ満月が見えた。
「ジュール様。あなたは今までずっと、その男を思い続けていたんですか?」
まるで詰問されているような口調に、俺は驚く。
「あの……、それは……」
「教えてください、その男は、貴方にとって何ですか?」
黒い瞳の奥に見え隠れするのは、怒り……?
思いもよらぬ質問に、俺は少しの間考え込んだ。
「その人は、俺にとって……、本当の愛を教えてくれた人です」
「……っ!」
男は俺の両手首をつかむと、ベッドに押さえつけた。
仮面ごしからでもわかる。男の瞳は月の光を受けてぎらぎらといびつな光をたたえていた。
テオドールは今19歳。
目の前の男は、どう見積もっても20代後半から、30歳前後。
だが、年齢の差以外は、与える印象から身に纏う雰囲気まで、その男はテオドールそのものだった。
ーーだから、この男が選ばれたのか。
アンドレはさきほど、シャンタルとも相談してこの男を選んだと話していた。
俺がテオドールを愛していると知ったシャンタルは、俺のためにテオドールに良く似た男を選んだのだろう。
「ジュール様……」
名を呼ばれて、俺の背筋に戦慄が走った。
ーー声まで、そっくりだ。
年齢なりの落ち着きがあるとはいえ、テオドールに話しかけられているような錯覚すら覚える。
これでは、まるで……。
「ジュール様、不束者ですが、どうかよろしくお願いいたします」
今からここではじまることに、およそ似つかわしくない丁重な挨拶。
ベッドの上で男と向き合った俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの……、こちらこそ、よろしく……」
ふわり、と男の逞しい腕に身体を絡めとられる。
鍛え抜かれた身体は鋼のようで、俺はそっと男の背中に手を回した。
――温かい……。
しばらく抱き合ったのち、男は身体を離すと俺の頬を撫でた。
ためらうかのような男の手が、俺のシャツのボタンにかかる。
「……っ」
だが、男の手は小刻みに震えており、ボタンをうまく外すことができなかった。
俺はその手に自分の手を重ねた。
「……?」
「あのっ、不躾なことを言うようですが、もしかして、あなたは何か言うにやまれぬ事情があってここにいるのではありませんか?」
俺の言葉に、ベルベッドの仮面の奥の瞳が揺れた。
「……」
――やはり、そうだ。
俺は、男の手をきつく握り締めていた。
「多分……、あなたはこういったことは初めてですよね?
騎士をされていたと伺いました。あなたいまがここにいるのは、本意ではない。……違いますか?」
「いえ、私は……」
否定の言葉を口にしながらも、男の感情は激しく揺さぶられているようだった。
「もし、お金に困って仕方なくこの仕事を受けたのであれば、俺でよければ力になります!
騎士団の関係者に知り合いもいますし、もし騎士の仕事にこだわらないのであれば、なにかあなたにもっとふさわしい仕事を紹介できると思います!」
俺は考えていた。
目の前にいるこの男は、テオドールに酷似していたことから、多額の報酬をシャンタルに約束されたのに違いないのだと。
騎士を辞めて金銭に困った男は、プライドをかなぐり捨てて、淫紋持ちの男を抱くというこの愚かな仕事を受けざるをえなかったのだと。
だが……、俺の言葉に、目の前の男は皮肉げな笑みを浮かべ、言った。
「ジュール様は、お優しいのですね」
「え……?」
次の瞬間、手を強く引かれた俺は、その男の腕の中にすっぽりとおさまっていた。
「本当にジュール様は、とてもお優しい。私のようなものに、情けをかけてくださろうとするなんて」
「あの……、気に触ったなら、すみません。俺は差し出がましいことを……っ」
俺は男にきつく抱きしめられた。
「私は金に困ってこの仕事を受けたわけではありません。私は、私の意志で今ここにいます。
ですが……、私では、不足でしょうか? ジュール様。なにか、私に気に入らないところがあるのなら、おっしゃっていただけませんか?」
背中をゆっくりと撫でられ、耳元でくすぐられるように話されると、俺の身体がピクリと反応した。
「あっ……、いえ、気に入らないことなんて、そんなの、あるはず、ない……です。
でも、あなたが……、その、あまりにも似ていたので……、つい……」
「似ている?」
「はい、あの……、俺の……、好きな人に……」
「好きな、人……」
男の身体が、強張った。
「でも、その人は誰にも言えない相手で……。俺は誰にも迷惑をかけたくないから、ずっと心の中で……」
「誰にも言えない、相手……、迷惑を、かけたくない……」
男の声が、一段低くなった。
「すみません、気持ちが悪いですよね、こんなことを、言われたら……、わっ!」
俺は男にベッドの上に押し倒されていた。
男の背中越しに、空にぽっかりと浮かぶ満月が見えた。
「ジュール様。あなたは今までずっと、その男を思い続けていたんですか?」
まるで詰問されているような口調に、俺は驚く。
「あの……、それは……」
「教えてください、その男は、貴方にとって何ですか?」
黒い瞳の奥に見え隠れするのは、怒り……?
思いもよらぬ質問に、俺は少しの間考え込んだ。
「その人は、俺にとって……、本当の愛を教えてくれた人です」
「……っ!」
男は俺の両手首をつかむと、ベッドに押さえつけた。
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