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34.後宮
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俺の目の前にそびえるのは、王宮で最も高い尖塔だった。
陽光を受けて、その塔は銀色にきらめいている。
――ここが、竜人の血を引く王族たちが暮らす場所……。
王宮の門は、屈強な兵たちに守られていたが、俺たちを乗せた馬車が近づくと、大きな城門は音もなく静かに開いた。
アレクシの言っていたとおり、王宮内は息をのむほど美しい場所だった。
白亜の建物が並び、手入れの行き届いた広大な庭が視界一面に広がる。王宮の庭には季節の花々が咲き乱れ、優雅な回廊が柔らかな曲線を描いて続いている。
そして、中央部にある庭園には、ひときわ目を引く美しい噴水があった。滔々と水がわき出すその中央には、翼を広げた竜の彫像が天を仰いでいる。
馬車を降りた俺は、アレクシに先導され、白い石が敷き詰められた小道を歩き出す。
「どうだい? 素晴らしいところだろう? 本当はゆっくり案内してあげたいところだけど、一刻も早くヴェリオスに会ってもらいたい。だから、先に後宮へ向かおう」
「……後宮」
俺は思わず、その言葉を繰り返した。
「後宮」――。王が多くの側妾を囲う場として知られるが、この国の王宮にそんな場所は今までなかったはずだ。
現国王にも、妃はただ一人のみ。
この国を治める竜人の血を引く王族たちは、他国と違い一夫一妻制を堅く守ってきた。
それは、竜人という種族がもともと好色とは無縁の、極めて潔癖な性質を持っていたからだとされている。
生涯ただ一人の相手だけを愛する――。そんな高潔な姿勢こそが、民が王族を敬愛し、崇める理由でもあった。
そんな清廉な竜人の血を引く王宮に――、
ヴェリオスは、本当に自分の『後宮』を作っていたのか。
俺の考えを読んだかのように、アレクシは振り返ると目を細めた。
「ああ『後宮』というのはあくまで便宜的な呼び名さ。本来ここは『陽光の宮』と呼ばれていてね。歴代の王族が静養のために使っていた離れなんだよ。今は厳重な結界を張って、今のヴェリオスを閉じ込めている」
「ヴェリオス様を閉じ込めている……とは?」
俺が問いかけると、アレクシは肩をすくめた。
「今のヴェリオスの状態を、とくに他国に知られるわけにはいかない。なにより、外に出せば何をしでかすかもわからないし、自分の状況をきちんと理解しているかも怪しいものだ。
だからこそ、この『陽光の宮』をとりあえず『後宮』と呼んで、うまく目を逸らしているんだよ。他の者たちの関心を別の方向に向けるためにね」
「でも……、ヴェリオス様が後宮に入り浸っている、なんて噂が広まったら、それこそ問題では……?」
アレクシは静かに首を振った。
「そんな噂程度で済むなら安いものだよ。今のヴェリオスの本当の姿を知られるわけにはいかない。――そういうことさ」
アレクシに続き、長い回廊を抜けると、やがて白壁に大きな窓を備えた優雅な建物が現れた。静謐なその佇まいは、どこか神殿のような趣があった。
王宮南殿のさらに奥、最も人目につかない南東の隅――。そこに、ひっそりと「陽光の宮」は存在していた。
「ここは、この回廊を通らなければ辿りつけない。入口には結界が張られていて、限られた者しか立ち入ることはできない」
俺は黙って頷く。
一見すれば優雅な建物だが、目に見えない力が張り巡らされ、警備兵たちが常に目を光らせている。ここは確かに、特別な場所だった。
――この中に、ヴェリオスがいる。
アレクシに敬礼した兵たちが、「陽光の宮」へと続く道を静かに開けた。
その様子を確認したアレクシが、軽く指を鳴らす。すると、張り巡らされていた結界の一部に、するりと隙間が生まれた。
――やはりこの男、尋常ならざる魔力の持ち主だ。
「さあ、ここから中へ」
アレクシに促されて結界の中へ足を踏み入れた瞬間、俺は目を疑った。
「これは……っ!?」
――結界の内部は、まるで嵐の只中だった。
陽光を受けて、その塔は銀色にきらめいている。
――ここが、竜人の血を引く王族たちが暮らす場所……。
王宮の門は、屈強な兵たちに守られていたが、俺たちを乗せた馬車が近づくと、大きな城門は音もなく静かに開いた。
アレクシの言っていたとおり、王宮内は息をのむほど美しい場所だった。
白亜の建物が並び、手入れの行き届いた広大な庭が視界一面に広がる。王宮の庭には季節の花々が咲き乱れ、優雅な回廊が柔らかな曲線を描いて続いている。
そして、中央部にある庭園には、ひときわ目を引く美しい噴水があった。滔々と水がわき出すその中央には、翼を広げた竜の彫像が天を仰いでいる。
馬車を降りた俺は、アレクシに先導され、白い石が敷き詰められた小道を歩き出す。
「どうだい? 素晴らしいところだろう? 本当はゆっくり案内してあげたいところだけど、一刻も早くヴェリオスに会ってもらいたい。だから、先に後宮へ向かおう」
「……後宮」
俺は思わず、その言葉を繰り返した。
「後宮」――。王が多くの側妾を囲う場として知られるが、この国の王宮にそんな場所は今までなかったはずだ。
現国王にも、妃はただ一人のみ。
この国を治める竜人の血を引く王族たちは、他国と違い一夫一妻制を堅く守ってきた。
それは、竜人という種族がもともと好色とは無縁の、極めて潔癖な性質を持っていたからだとされている。
生涯ただ一人の相手だけを愛する――。そんな高潔な姿勢こそが、民が王族を敬愛し、崇める理由でもあった。
そんな清廉な竜人の血を引く王宮に――、
ヴェリオスは、本当に自分の『後宮』を作っていたのか。
俺の考えを読んだかのように、アレクシは振り返ると目を細めた。
「ああ『後宮』というのはあくまで便宜的な呼び名さ。本来ここは『陽光の宮』と呼ばれていてね。歴代の王族が静養のために使っていた離れなんだよ。今は厳重な結界を張って、今のヴェリオスを閉じ込めている」
「ヴェリオス様を閉じ込めている……とは?」
俺が問いかけると、アレクシは肩をすくめた。
「今のヴェリオスの状態を、とくに他国に知られるわけにはいかない。なにより、外に出せば何をしでかすかもわからないし、自分の状況をきちんと理解しているかも怪しいものだ。
だからこそ、この『陽光の宮』をとりあえず『後宮』と呼んで、うまく目を逸らしているんだよ。他の者たちの関心を別の方向に向けるためにね」
「でも……、ヴェリオス様が後宮に入り浸っている、なんて噂が広まったら、それこそ問題では……?」
アレクシは静かに首を振った。
「そんな噂程度で済むなら安いものだよ。今のヴェリオスの本当の姿を知られるわけにはいかない。――そういうことさ」
アレクシに続き、長い回廊を抜けると、やがて白壁に大きな窓を備えた優雅な建物が現れた。静謐なその佇まいは、どこか神殿のような趣があった。
王宮南殿のさらに奥、最も人目につかない南東の隅――。そこに、ひっそりと「陽光の宮」は存在していた。
「ここは、この回廊を通らなければ辿りつけない。入口には結界が張られていて、限られた者しか立ち入ることはできない」
俺は黙って頷く。
一見すれば優雅な建物だが、目に見えない力が張り巡らされ、警備兵たちが常に目を光らせている。ここは確かに、特別な場所だった。
――この中に、ヴェリオスがいる。
アレクシに敬礼した兵たちが、「陽光の宮」へと続く道を静かに開けた。
その様子を確認したアレクシが、軽く指を鳴らす。すると、張り巡らされていた結界の一部に、するりと隙間が生まれた。
――やはりこの男、尋常ならざる魔力の持ち主だ。
「さあ、ここから中へ」
アレクシに促されて結界の中へ足を踏み入れた瞬間、俺は目を疑った。
「これは……っ!?」
――結界の内部は、まるで嵐の只中だった。
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